第38話 八人(はちにん)

「巻き貝で、人の行方ゆくえがわかるんですか?」


 わたしには見当けんとうもつかない。


 いや、そうか。ここは海の近くだ。


「わかった、犯人は漁師りょうしさん!」

「ちがうだろ、カヤノ。さっき鈴子が京都の呉服屋だって言っただろ」


 あぅ、そうでした。


「こんな大きな貝殻は、海辺でひろえるものでもない。これを売っているのは、渋川水族館しぶかわすいぞくかんの売店だ」


 渋川水族館しぶかわすいぞくかん


「それって、近くの海水浴場ですか!」

「そのとおり。いなかの小さな水族館だけどな。おみやげで貝殻かいがらなども売っている」


 そういえば、新幹線のなかでイザナミさんは『いなかだけど、いいところもいっぱいある』と言っていた。水族館もあるんだ。


「それでだ。ここからが本当の意味でアタシの出番だ」

「イザナミさんの出番?」

「警察のフリをして、水族館の売店で働く人に連絡を取った」

「イザナミさんは刑事なんですから、フリじゃないと思いますけど」

「いや、さすがに、上司へ説明できないからな。警察署でもなく、この神社から偽名ぎめいをつかって警察のフリで電話をした。ばれなかったぞ。名演技だ」


 それは本職の人がやるんだから、演技ではないと思う。


「売店の人も、和服を着た男性だからおぼえやすかったらしい。しかも、売店の貝殻を大量に買って帰ったそうだ」


 なるほど。大勢の人が倒れたんだから、多くの貝殻が必要だったわけか。


「それでだ。犯人は売店の人と興味深い話をしている」

「というと?」

「観光ですか、と聞くと、めずらしい駅を見に。と男は答えたそうだ」


 めずらしい駅。


「こいつがなにをするのか。そこまではわからんが、場所はしぼれたな。めずらしい駅といえば、旧下田井駅だ」


 それは、ハナちゃんやヒナちゃんと見にいった廃線はいせんの終着駅だ。廃駅はいえきの聖地。


 でもなにかちがう気がする。人が集まる場所でもないし、明日の『ジーンズ祭り』とも関係がまったくない。


 そもそもあの『よどみ』は、どこかで見たものだった。


 旧下田井駅に『よどみ』はなかったはずだ。山すそで、うっそうとした緑にかこまれた旧下田井駅。白い駅看板と灰色のプラットフォーム。そして奥の停車場には、びた電車。


 だれも乗っていない錆びた電車は、どこか見ていて悲しかった。


 だれも乗っていない電車。よどんだ空気。


「あっ……」


 わたしは思わず立ちあがっていた。


 そして思った。いますぐ町を見おろしたい。木板の床を蹴って、拝殿の入口にむかった。


 拝殿の扉は、両びらきの引き戸だ。両手であける。


「おいっ、カヤノ!」


 外はもう暗かった。それでもかまわず拝殿の階段をおりた。


 階段をおりると神社の庭だ。土の地面をそのまま駆けだした。


 庭をよこぎって、神社の入口である石段のほうへ。


 下からあがってくるための石の階段。あがりきったところにある大きな縁台えんだいに飛び乗った。


 縁台の上、見えるのは夜の海だ。わたしが見たいものは、ここからは見えなかった。


「カヤノ、くつをはけ!」


 イザナミさんに言われて気づいた。靴下のままきてしまった。


「カヤノさん」


 縁台の下から声をかけてきたのは、鈴子さんだ。鈴子さんも駆けてきたのか、息を切らし心配そうな顔をしている。


「おい、カヤノ、靴!」

「イザナミ、いま靴はどうでもいいでしょ。そういうとこが、がさつだっての!」


 イザナミさんとヒナちゃんも縁台まで駆けてきた。


「カヤノよ」


 うしろからきたハナちゃんも縁台に着いて、心配そうな顔で見あげてきた。


 四人に見つめられ、わたしは縁台の上でうなずいた。


「あのよどみ。どこで見たか、思いだしました」


 忘れたい記憶。だから忘れていた。


 わたしの靴を持ったままのイザナミさんが、真剣な顔で聞いてきた。


「カヤノ、いったいそれは」

「お父さんの事故現場です」


 四人が息を飲んだのがわかった。


 別にその鬼塚という人が、父の亡くなった事故に関係しているわけでもない。あれはもう何年もまえの話だ。


 いまから思えばだ。あのクレーンでつるされた電車。なにか空気のよどみみたいなものがあった。


 空気のよどみ、それがなんなのかはわからない。でも犯人がねらう『めずらしい駅』というのは、旧下田井駅じゃない。


「児島駅、ですか」


 鈴子さんの言葉にうなずいた。プラットフォームから海が見える。いなかなのにビルみたいな駅。めずらしい駅だ。


 ここから児島駅は見えなかった。


「おい、あそこは高いところを電車が通る駅だ。呪いなんてかけて事故でも起きてみろ」


 イザナミさんが自身の言っている意味に気づいた。


 わたしもふくめ、五人のみんながだまった。


「鬼塚浩三」


 鈴子さんが口をひらいた。


「株式会社鬼塚呉服。三ヶ月まえに、十億の負債をかかえて倒産しております。さきほどの見せたホームページも、もう機能してはおりません」


 そうなんだ。倒産した会社の社長。同級生にまでかける呪い。


「これは、あれでしょうか。他人をまきこんでの自殺、とか」

「いや……」


 わたしの疑問には、イザナミさんが口をひらいた。


「犯行の動機なんて、考えてもむだだ。犯人ってのは、だいたいどこか狂ってるからな」


 それは刑事をやっているイザナミさんだからわかることだ。


「警察が児島駅を封鎖ふうさすれば」


 鈴子さんが期待をこめた目でイザナミさんを見た。


「無理だな。爆弾がしこまれたとかでもなけりゃな」

「では、ワタクシが偽名ぎめいで」


 鈴子さんの言葉に、イザナミさんは首をよこにふった。


「おまえが警察へ言ったとする。児島駅に爆弾をしかけたとな。すると調べはするが、爆弾はないんだ。イタズラと判断されて終わりだな。明日はお祭り。全国から人がくるのに、いつまでも封鎖はできない」


 じゃあ、どうしたら。そう聞くまえにイザナミさんは答えた。


「アタシがこれからいって、なにか呪いがないか調べる。始発まで時間はあるしな」

「もう一時いちじじゃ」


 だまっていたハナちゃんが口をひらいた。


うしどきの午前二時まで、まもなく。呪いがかけられておるとしたら、危険が大きいぞよ」


 そうだった。怪異現象が起きやすいのは、その時間。


「五人でいけば、なんとかなりますわ」


 鈴子さんが言った。イザナミさんがまゆをよせて考えこんでいる。


「の、のろいが見えるのは、わたしだけです!」


 わたしも、おいてけぼりはいやだ。ひとりで食べるアップルパイは味気あじけなかった。


 イザナミさんがだまっていると『ハッハッ』という動物の息づかいが聞こえた。わたしたちに気づいたのか、あらわれたのは犬のシバタと、その背に乗る猿のサルヒコだ。


 イザナミさんはポケットに手を入れると、ヤモリのヤヒチをやさしい手つきでだした。それを肩に乗せる。


「五人じゃなかったな。八人か。なんとかなるかもな」


 イザナミさんの言葉に、わたし、鈴子さん、ハナちゃん、ヒナちゃん。うなずくことのできる四人は、言葉もださず、ただただ強くうなずくだけだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る