第37話 犯人(はんにん)

 目がさめた。


 防波堤ではない。


 わかった、神社の拝殿はいでんのなかだ。


 古めかしい木の天井や柱が見える。


「でかした、カヤノ」


 あおむけの視界に、かっこいい女性があらわれた。イザナミさんだ。


 わたしの右手と左手。なにも持ってない。


「イザナミさん、巻き貝です!」


 あわてて上半身をがばっと起こした。それで気づいた。わたしのまわりになわがある。


 これは『わらなわ』とかいう名前だったはず。いねのわらでんだ太い縄が、わたしをかこむように四角くられてあった。


「カヤノの呪いはといたぞ」

「イザナミさん、巻き貝なんです!」

「それもわかった」


 イザナミさんが右手を持ちあげてふった。手にあったのは、あの巻き貝だ。


 わたしが寝ていたのは、拝殿のまんなか。まわりに黒色の巫女、そして水色の巫女、ピンクの巫女さんがいる。


「鈴子さん、ヒナちゃん、ハナちゃん!」


 わたしの呪いをとくため、三人も協力してくれたにちがいない。


「三千子さんは?」

母屋おもやで寝てる。力のつかいすぎだな」


 イザナミさんの言葉でほっとした。電話での三千子さんは倒れそうなほど息が切れていた。


「カヤノさん、おてがらですわよ」


 鈴子さんが、わたしにほほえみかけてきた。


「鈴子さん?」

「ほんとに、引きよせるんだ」


 ちがう方向から聞こえた。言ったのはヒナちゃんだ。おなじことをどこかで言われた気がする。


「まあ、今回引きよせたのは呪いだけどね」


 わかった。旧下田井駅だ。あそこでヒナちゃんに言われた。あのときは、あきれた口調で言われたけど、いまのヒナちゃんは笑っていた。


なぞはすべて、とけたぞよ」


 最後に言ったのはハナちゃんだ。


「あの、イザナミさん」

「ああ、順を追って説明してやる」

「いえその、ここからでていいですか?」


 立っていたイザナミさんが床板ですべりそうになった。


 わたしのまわりには四つの小さな支柱しちゅうがあり、そこになわをむすび、小さな四角いリングみたいになっていた。


「でていいぞ」


 イザナミさんの許可を聞き、わたしは立ちあがった。縄をまたいで外へでる。


 縄のあるまんなかをさけて、わたしたち五人は輪になって木板の床に座った。


「まず、ハナヒナからだな」

「オッケイ!」


 返事をした水色巫女のヒナちゃんが、古そうな本をだしてひらいた。


 ひらいたページにあったのは、色あせたセピア色の写真だ。


「これ、あのおばあちゃんがってる卒業アルバムね。もちろん卒業生の名簿めいぼもある」

「おどろくことに……」


 ヒナちゃんのあとをイザナミさんが話し始めた。


「そこに書かれた卒業生を調べて電話をかけたが、あのおばあちゃんとおなじく、何名かは原因不明の病気で入院中だ」

「それってイザナミさん……」

「ああ。この卒業生のだれかが、同級生に呪いをかけまくった」


 仲のいい同級生。そうおばあちゃんは言っていた。


 もういちど写真に目を落としてみる。古いセピア色の写真。整列してうつった二十名ばかりの男女。制服を着た男子も女子も、みんな楽しそうな笑顔だった。


 ひらかれた古い卒業アルバム。そのよこに和風の黒いクシが置かれた。置いたのは鈴子さんだ。


「これはやはり、京都のメーカーでした」

「じゃあ鈴子さん、同級生のだれかが、そこのお店でクシを買って」

「いいえ。このメーカーに問いあわせましたが、自社で店舗は持ってないそうです」

「えっ、じゃあどうやって買えば」

「呉服屋です。京都の呉服屋へおろしているそうです」


 鈴子さんが、プリントアウトした紙を一枚だしてきた。どこかの会社のホームページを印刷したものだ。


「ハナさんヒナさんが手に入れた卒業名簿。それと、京都の呉服屋をてらしあわせました。すると、ひとつの呉服メーカーが浮かびあがってきたのです」


 鈴子さんはそう言うと、なぜか、ひとつせきをした。


「鬼~の和服はいい和服~強いぞ~強いぞ~♪」


 なぜか歌いだした鈴子さんだ。でもその歌は『鬼のパンツはいいパンツ』だったはず。


 あっけに取られていると、また鈴子さんは咳をひとつした。


「これやっぱり、京都のローカルCMだったんですねぇ。鬼塚呉服のCMです。カヤノさんもご存じない?」


 あっけに取られていたけど、うんうんとうなずいた。そして今度はイザナミさんが咳をした。


鬼塚浩三おにづかこうぞう。児島の出身で、おばあちゃんの同級生だ」


 さきほど鈴子さんが置いたプリントを見た。社長の写真が載っていて、和服を着た初老の男性だ。


「この人が……」

「ああ、すべての犯人だ」


 イザナミさんが刑事らしい口調で言った。そして「すべて」と言った。


「じゃあイザナミさん、道ばたで大勢の人が倒れたのも」

「そのとおりだ、カヤノ。おまえの持ち帰った巻き貝のおかげでわかった」


 イザナミさんは、手にしていた巻き貝を五人が輪になって座る中央に置いた。


 床の上に四つがならんだ。ひらいた卒業アルバム、京都のクシ、会社のホームページをプリントした紙、そして巻き貝。


 わたしはイザナミさんに確認したいことがあった。


「どうやって、貝殻で呪いを」


 わたしが言い終わるまえに、イザナミさんはもういちど巻き貝を手にして立ちあがった。


 どこにいくのかと思えば、近くにあったロウソクの炎で巻き貝をあぶる。


「これだ」

「あっ!」


 巻き貝の底、なにか文字が浮かびあがっていた。それはイザナミさんのジッポに彫られていたような文字だ。


「まさか、あぶり文字をつかって書くとはな」

「あぶり文字?」

「カヤノはしたことないか、みかん汁などで書くやつだ。書道の時間とかで遊んだことがあるだろう」

「そ、そんな遊びしたことないですよ」

「そうか、都会っ子はちがうな」

「都会かどうかというより、年代のちがいじゃないでしょうか……」


 むっとしたイザナミさんだったけど、巻き貝を持って座る輪にもどった。


「貝をつかった呪いとはな、考えたものだ。海辺の町に落ちていても違和感がない。しかも大きな貝殻であれば、人は思わず手に取ってしまう」


 そのとおりだ。わたしも思わず手に取ってしまった。


「なるほどです。あとは、この人の行方ゆくえさがすだけなんですね」

「いや、それもだいたいの目処めどはついた」

「えっ!」


 わたしがおどろいてイザナミさんを見ると、炎の女刑事さんは床に置いた巻き貝を指でコツコツとたたいた。

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