第15話 帰りたくないのですわ

「うむ、地上のイチゴも美味いな。酸味が多めだが」


 というわけで久しぶりのソル王国の太陽の下、アビス様の笑顔が映える。今日は、アビス様と一緒に、地上でデート……でいいんだよね? やってる事が、市場でイチゴ買って一緒に食べるってだけだけど。いや私もアビス様もイチゴ大好きだけど! やってる事がなんか、グルメツアーっていうか!


「はーい♡お兄さん? 私そろそろバイト終わるの、この後どこかに出かけない?」

「むっ!」


 クレープ屋のお姉さんが商品渡しながらアビス様に色目使ってる!! 今日はお忍びデートみたいなものだから、アビス様も長い黒髪は後ろで纏めて、服装も普通の旅人の、地味な目立たないマント姿だけど。やっぱりわかる人にはわかるんだ、このイケメンっぷりが! むむぅ!


「悪いが、今日はコイツと出かける用事があるのでな」

「へっ?」

 

 アビス様は片腕で私の身体を引き寄せて、もう片方の手でクレープを二つ持つという器用な格好でその場を去ってしまった。背後で「フラれちゃった~」なんて軽い黄色い声援が聞こえてくる。


 ──本気でもないのに、私のアビス様に変な色目使わないでよ。


 そんな思考回路がとっさに出てしまった自分に驚いて、首をブンブン横に振る。何言ってるのよ、私! まだ客人状態で意識されてるかも怪しいのに!!


「どうした、ソフィア。クレープは嫌いだったか?」


 気づけばアビス様がクレープを差し出しながら、私の顔を覗き込んでいる。


「い、いえ違います!! いやぁおいしいなぁこのクレープ~」


 わざとらしくパクついてみるけど、味なんか全然わからない。


「しかし何故今日はここの村に?」

「ここはソル王国の端っこですけど……いちごの名産地としてはここが一番活気があるからです」


 村の入り口から既にイチゴののぼり旗があるくらいだし。学校でクララちゃんとも、ここから出荷されてくるイチゴはおいしいと盛り上がった記憶がある。


 クララちゃん、元気にしてるかな。あの子の様子くらい見たいけど、あっちに帰るわけにもいかないし。


「それと……親に見つかりたくないのです」

「何故だ。連れて来た俺様が言うのもなんだが、お前にとっては親だろう」

「私……あそこには帰りたくない」


 もちろんソフィアは悲劇のヒロインではない。本編のシナリオ変更の影響で空気と化した悪役令嬢で、それ以上でもそれ以下でもないけれど。やっぱり年頃になれば家名の知名度を上げる為、イチゴみたいに「出荷」される程度の愛情しかなかったと思う。


「親は、私を育ててはくれたけれど、アビス様みたいに、私自身が必要とは思ってくれてないと思うんです」


 とか言って、アビス様にもまだ「変な傘出せるおもしれー女」としか思われてないだろうけれど。ちょっぴり心が痛くなった。


 ソルファンタジアの、そこまで硬くはないけれど、王道な古いファンタジー世界観を考えれば、お金持ちの家の女の子なんて、それが当然だと思う。だから恨んだりはしないけど……義理を立てる理由もないわよね! どうせこの世界に転生したならアビス様と一緒にいたいし!


 というか、ここら辺ラビにもガイコツ騎士団長さんにも相談したの! 私が行方不明になった後、家の方ではどんな対応取ってるのか知りたいって! そこを確認する為に、逃げない見張り兼護衛として、誰かついて来て欲しいって!


 危ないからって、騎士団長さんが偵察の技術使ってこっそり単独で調べて来てくれたんだけど。なんかお城の他の部下の能力を借りて自分のガイコツの魔物らしい見た目の認識を阻害するとか訊いたけど、そこは詳しくないからわかんない。


 とにかく、私が逃げないか信頼されてないなら、それはそれで全部プロに任せられるからありがたい……。ホントに帰りたくないし!!


 そしたらね、やっぱり出てたらしいのね、捜索願的なやつ! あまり積極的に探してる感じじゃないけど、酒場とか、何でも屋的なギルドとか、そういうところに私の肖像画と共に尋ね人の張り紙はあったって。だからアビス様に逆らいたくないんなら戻らない方がいいって!


 ありがとうございますわ! って悪役令嬢土下座決めたら「よしてくれ……」ってドン引きされた裏話はともかく。帰りたくないって言えてよかった。


 どのくらい帰りたくないかって言うと、今日もアビス様とお出かけしたいけど見つかるのは絶対に嫌だから、髪を肩くらいまでぶった斬ってからデート行こうと思ってたくらいなのよね。


 金髪の長髪なんて、目立つに決まってるし! ほっとけばまたのびるからどうでもいい!


 って言ったら、優しいアビス様はもちろん「なんてむごい事を言うんだ!」って珍しく叱ったし、食べる以外の事考えてるのか怪しいラビにすら「女として終わり過ぎウサ! ちょっと落ち着くウサ!」とめちゃくちゃ止めて来た。


 そっかあ、私の発想時々おかしいのか……だって推しのそばにいたいし、そりゃ痛い思いはしたくないけど、髪なんか痛くもないし……って発想がダメなのか、考えて見たらクララちゃんの髪はあんなに大事にしてるのに、自分の扱いがこんなに粗雑なの危ないわ……。と後で反省した。


 それで、今は一時的に黒く染めて二つおさげの三つ編みにして、フードの中に隠してある。このくらいすれば大丈夫だろう。骸骨騎士団長のツテで認識阻害魔法までかけてもらったし。


 必死すぎるですって? だってゲームじゃわからなかった推しの事、傍でもっともっと知りたいんだもの! デートだってしたい!!


 ヤダヤダ! 相手が良い人だったとしても家の為に他所へイチゴみたいに出荷される政略結婚なんてヤダヤダ! 前世の事思い出さなきゃしょうがないって割り切ったけどもう絶対にヤダヤダヤダ!!

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