第40話 噦(むかつく)
「人にも、めっちゃ
声がした。
声はホームではなく下の線路から。声を発したのはヒナちゃんだ。
ヒナちゃんも
小さなからだのヒナちゃんは、首もとまでが巨大な蛇の口のなかだ。
ヒナちゃんがおどろいているように、わたしもおどろいていた。神さまの力は、おもに神さまたちだけに効果があると思っていた。でもちがった。
「ほう、声をだせるのか」
感心したような口調で言ったのは、和服を着た初老の男性、鬼塚浩三という人だ。
「きみがいま感じているとおり、神々の力は人にもきく」
ホームに手をついていた鬼塚が立ちあがった。立ちあがって、わたしたち五人を順に見まわした。
「巫女の世界では、神の力をつかうには
鬼塚という人は初老だけど、和服を着た体型は引きしまっていた。そして目つきがするどい。
イザナミさんがまえに『
「くそっ、おとなって、すぐうそをつく!」
声が聞こえた。ヒナちゃんの声だ。
「子どもの巫女よ」
初老の男性は、ホームの上から線路にいるヒナちゃんを見おろした。
「よければ、私が
ヒナちゃん! さけぼうとしたけど、わたしは声をだせなかった。
「はぁ?」
ヒナちゃんの声が聞こえた。こちらから見えるヒナちゃんはうつむいている。そのからだが
ヒナちゃんは無理矢理に動かしているようだった。ゆっくりとしか動かせない。だけどヒナちゃんは頭をあげた。
男のほうを見あげるヒナちゃんの顔は怒っていた。とても怒っている。八重歯が見えるほどに片方のほほをつりあげ、男をにらみつけた。
「あんた、おとななのに頭が悪い」
「ほう、頭が悪いとは興味深い。続きを聞こうか」
「信頼なんてもんは、積みあがってできるもの。ウチは小さいころからイザナミに相手してもらった。イザナミはそのとき二十代。子どもの相手が面倒だってことぐらい、ウチだってわかってる!」
なんとか頭をあげたヒナちゃんは、まだ力を入れているのか、からだを震わせていた。
「ひとつぐらいムカつくことがあったからって」
かなり力がいるのか、全身をふるわせている。それでもヒナちゃんは背筋をのばした。そしてのけぞり、男を見くだす目線を取った。
「キロ・メートル・センチ以下、いちミリだって、イザナミへの信頼がゆらぐかバカ!」
のけぞったままヒナちゃんが動いたように見えた。動いたのは足だ。ブーツをはいた右足がにぶく光った。
「だいたい、その上から目線。そういうおとなの目が、ウチはだいっきらいだっての!」
ヒナちゃんの全身までが光った!
「
ヒナちゃんは言うと同時に巨大な蛇を蹴りあげた!
蛇の頭は空中に浮き、落ちてくるところを今度は踏みつける。
「ウチの仲間は、いちどだって、そんな目でウチを見たことはない!」
踏みつけられた蛇の頭は、霧のように消えていった。
「
ちがう方向から声が聞こえた。目を動かして見てみれば、ハナちゃんが蛇の頭を下から殴りあげているところだった。
「
蛇の頭は空中で消え、それを見届けたハナちゃんがぼそりと言った。
「ハナ、知ってたの、この事実!」
ヒナちゃんが怒った声で双子の姉妹であるハナちゃんに聞いた。
「知っておったぞよ」
かるい口調で答えたのはハナちゃんだ。
「無理もないぞよ。そこらのわらしべ以上に、わらわたちの見た目は
それを聞いて、怒っていたヒナちゃんの顔がおどろきの顔になった。
「まさかハナ、それでそんな口調にしたの?」
「
聞いていて、すごく納得できる話。だけどハナちゃん、その口調はおとなじゃなくて、おばあちゃん!
「わらわがみなを助ける。ヒナ、そやつを」
ピンクの巫女ハナちゃんが言うより早く、水色の巫女は動いていた。
「手と足の神か。なるほど、近接戦にすぐれているな。これは
着物の男性はそでのなかに手を入れた。取りだしたのは和紙のたばだ。
ここからでも見えた。おそらく書かれてあるのは神代文字。それを白髪の男性はホームへまきちらした。
和紙が地面に落ちると、そこになにかが集まってくる。黒い虫。いやちがう。これはあれだ。旧下田井駅で見た。小さな
コンクリートの隙間から黒く小さな
落ちた和紙に集まった
たくさんあった和紙は、海からの風であちこちに飛んでいた。こっちのホームにも何体もの
あっちのホームではヒナちゃん、こっちのホームではハナちゃんが
「動くな、じじい!」
むかいのホームから聞こえた。言ったのは何体もの
着物の男性は、
それでも男性が動くことで、すこしわたしを噛む蛇の力が弱まった。
噛まれていない左側。わたしの左手がすこし動かせる。そして左手にあるのは、わたしの守り刀だ。しかも今日は袋に入れていない!
「んっ!」
力を入れて口もとへ小刀を持ちあげた。
「
ようやく小刀の名を口にだせた。小刀がぼんやりと光る。それをかぶりついている蛇の頭へと刺した。
刺された蛇の頭が消えていく。わたしはまわりを見た。近くにいたのは鈴子さんだ。
鈴子さんに駆けより、噛みついている蛇の頭へと小刀をふりおろした。
豆腐を切るような感触。そんな感触が小刀を持つ左手に伝わった。目玉のない蛇の頭が消えていく。
「カヤノさん、うしろ!」
鈴子さんの声でふり返った。目のまえに
「ごめんなさい!」
小刀をふりまわした。ざくりと刃が胴体に当たる。
黒い人影はくずれて黒い砂のようになった。
駆けだした足音がしたのでふり返ると、なぜか鈴子さんは反対側、わたしたちとは離れる方向へと走っていく。
「鈴子さん!」
呼び止めようとしたけど、また
ぬっと三本指の手をだしてきたので、小刀をふりまわした。一本の指にあたって黒い指が飛ぶ。でもすぐにまた指がはえてきた!
「まもなく列車が到着いたします」
ホームのスピーカーから聞こえた。真夜中だ。列車なんてくるわけない。
「というのは、うそでございます」
よく聞けば、声は透明感のある女性の声。鈴子さんだ。
鈴子さんはホームのはしにある柱にいた。そして手に持っているのは柱に取りつけられた駅員さんのマイクだ!
「下田井港の近くにある民俗資料館から、これをお借りしておいて良かったです」
鈴子さんなにを言っているのかと目をこらしてみた。手にしているのは鈴じゃない。小さな
「
鈴子さんはそう言うと、手にしたハンドベルのようなものをマイクに近づけた。
カンカン、カンカンと、にぶい金属の音がスピーカーから聞こえた。
カンカン、カンカンと、小さな
「神道というより密教でつかわれるものですが、邪気をはらうと言われる
そう言って鈴子さんはまた
黒い人影たちは、どんどん表面から黒い砂が飛ばされるように
「
もういちど、わたしは小刀の名を呼んでかまえた。二体の
そのときだ。『がうっ!』と鳴き声が聞こえたかと思うと、
「シバタ!」
わたしの胸に飛びこんできたのは、ヒナちゃんの
でもいきおいよすぎて、胸に柴犬がぶつかり倒れてしまった!
「シ、シバタくん、いきおいよすぎ!」
起きあがろうと頭を起こした。柴犬のシバタくんは、そんなわたしを見て『はっはっ』と息をはずませながら小首をかしげている。
「シバタくん、うしろ!」
『たんったんっ!』と地面を蹴る音がした。ついでにわたしの頭を
小猿のサルキチくんだ。サルキチくんは飛びあがり
あたりを見れば、巨大な蛇はどこにもいない。鈴子さんの
柴犬を地面におろし、わたしも立ちあがる。
あれ。二匹が自由になったということは、きっとイザナミさんも自由に……
「みなさん、あれがきます。ふせて!」
スピーカーから鈴子さんの声が聞こえた。あわててしゃがむ。
「
イザナミさんの声が消えた。いたるところの空中に炎の花がさく。それにふれた
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