第41話 丑三時(うしみつどき)
黒い人影は、炎の人影になった。
「音の神がいたとは。これだから神々はおもしろい」
スピーカーだ。なぜかスピーカーから男性の声がする。
むかいのホームを見た。ホームの柱にあるマイクを手にしているは和服の男性。鬼塚浩三だ。
「なかなかに頭の切れる巫女がいるようだ」
「なるほど、声でワタクシの邪魔をしますか」
マイクで返事をしたのは鈴子さんだ。
スピーカーを通して、男の笑い声が聞こえた。
「女の
柱のかげにいる鬼塚浩三が、手にしたマイクを目の高さへと持ちあげた。そしてさらになぜか目をとじた。
「
男性が言うのと同時だった。ホームの屋根。つりさがってある照明が火花をちらしてくだけちった!
これはあれだ、
「鈴子さん!」
こちらのホーム。マイクのあった柱の下に鈴子さんが倒れている。
「そこまでにしろ!」
むかいのホーム。声がした。イザナミさんだ。
男がいるのはマイクのある柱だ。そこから距離を取って、イザナミさんが銃をかまえている。
「神々に銃はきかないが、おまえにはきくぞ!」
男はマイクをはなして両手をあげた。
「
鬼塚浩三が大声でけしかけた。
「なにもするな。なにも言うな。ただ手をあげて、こちらにこい!」
言われたように着物の男性は両手はあげたまま、ゆっくりとイザナミさんのほうへ歩いていく。
「残念なことにだ。この私を撃ったとしても、すでにこの駅への準備は終わり、さきほど発動の念もかけた」
準備と聞いて、わたしは壁や柱にびっしりとある神代文字を見た。
「呪いをかけて、どうする?」
イザナミさんが銃をむけたまま聞いた。聞かれた鬼塚浩三は、すずしい顔で答えた。
「呪いに強い者、呪いに弱い者。人には差がある。ふらふらする者。意識を失う者。いろいろな時間に、いろいろな者がでるだろう」
それを聞いてぞっとした。ただ駅で人が倒れるだけならいい。でもそれが電車がくる直前にホームの白線で待つ人が倒れたら。いやそれよりも電車の運転手さんが倒れてブレーキをかけなかったら。
時間差で、いろんなことが起こる。そして一般の人が調べても原因はわからない。
あぶり文字を消せばいいのだろうか。でもいちど付いた呪いだ。文字を消しただけで浄化できるのだろうか。
「明日、この駅は封鎖する。おまえの準備は無駄となるぞ」
「ほう、封鎖か。なるほど、たしか刑事だったな」
「アタシを知っているのか」
「まあ、うわさていどには」
和服の男性が歩くむきを変えた。白線のほうへと歩きだした。
「不用意に動くな。アタシは本当に撃つ」
イザナミさんも銃をむけたまま男と平行に動いた。男の足が止まる。
「カヤノ、鈴子を!」
そうだった。鈴子さんは倒れている。
鈴子さんのもとへ走ろうとしたときだった。
ボーン、ボーンと、どこかから古時計の音がする。
「言ったはず。準備はすでに終わっていると」
男が着物のそでをめくった。腕時計を見ている。わたしもホームにある大きな時計を見た。
午前二時。
わたしのまえにいた柴犬のシバタがうなっている。その方向は線路。
線路のさきは、まっ暗だった。そこへ青白い炎がひとつ、ふたつと増えてくる。
いや、増えているのではなかった。こっちに近づいている。
「
言ったのは線路にいるヒナちゃんだ。ヒナちゃんは、せまりくる青白い炎のむれにむかってかまえた。
わたしはいやな予感がして逆を見た。線路の反対方向からも青白い炎のむれ。
「さりとて、戦うしかなかろう」
ピンクのハナちゃんがホームから線路へと飛びおりた。水色のヒナちゃんとは反対の方向へと
ホームから小さな影も線路へ飛んだ。シバタとサルヒコ。それぞれがハナちゃんとヒナちゃんのもとへいく。
「ちなみにだが、こちらとそちらのホーム。その
男性の言葉でホームの床を見た。わたしの近くにはなかった。見まわすとホームの中央だ。コンクリートの床になにか小さく赤いペンキで書かれてある。
駆けよった。
見おろすと、手のひらぐらいの大きさだ。赤いペンキで書かれてあったのは『
「イザナミさん、鳥居です。床に鳥居が書かれてあります!」
銃をかまえたままのイザナミさんが、そっと床を見た。自分の下にあったようだ。銃をかまえたまま、
「だめだカヤノ、これはペンキだ。消せないぞ!」
「やはり浅はかな」
イザナミさんの言葉を打ち消すかのように男の声が聞こえた。
「
男が言うと同時だった。ペンキで書かれた赤い鳥居からなにかでた。細く赤い蛇だ。それも大量。
赤い鳥居からでてきた赤い蛇たちはわたしに巻きついた。瞬時に足もとからぐるぐると巻きつかれ、また身動きが取れない。
むかいのホーム、イザナミさんを見れば、イザナミさんも足もとから手首まで、赤い蛇たちがぐるぐるに巻きついている。
「いまいくから!」
下の線路にいるヒナちゃんが、そう言って動きだそうとした。
「遅い」
男の言葉が聞こえた。
「ヒナちゃん、うしろ!」
わたしの言葉にヒナちゃんはふり返り、せまる付喪神へまわし蹴りをはなった。
線路の反対側では、すでにハナちゃんも付喪神との戦いを始めている。
「あきらめの悪い刑事だ」
男が動いた。イザナミさんに近づく。
イザナミさんはどうにか拳銃を男のほうにむけようとしていた。それを察知してぐるりと男はまわりこんだ。
男はイザナミさんの背後へまわり、赤蛇たちの巻きついた手のさきにある拳銃を、そっとはぎ取った。
さらにホームからおりる階段のほうへ歩くと、拳銃を階段へと投げ捨てた。カンカンッと拳銃が階段を落ちていく音も聞こえた。
「さて、
男はそう言うと、着物の両そでに手を入れ、ホームの上から線路のさきをながめた。
「長くかかりそうだな」
男の声にわたしも首を動かし線路のさきを見る。ひしめきあう青白い炎の行列は、遠い線路のむこうまで続いていた。
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