第16話 名実共におそばにいられるのですわ
「ど、どうしたんだ⁉ 子供の頃の駄々をこねる俺様みたいに地べたに寝転がってジタバタして!!」
「はっ……そ、そのくらい戻るのが嫌って事ですわ」
完全に無意識だった……。周りの人も見てる。魔法と髪型を変えた効果で顔は覚えなくても、流石にこんな事したら「変なのがいる」ってその場の認識には残るみたい。恥ずかしい!
アビス様に抱き起こされて、その場を離れる。恥ずかしくて抱き起こされる嬉しみに浸る暇もなかった。
というかアビス様も子供の頃はそんな駄々っ子挙動を……? まあ俺様とか自分で言ってるような人、子供の頃から我が強そうよね。そこがまた可愛い人なのだけど!
「ソフィア、髪が出ている」
アビス様がおさげをそっと持ち上げてフードの中に入れてくれ、る前にジッとおさげを見る。
「やはり、もったいないな……」
「アビス様?」
「いや、なんでもない。ソフィアの見つかりたくない、帰りたくないという気持ちはわかった」
フードの中に長い髪をしまいながら、アビス様は嬉しそうな子供の笑顔で微笑んだ。
「ずっと俺様のところに居ろ」
「……っ!」
それは本当に、反射的な涙だった。慌てて目を押さえても、拭っても出て来る涙。
「ど、どうした、何か不満が」
「いえ、嬉しくて……傘魔法の研究が終わったら用済みかしら、って、やだな、私……何言って……」
こんな言葉が出た事に驚いた。自分でものんびりしてて緊張感がない行動ばっかりしてて、気楽なものだなって思ってたくらいなのに。ひょっとしたら怖かったから、乙女ゲームに浸るみたいに、ご飯と小説に夢中になって気持ちを落ち着けていた?
さらわれて怖かったんじゃない。アビス様にさらわれた事が嬉しかったのは本当。でも、前世を中途半端に思い出して、親にも兄妹にも割り切った対応しかされなくて、自分の足場がなくなったような気がして。
その気持ちをなんとかするために、推しに接近した、のかもなんて。
「アビズざまぁ~」
もうわかんない、わかんないよぉ! お客さんじゃなくてもいていいって安心したら、泣いちゃったんだよぉ!
「こ、こら、そんな、俺様が泣かせたみたいじゃないか」
オロオロするアビス様。なんか修羅場やってるな、みたいに遠巻きに見ている村の人達。アビス様が女の子を泣かせた悪者になっちゃう。でなくてもアビス様困ってる。どうしよ、泣き止まなきゃ。泣きやもうとすると涙って止まらないのよね! 感動乙女ゲーやった後とかね! もー、どうしよ。
「ソフィア、」
ふいにアビス様が名前を呼んだ。ジッと赤薔薇の瞳で見つめられると、なんだか魅入られたみたいなのに少ししゃくりあげるのが落ち着く。そのままアビス様が身体をかがめて──。唇が、私の額に触れたぁ!?
「お、推し推し推し推し推し推し推し推しの唇がぁああああ……」
「そ、ソフィアが余計に壊れた!? すまない、母上にいつもこうやって、泣きやまない時のおまじないをしてもらっていたから、とっさに! すまない、すまない!」
もう頭真っ白で泣くどころじゃないのに、その大きな体にそっと抱きしめられた。ちょうど心臓の位置に耳が近い。さりげなく身体を動かして心臓の上に耳を持っていくと、アビス様の心臓がドクドクと高鳴っていた。すごい音がする。魔族だとドキドキもスケールが違うのかしら。違うわ。アビス様もそのくらいドキドキしているのだわ。
周囲で「めでたしめでたしだべなぁ」なんて声がヒソヒソして、立ち去っていく気配がする。別にまだ人はいるのかも。でも、雑踏も声も、アビス様の心臓の音に比べれば、ささいな事だ。
不思議。ドキドキしてる人の心臓の音って、落ち着くのね。好きな人のものだからかしら。
気づいたら涙は止まって、ただ胸の中のリズムに耳を澄ませる観客になっている。アビス様のリズムも、少しずつ落ち着いて、抱き寄せる腕もそっと私の頭を撫で始めている。アビス様って設定上は20歳くらいだったっけ。説明書にかろうじてそんなプロフィールがあったような。
前世も現世も16歳くらいの記憶しかない私からすると、ずっと大人な人なんだ。子どもっぽくて可愛くても、こんな時は寄りかかってしまう大人。
ずっとこうしていたいな……。私の想いと裏腹に、アビス様がそっと身体を放す。
「お、落ち着いたか?」
「ええ、ありがとうございます」
なんだかアビス様のお顔が見られない。でも見ていたい。そんな矛盾で、赤薔薇の瞳を見つめる。
今は甘い、イチゴの色に見えた。
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