第2話 愛しの人に攫ってもらえましたわ

 我ながら打算に溢れているけれど、翌日さっそく学園でクララちゃんに声をかけ、お近づきになった。典型的な心優しい乙女ゲーヒロインであるクララちゃんは、私の真意など気づく由もなく、あっという間に仲良くなってくれた。


 でもクララちゃん元々私好きだったんだよねぇ、なんてったってフワフワ茶髪のロングヘアーに金色の瞳、ソル王国のヒロインって感じ。なが~い髪だから赤毛のアンみたいにしたくなっちゃうけど、やっぱりこのフワフワを活かす方が良いよねえって事でお嬢様結びを推奨したい。


 って思ってたのに教室にヘアゴム忘れた!


「ごめん遊ばせクララさん、ヘアゴムを取って参りますわね」


 一応表ではお嬢様言葉を保つようにしている。最近はお昼休み、クララちゃんの髪型を変えて遊ぶのが楽しみになっているのだ。かわいいけど地味っぽさのあった彼女も、私の影響でオシャレを覚え、愛しいメインヒーローのレオナルド王子と順調にフラグを立てているらしい。フワフワ髪に良い子オーラ全開のクララちゃん、やわらかな金髪と揃いの、太陽のような金目のレオナルド様は、合わせて作られた芸術みたいにピッタリだ。


 「場面によって左下に表示されるヒロインの髪型も豊富に変化!」とか発売前の情報にあったのに、差分作る余裕もなくなったのか、舞踏会だろうが寝る前だろうか、クララちゃん一生後ろで二つ結びだったもんな……。せっかくフワフワ亜麻色の髪の乙女なのに。私こと「ソフィア」も長い金髪に青い瞳、決して悪くはないけど、やっぱクララちゃんのフワフワ髪も憧れるよねぇ。


 ヘアゴムを取って戻ろうとしたところで、


「おい、そこのお前」


 めっちゃ推しの声がするじゃん。

 メインキャラの声優さんがモブキャラまで声優を担当する事はあるけど、


「そこの女、お前だ」


 赤薔薇の瞳に漆黒の長い髪──今日は後ろで一つにまとめているのね──にこの偉そうな口調。どう考えてもアビス様だよなぁ……。っていうか見た目がカレーうどん食べたら大変な事になりそうなうちの学校の白ラン着ただけのアビス様なのよ。


「ここの学園にレオナルドとかいう奴がいると聞いた。そいつのところに案内してもらおうか」


 そっかぁ、ゲームだといきなり現れてたけど、こうやって学園に潜入してたわけね。それにしてもアビス様、うちの学校の制服も似合うなぁ……。何より『赤薔薇の瞳』と表現されていた瞳に今、私が映っているのだと思うと!


「は! 気づいたら普通に案内してしまっていた!」


 アビス様、いったいどんな魔法を使ったというの。色ボケして意識が飛んでただけですね、反省。といっても中庭に戻っただけなのだけど。今の時間ならアビス様も中庭でお友達とお昼を採っているはず……。


「クララ、今日は一段と増して綺麗だね」

「い、いえ! これはソフィアちゃんが結い方を教えてくれたおかげで……」


 あっ、私が席を外している間にレオナルド王子とクララちゃんがイチャついている。流石正ヒーローと正ヒロイン。放っておくとすぐ空気作る。


「貴様がレオナルドか! 貴様の持つ『夕暮れの宝玉』、我が目的の為渡してもらう!」


 ソル王国に昇る太陽の力は代々王家の人達が管理していて、力を司る二つの宝のうち一つは第一王子が持っているらしいのよね。それを毎回毎回、何故かアビス様がつけ狙って来て騒動を起こす……というのがソルファンタジアの序章(のみで終わった悲しきストーリー)なのだけど。


「渡さない、と言ったら?」

「力ずくでも奪って見せよう!」


 とか言ってるうちに魔法合戦が始まってしまった。アビス様の手から放たれる闇のエネルギーを、レオナルド王子が呪文で作った剣でスパーンとぶった切る!余波で中庭に穴が開いた。途端、あちこちで挙がる悲鳴。


「ほう、なかなかやるようだな……ならば、これならどうだ!」


 レオナルド王子めがけて何度も落っこちる真っ黒な落雷。喰らったらヤバそうなアビス様の攻撃を、レオナルド王子は疾風のごとき動きでひょいひょい避けてみせる。が、逃げようとしていたクララちゃんに雷撃が落っこちそうに! レオナルド王子も気づいたみたいだけど間に合わない!


 私のところに来て一緒に逃げようと思っていたのだろう。クララちゃんとの距離は私が一番近い。冷静な分析が終わるより先に、私の脚は動いて、クララちゃんを庇うように立っていた。死にたいわけじゃなかったんだけど、とっさに。

 

「あ、アンブレラガード!」


 考えるより先に叫んだ瞬間出現する、レース模様のファンシーな傘。それがアビス様の攻撃の余波を跳ね返して、私達の窮地を救った。


 そういえば。設定資料集の端っこに一枚だけあったソフィアのラフスケッチの横にちょこっと、『傘魔法の使い手』とか書いてあったような。彼女の出番が少なすぎるから、その傘魔法とやらをゲーム内で見た事はついぞなかったけれど。で、傘魔法って何?


「貴様は……ここまで案内した女か。なんだ? その魔法は」

「えっ、わたs……わたくし!? こ、これぞアンブレラ家に代々伝わる「傘魔法」ですわ!」


 とりあえず素直に説明してみた。すると、赤薔薇の瞳がスッと細まり──、小さな少年のような満面の笑みになる。差分なしなどというケチな事もなく毎秒変わる豊かな色彩の表情に、思わず私の胸が高鳴った。


 アビス様、こんな風に笑うんだ。


「フハハハ、なんだそれは! 面白い女だ、気に入った!」


 こ、この乙女ゲーマーなら9999999999回くらいは聞いたお決まりの台詞が来たという事は──!?


「レオナルド、秘宝は貴様にまだ預けておこう! 代わりに今日はこの女を土産にもらっていく!」


 攫われフラグ来たー!! 途端に持ち上がる、私の身体。伝わる体温。あ、アビスにお姫様抱っこされてるー!! あ、乙女ゲーみたいなキラキラ見た目のモデル体型だけど、結構身体がゴツゴツして大人の男の人だ……当たり前か。


「貴様──!! ソフィアさんを放せ!」


 とっさに放たれる、レオナルド王子の光魔法。しかし前方に作ったアビス様のバリアで防がれてしまう。


「ソフィアちゃん!」

「大丈夫、クララちゃん、心配なさらないで──!」


 だって私、好きな人に攫われているんですもの──!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る