第30話 薙刀(なぎなた)

「はぁ……」


 運転席で深いため息をついているのはイザナミさんだ。


「アタシは着なくていいと思うんだがな」

「に、にあってますよ、イザナミさん!」


 後部座席から、わたしはフォローを入れた。


 美人でかっこいいイザナミさんだ。フリフリのついたオレンジのワンピース。正直に言うと、にあっていない。


「これは家宝かほうになります」


 そう言ったのは、後部座席。わたしの左どなりに座る鈴子さんだ。黒くて長いワンピースが長い黒髪とよくにあっている。


「長いから、ちょっと暑いのよね」


 そう言ったのは、わたしの右どなりにいるヒナちゃんだ。髪の色とおなじ水色のワンピースで、ヒナちゃんは長いスカートの部分を持ってばさばさと風を入れている。


「さてなにを食べまいか、心がおどるぞよ!」


 まえの助手席で手足をばたつかせながら、ピンクのワンピースを着たハナちゃんが言った。


「いや、食いものはいいだろ。まだ午前九時だぞ」


 オレンジワンピースのイザナミさんがあきれている。


 食べものと聞いて、わたしはちょっと心配になった。わたしがもらったのは白いワンピースだ。しかも、すそやそでには豪華なレースの刺繍ししゅうがほどこされている。これって買ったらきっと何万円もする。今日は汚さないように気をつけないと。


「それで、どこいきたい?」


 エンジンをかけ、イザナミさんが四人に聞いてきた。


「ワタクシは、大原美術館がよろしいかと」


 声をあげたのは鈴子さんだ。


「ちょっと、ゲージュツとか、かんべん」


 いやそうな顔してヒナちゃんが言い、スマホを持ちだした。


大奥刀剣乱舞おおおくとうけんらんぶのイベントあるんだけど、それどう?」


 ああ、ヒナちゃんが言ったのはゲームだ。


「おおおく……とうけん? なんだそりゃ」


 車のハンドルを持ったイザナミさんが聞いてきた。


「えっと、女の子に人気のゲームです」


 ヒナちゃんが答えないので、わたしが答えてみた。


「なんで大奥なんだ?」

「戦うキャラクターが実在した大奥の人たちなんです。ナギナタとか扇子せんすとか、武器もいろいろで」

「おい、大奥ってことは、ゲームをクリアすれば」

「はい、お殿さまのご寵愛ちょうあいを受けることができます」


 わたしの説明を聞いて、あきれる顔をしたイザナミさんだ。


「なんつうおろかしいゲームなんだ。アタシならその殿とのさまをたたっ切る!」


 そ、それはイザナミさんらしい発想。


「まあいいか。ヒナ、場所を見せろ」


 イザナミさんが、ヒナちゃんの見ていたスマホを受け取る。なぜかすぐにスマホを返した。


「なんだ、刀剣博物館か」

「知ってる場所ですか?」

「ああ、備前市にある。備前市は備前焼の産地でもあってな。ちょうど備前焼のコーヒーカップが欲しかったところだ。いってみるか」


 備前焼のコーヒーカップと聞いて、後部座席で左となりの鈴子さんが顔をずずいとまえにした。


「そのコーヒーカップの案、ワタクシも乗ります」

「コーヒーはきらいじゃ」

「ハナ、夜は児島で焼肉つれてってやるから、がまんしてついてこい!」

「了解じゃ」

「カヤノもそれでいいか?」

「は、はい、もちろん!」


 わたしはここ岡山なら、どこへいっても初めてのことばかりで新鮮だ。


 こっちにきて、あっというまの三週間。いろいろあったけど、毎日やっているのは神社の掃除と走ってばっかり。今日はひさびさの休日という感じで、心がうきうきする。


 イザナミさんの運転で一時間ほど。わたしたちは児島から備前という町に着いた。


 児島は海のそばにある町だったけど、備前は山あいにある町だった。わたしは関東に住んでいたので、田んぼが広がっているという光景がめずらしい。


 のどかな田んぼにかこまれて、ひときわ大きな建物が『刀剣博物館』だった。


「うっそ、大奥刀剣乱舞のイベントなのに、すっごい人すくない!」


 車からおりて、ヒナちゃんがまず言った言葉がこれだ。


 イベントが開催されているのは、まちがいない。駐車場には『大奥刀剣乱舞とナギナタの歴史展』と書かれた大きなはたがいくつも立っている。


「まあ、いなかだからな。今日は金曜。休みの土日でもなければ、こんなもんだ」


 以前にもイザナミさんはここへきたことがあるらしい。そのイザナミさんを先頭にして入口へ。


 博物館のロビーに入ると、窓口があった。イザナミさんが五人分の入場券を買う。


「五人姉妹で、おそろいのワンピースなんてステキですっ!」


 そう窓口のおねえさんに言われ、イザナミさんは『ふふっ』と上機嫌そうに笑った。姉妹と言われたからだろうか。


「カヤノ、顔色悪いぞ。だいじょうぶか」


 入場券をくれながら、イザナミさんが聞いてきた。


 たしかにわたし、あまり気分がよくない。


「車に酔ったかもです」

「そうか。走りこんで体力はついたと思ったが、乗りものに弱いのは変わらずか」

「そうみたいです」


 東京から児島にくるさいにも、わたしは電車で乗りもの酔いしている。


「ここは一階と二階しかない小さな博物館だ。おのおの勝手にまわればいい。カヤノはソファーでよこになっててもいいぞ」


 そうは言われても、わたしだってナギナタが見たい。


「がんばりますっ!」

「そうか、じゃあいくか」


 イザナミさんについて、まずは一階の展示室へ。


 一階は通常の展示だった。いろいろな大きさの日本刀がかざられてある。


「ナギナタは二階でしょうか?」

「そうみたいだな。二階へあがるか」


 博物館のロビーへもどり、階段をあがる。


 階段をあがったところから、大奥刀剣乱舞のポスターがそこらじゅうの壁にはられていた。ゲームに登場するお姫さまたちをえがいた大きなポスターだ。


「大奥ってのは、なんで人気なんだろうな。男性本位の象徴しょうちょうだぞ」


 イザナミさんがポスターを見る表情は、とても嫌悪感けんおかんのある顔だ。


「えっと、きらびやか、だからでしょうか」

「こんな、ひらひらした服を着て戦えるか」


 ひらひらしたオレンジのワンピースを着たイザナミさんが言った。


 ふたりで二階の展示室へと入る。


 白い布をかぶせた長い机が置かれ、その上にナギナタが専用の台でかざられていた。


 ひとくちに『薙刀なぎなた』と言っても、サイズや種類はいろいろあるようで、そのナギナタのまえには、それにちなんだ大奥のキャラクターパネルが置かれている。


「これは模造刀もぞうとうだな」


 イザナミさんが、ひとつのナギナタに近づいて見つめている。わたしも近よった。


「もぞうとう?」

「カヤノ、もっと近づいて刃をよく見てみろ」


 言われて近づいてみる。ほんとだ、刃のさきが思ったほどとがっていない。


「ナギナタがショーケースではなく外に展示してあるだろ。だいじょうぶなのかと思ったが、模造刀なら切れないから安心だ」


 そこを気にするとは、さすが市民の安全を守る警察。


「本来だとな、ぎ師によってがれた刀は、吸いこまれそうなほどのかがやきがあってな」


 過去にここへおとずれたことのあるイザナミさんが、説明してくれた。


「でも、きれいですよ」


 まぢかでナギナタを見るなんて初めてだ。さらに近づいて、鉄の部分を観察してみる。


「小さなうろこみたいな。鉄にも、もようがあるんですね」

「ああ、地鉄じてつのもようだな。鍛冶師がガンガンたたいてる映像とか見たことないか。鍛錬たんれんと言うんだが、あれによって……」


 見ていると、そのもようは吸いこまれそうなほどきれいだった。


「カヤノ!」


 わたしを呼ぶイザナミさんの声が、なぜか遠くに聞こえる気がした。

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