第4話 推しと今後の相談ですわ

 アビス様のお住まいは、なんか背後でピシャーンゴロゴロ言ってる以外は普通に豪勢なお城でした。門番さんがガイコツ剣士でひぇええってなったけど。


「お帰りなさいませ、アビス様。そちらの人間の女は?」

「客人だ、丁重にもてなせ」

「はっ」


 ガイコツさん達、骨をカチャカチャしながら、敬礼。この人達はちょっと可愛いかも。


 お城の周囲もそうだったけど、中も魔力の灯りで普通に明るいみたい。


「ところでアビス様」

「なんだ?」

「降ろしてほしいです」

「そうか? 俺様はもう少しこうしていても良いのだが……」

 

 なんだかんだと推しにお姫様抱っこされての空の旅は楽しかったけど、流石に人?前だと恥ずかしいので降ろしてもらった。ホネホネさん以外にもネズミとかネコとか、中が真っ黒で見えないローブの人とか、色んな人がうろうろしてる廊下を通って、客間に通される。


「さて、お前を攫ってきた理由は、他でもない」


 学生服から魔王っぽいマント衣装に着替えて戻ってきたアビス様。あの服もう少し堪能したかった……!


「お茶っぱ茶っぱ茶っぱ~♪」

「茶っぱ~♪」

「お客人~♪」


 なんか無数の葉っぱを縫い合わせたような服を着た、手のひらサイズのちっちゃな三人組の女の子がそれぞれ茶葉とティーポット、ティーカップ、いちごのケーキを持ってやってきた。


「茶の用意、ご苦労だった」

「やり~まお~さまから褒められた~」

「魔界いちごのケーキはまおーさまの子どもの頃からの大好物だから~」

「もっと褒め褒め、されるぅ?」

「……ウォッホン!」


 わざとらしい咳払いで、女の子達は風のようにピューッと去っていた。へえ、いちごのケーキが好きなのかぁ。


「他でもない……」


 あ、上のおっきないちご避けた。好物は後で食べるタイプなんだな。


「お前が先ほど放った傘魔法とやらに興味があってな」


 ちょっぴり心がズキリ。まあ、そりゃそうよね。さっき会ったばかりのアビス様が、私を好きで攫う理由なんてないし。乙女ゲーヒロインなら一目見た瞬間惚れる事もあるんだろうけど、空気の悪役令嬢じゃなぁ。


「あんなヘンテコな魔法は魔界で見た事がない。原理は? 起源は? 人間界ではありふれたものなのか?」


 赤薔薇というよりはルビーみたいに瞳をキラキラさせて、テーブル越しに身を乗り出して食い下がる魔王様。イケメン顔が近いって! 髪サラッサラツヤッツヤ! どうやって髪質維持してるのこの人。


 う~ん、アビス様のお願いだし、素直に応えてあげたいところではあるんだけど……。


「……実は、わたくしにもよくわからないんです」


 これは事実。というか、今さっき思い出したってレベルだし。どうも、あまりにも本編で掘り下げられていない設定に関しては、記憶にロックがかかったみたいに曖昧なんだよね。


 学園で魔術の授業はあったけれど、王道な地水火風、光の魔法以外は習わなかったし。レオナルド王子の使ってた魔法剣も、光の魔法の応用って感じだし、ソフィアの傘魔法とやらはそのどれからも外れているっぽい。


「アンブレラ家に代々伝わるという事しか。父も母も、この力の事をわたくしに語る事はありませんでしたし」

 

 何人もきょうだいがいる家の末っ子だからか、お金持ちの家でもなんとなく私、ソフィアの扱いって雑なのよね。別にいびられてるわけでもないし、学校も衣食住も世話してもらえてはいるけれど。


「ふーむ、傘……という事は水の魔法の応用なのか? まぁいい。その魔法の謎、解明出来るまでとことん俺様に付き合ってもらうぞ!」

「えっ!? それってアビス様のお城に一緒に住むって事ですの?」

「何か問題でも?」


 ……一応驚いてみたけれど、問題はないかな。元々せっかくこの世界に転生したのなら、推しに一目会いたいと思って行動したわけで。家族は淡泊気味だし、あのまま家にいたって適当なところにお嫁に出されるだけだろう。仲良くなったクララちゃんは心配するかもしれないけれど、あの子は周囲から好かれる良い子だし、レオナルド王子とも順調に関係を築けていたようだから、私がいなくなっても大丈夫。


「いえ、特には」

「ならば決まりだな」


 こうして会話しているうちに、魔王様のケーキのお皿は減って、大きなイチゴだけが残っている。欲しいものを買ってもらえると理解した子どもの顔で、イチゴを口に入れたアビス様は、食卓ではしゃぐ小さな男の子みたいだった。


「うむ、やっぱり魔界イチゴのケーキは美味い!」


 そんなに? ケーキもお茶も好きだけれど、推しの意外な好物&ライブ食事映像に夢中で全然手をつけていなかった。私も真似して、ケーキの上の大きなイチゴをフォークで刺して、持ち上げる。


 色合いは普通のイチゴより黒っぽいし、粒も大きいけれど、普通に美味しそう。齧ってみると……絶妙な瑞々しさと酸っぱさと甘さで驚いた。


「おいしい!」


 それぞれの要素が三位一体のおいしさ! クリームもスポンジもフワッフワのあまっあまで素敵なんだけれど、イチゴをアビス様が最後の楽しみにとっておくのもわかる。


「そうだろうそうだろう! ……しかしお前は、イチゴからいきなり食らうのだな」

「あっ、何か作法に問題がございましたかしら!?」


 乙女ゲーではわけのわからない事でバッドエンドフラグが立つこともなくはない。でもアビス様のおいしそうな顔を見てたら真っ先に食べたくなっちゃって。


「いや、俺様でも出来ない事をバクバクッとやってのけるその豪胆、気に入ったぞ! やはりお前は面白い女だ!」


 正解選択肢だったみたい。っていうかアビス様のルートなんて最初から存在しないから、選択肢もなにもないか。こんな可愛い人だなんて、ゲームを何周してもわからなかったものね。


「アビス様と~」

「お客人~」

「なかなかいい感じ~?」


 去っていったと思ったら物陰に潜んでいたらしい、三人組の女の子達がフワフワ周囲を漂って冷やかしてきた。嬉しいけど恥ずかしい……。


「こ、こら貴様ら、下らん事を言う暇があったら食器を片付けろ!」

「はいはーい」

「は~い」

「いやっは~い」


 黙ってしまった私にアビス様も気まずいものがあったのか、偉そうな感じに命令してたけど。あんまり威厳あるオーラは出せていないみたいだった。

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