第24話 臥間(ふすま)

 わたしたちがいるのは、トンネルのほぼ中央だ。


 まえを見た。


 トンネルの出口だ。


 付喪神の行列がくる。


 うしろを見た。


 付喪神の行列がくる。


巫女みこが五人じゃ」


 声を発したのはハナちゃんだ。


「精霊とむすびつきのある巫女が、五人もそろってのうしどき。ちと呼びよせすぎたようじゃな」


 ハナちゃんは冷静にそう言うと、背中にかついでいたリュックを地面へとおろした。


「わらわは、すこしそれを心配しておった。経験の豊富なイザナミらしくないぞよ」

「力をつかえる巫女なんて、めったにいないだろ。五人そろう経験なんてあるか!」


 イザナミさんがそう反論した。つまり、こんな夜ふけに巫女さん五人で山のなかなんてきちゃダメ。


 そんな口論をしているあいだにも、トンネルに入ってくる付喪神つくもがみたちはゆっくりだけど確実に近づいてくる。


「あ、あの、素朴そぼくな疑問ですが話しあいとか無理なんでしょうか……」


 わたしが質問すると、イザナミさんは目を細めて遠くで燃えているさきほどの荷車を見つめた。


「無理だな。すでにこちらから攻撃している。付喪神たちは、こちらを敵だと思っているだろう」


 攻撃と言われて、赤い炎をあげて燃えくずれる荷車を見た。そのわきを付喪神の集団がよけて歩いてくる。


「やるしかない。ヒナ、ハナ、三人でカヤノと鈴子を守るぞ!」

「言われなくてもやるってば!」


 水色巫女のヒナちゃんが歩きだした。わたしたちからすこし距離を取ると、足を前後にひろげ近づいてくる付喪神のむれにむかってかまえた。


足名椎アシナヅチ!」


 ヒナちゃんがそう言葉にすると、短い水色のはかまから見える足。ブーツをはいた足全体がにぶく光るように見えた。


手名椎テナヅチ


 反対側で静かに声を発したのはピンクの巫女。ヒナちゃんの腕が光って見える。その光る腕のさきには穴あき手袋をはめた両拳りょうこぶしがあり、近よってくる付喪神たちにむけてかまえた。


「すこし無理をするか」


 近くにいたイザナミさんはそう言うと、スーツのポケットからヤモリをだした。それを肩の上に置く。


 肩に乗せたヤモリへ笑顔を見せたイザナミさんは、からだのまえで手をあわせる。そこから指をからめて変なかたちにした。前回も見た手印しゅいんだ。


!」


 するどく発してまた指を動かす。


!」


 そしてまた手と指を動かしていく。「ひ」と「ふ」が連続で聞こえた。これはひょっとして……


「ひふみ?」

「そうです。『ひふみよいむなやこと』という十種祓詞とくさのはらえことばです。ひとことですが、それ自体に言霊ことだまの力があります!」


 となりに立つ鈴子さんが教えてくれた。



 三つ目の声と手印を作ると、なんとイザナミさん自身から、うっすらめらめらと赤く燃える炎が見えた。


「イザナミさん!」

「だいじょうぶだ。アタシを強い力から守るためにヤシチがいる」


 ヤシチとは小さなヤモリ。肩に乗っている白くかわいいヤモリが、なんだか堂々と胸をそらしているように見えた。


「イザナミ、早く!」


 ヒナちゃんのするどい声が聞こえた。わたしたちがいるのはトンネルの中央。そのまえとうしろ。ヒナちゃんとハナちゃんが付喪神との戦いを始めていた。


ホムラ

ホタル


 続けざまに何回も、イザナミさんは火の神の名を呼んだ。まえとうしろ。めまぐるしくむける手のひら。炎の糸。小さな火の玉。次々に飛んでいく。


「ひとつそっちいった!」


 強烈なまわしげりをしながらヒナちゃんが言った。


 戦うヒナちゃんのわきを通ったのか、手足のはえた茶箪笥ちゃだんすがのっしのっしとこちらへ歩いてくる!


臥間フスマ!」


 言葉とともにイザナミさんが手のひらをよこにふった。せまる茶箪笥のまえに壁ができた。炎の壁だ!


 ふすま。日常生活のなかには、こんなにも神さまの名前がかくれているのか。いや、そうではない。むかし家に襖をなおしにきた建具屋さんが『襖は平安時代にできたんだよ』と教えてくれた。


 神さまの名が隠れているんじゃない。かまどとおなじだ。きっとむかしの人は、あたらしいものが生まれたときに神さまの名を付けた。


「こちらもじゃ!」


 ハナちゃんの声が聞こえた。うしろを見ればハナちゃんのよこを通過して何体かの付喪神たちがやってくる!


臥間フスマ!」


 イザナミさんの作る炎の壁がうしろにもできた。


「次のがきます!」


 するどく声を発したのは鈴子さんだ。見ればさきほどの歩く茶箪笥は炎の壁の上に倒れている。けど、それを踏みこえて次のがくる!


ホムラ!」


 イザナミさんが炎の糸をだした。それは炎の壁をこえてきた付喪神にからみつき、付喪神が燃えて倒れる。


「イザナミ、数が多すぎるって!」


 炎の壁のむこう、ヒナちゃんの声がした。


 言われたイザナミさんがくるりとふり返り、わたしではなく鈴子さんを見た。


「鈴子、アタシは奥儀おうぎをだす。これをやるとちからきてアタシは動けなくなる。それでも付喪神がやってくる場合は、おまえは鈴で自分自身を守れ」


 次にイザナミさんは、わたしを見た。わたしはなにもできず、ただ立ちつくしているだけだ。


「特訓の成果を見せるときだぞ、カヤノ」

「と、特訓?」

「走って逃げる!」

「そ、そんなみんなを置いて!」


 わたしが答えるまえにイザナミさんが動いた。わたしと鈴子さんがいる場所から五歩ほどさがる。そこからゆっくりと両手のひらをあわせた。ぶつぶつとなにかをつぶやいてもいる。


 まえの炎の壁を一体の付喪神がこえてきた。古くて大きな洋服箪笥ようふくだんすだ。


 うしろからも付喪神が炎の壁を乗りこえてくる。こちらは二体だ。


「イザナミさん!」


 茶色いスカートスーツ。茶色い上着が動いた。イザナミさんは手をひらき、腕を左右へとのばした。


 左右の付喪神たちへ手のひらをむけても、まだイザナミさんはなにかをとなえている。目はとじたままで、暑くもないのにひたいには汗が浮かんでいた。


「あれやるの? カヤノ、鈴子、あぶないからふせて!」


 遠くからヒナちゃんの声が聞こえた。あわててわたしと鈴子さんは腰を落として地面へしゃがんだ。


 イザナミさんが左右にのばした腕。その手のひらが上をむいた。


山茶花サザンカ


 イザナミさんが口にしたのは花の名前。


 すると空中にいくつもの花が出現した。炎の花だ。つぼみから花へ。小さく丸い火の玉たちが次々と炎の花びらをひろげていく。


 トンネルのいたるところに浮かぶ炎の花へ付喪神たちがふれる。または、かするだけで赤い炎は燃えうつった。付喪神たちが焼けくずれていく。


 どさりと音がした。まえを見るとイザナミさんだ。土の地面に大の字で倒れている。


「だ、だいじょうぶですか!」


 駆けよると、あおむけに倒れているイザナミさんは目をわたしにむけてきた。


「ヤシチは?」


 イザナミさんが口にしたのは白いヤモリだ。わたしは周囲を探そうとしたけど、そのまえにぴょんと白いヤモリは跳ねてイザナミさんのひたいに乗った。


「おお、アイスノンみたいでちょうどいいな。ひんやりする」


 冗談を言えるみたいだから、イザナミさんはだいじょうぶだ。


「イザナミ、まだくる!」

「こちらもじゃ!」


 遠くからヒナちゃんとハナちゃんの若い声が聞こえた。


「くそっ、これマジでヤバいな」


 倒れたままのイザナミさんからも、いままで聞いたことのないあせった声が聞こえてきた。

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