第23話 闇夜(やみよ)

 風の道。


 時刻は午前二時。


 山のなかの道は暗かった。


 そんな道へ、女子五人だ。


 それぞれが巫女服みこふくを着ていた。


 みんなの巫女服は、胴着どうぎはおなじ白色。だけどはかまの色はすべてちがう。ハナちゃんはピンク、ヒナちゃんは水色。そして鈴子さんは黒だ。


 わたしは赤い袴の巫女服を着ている。イザナミさんだけがいつもの茶色いスカートスーツだった。


「イザナミさんは巫女の服じゃないんですね」


 となりを歩くイザナミさんに聞いてみた。


「ふだんから仕事でスーツを着ているからな。この服で戦うことになれている」


 さらり『戦う』と言ったけど、それは犯人であり男の人だったりする。さすが『炎の女刑事イザナミ』だ。


 女刑事と巫女四人(見習い二人)で夜の山道を進む。


 先頭はヒナちゃんだ。わたしたちのさきを歩いていた。


 そしてふり返り後方を見た。わたしたちのうしろはピンクの巫女、ハナちゃんが守ってくれている。


 双子に前後を守られ、イザナミさん、わたし、鈴子さんの三人はならんで歩いた。


 それぞれの手に懐中電灯は持っているけど、外灯もなければ家もないので夜の山道は暗い。


 ときおりゆらゆらと風にゆれる木々や葉っぱが、黒っぽい影として道の左右をおおいつくしていた。


 それでも雲の切れ間から月の光は入るので、道がのびているのはわかる。ところがその道のさきに、ぽっかりと闇の穴があいていた。


「トンネルだな」


 となりを歩くイザナミさんが言った。


「まさか入りませんよね」

「入るというか通るだけだ」


 イザナミさんはなにも怖くないのか、さっさと足を進める。


「鈴子さん、だいじょぶ?」


 となりにいるもうひとりの巫女、鈴子さんへ聞いてみた。


 鈴子さんはすずしげな顔でうなずいた。


「ワタクシ、あなたをライバルしないと決めました」


 口調も冷静。さすが鈴子さん。


「ライバル視しませんので、つよがらず正直に申しあげます。ワタクシ、ちびりそうなほど怖いです!」


 きりっと目を見ひらいて鈴子さんが言う。そういうこと言っちゃうと、わたしもさらに怖くなる!


 そんなわたしたちの声が聞こえたのか、イザナミさんが足を止めふり返った。


「なに言ってんだ。こんな山のなかだぞ。でてきたとしても変質者ていど。殺されるほどではない。ましてや悪霊がでてきたとしても悪霊だぞ。悪霊に殺された人間なんて聞いたことないだろ。心配することなど、ひとつもないぞ」


 そう言われても、安心できるわけがない。


「あっ、そうか。殺されることはなくても、呪われることはあるか」


 心配、あるじゃん!


「変質者も、悪霊も、どっちもイヤです!」


 わたしのさけびは無視され、イザナミさんはすたすたと歩きだす。遅れないようにわたしと鈴子さんもさささと早足で追いかけた。


 暗闇の道から、さらにぽっかりとあいた穴。トンネルへと入る。


 入った瞬間に、空気感が変わった。音もなく、光もない。ただ暗闇があるだけだ。


 つたない懐中電灯の明かりで、下の地面をてらして歩く。


「よこに扉があるが、怖くなるから見ないほうがいいぞ」

「よこ?」


 イザナミさんの言葉に、懐中電灯でよこの壁を照らしてみた。


 そこにあったのは茶色くびた鉄の扉。


「アケルナ! アケルナ! アケルナ! アケルナ!」


 くぎで引っかいたようなカタカナの文字で『アケルナ』という言葉がびっしりと書かれてある。


「ぬぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 怖さに思わず変な声をだしてしまった!


「だれかのイタズラだ。だから見るなって言っただろう」


 見るなと言われたら見ちゃいますってイザナミさん!


「うん?」


 すこしまえを歩いていたイザナミさんが足を止めた。


「なにか、聞こえるな」


 いやもう、そういう冗談やめましょうよイザナミさん。


「イザナミ!」


 現代最強の巫女を呼んだのは、先頭の水色巫女。ヒナちゃんがふり返っていた。


「なにかくるよ!」

「ヒナ、壁によるぞ。そしてライトを消す」


 これでライトを消すなんて自殺行為に思えたけど、イザナミさんはうしろのハナちゃんにもおなじことを伝えた。


「さすが、カヤノと鈴子をつれてきただけあるな。わたしひとりのときは、なにもでなかったのに」


 イザナミさんの言葉で思いだした。わたしと鈴子さんが見た夜中に車ででかけていたイザナミさんだ。あれは、ここにきていた。うそでしょ、ここにひとりなんて!


「ふたりは、壁をうしろにして立て。そのまえにわたしが立つ」


 言われるがままに、わたしと鈴子さんは壁によった。トンネルの壁を照らすと、灰色のコンクリートだった。そこに緑色のコケやカビがはえている。


 背中をコンクリートの壁にくっつけないギリギリで立った。身を寄せあうように、となりには鈴子さんだ。


 わたしのすぐまえにイザナミさんが立った。そしてイザナミさんが手にしたライトを消す。


 わたしも消したくないけど、右手に持った懐中電灯を切った。


 鈴子さん、そして前方のヒナちゃんが持つ明かりも消える。最後にすこしうしろ、ハナちゃんの懐中電灯が消えると、真の暗闇となった。


 音もない、光もない。


「……ぉぉぉ」


 なにか聞こえた。遠くから男の人の声。


「……ぉぉぉぉぉぉおおおおおお!」


 がらがらがら! と車輪の音をとどろかせて走ってきたのは荷車にぐるまだ。時代劇で見るような、むかしの荷車。


「おおおおおおぉぉぉぉぉぉ……」


 荷車は去っていった。


 木でつくられた荷車が、だれも引いていないのに走っていた。それも青白い炎につつまれ、男の人がさけぶような声も聞こえた。


「おどろいたな。付喪神つくもがみか」


 まえに明かりがともった。イザナミさんの懐中電灯だ。


「つくもがみ?」


 わたしも自分の懐中電灯をつけた。トンネル内に五つの光がもどる。


「古いものに精霊がやどる現象だ。アタシが見たなかでは、女のクシにたましいがやどり髪がはえるクシとかな。かみがやどりかみがはえる。ちょっと笑えるだろ?」


 いえ、ぜんぜん笑えません。


「電車の音にまちがえられたのは、荷車にぐるま付喪神つくもがみだったか」


 イザナミさんはそう言うと、荷車が走っていった方向を見ながら腰に手をあてた。


「ふもとの住民が怖がらなければ、ほうっておくこともできるのだが。しずまっていただくしかないか」


 イザナミさんは『鎮まっていただく』と敬語をつかった。そうか、八百万やおよろずの神々はきらうものではなく、たたまつるもの。


「引き返してくるぞよ」


 荷車が走り去ったほうにいるハナちゃんが言った。


「ハナ、こっちへ。三人でならぶぞ。そのうしろにカヤノと鈴子」


 ハナちゃんが走ってきて、ヒナちゃんもきた。イザナミさんをまんなかにして、トンネルの道をふさぐように立つ。そこからすこし距離を取って、わたしと鈴子さんは待機した。


「……ぉぉぉぉぉぉ」


 聞こえてくる男の人みたいなさけび。がらがらと車輪の音。トンネルの入口に青白い炎が見えた。荷車がやってくる。付喪神!


ホタル


 右手をまえにさしだしたイザナミさんの言葉が聞こえた。すると小さな火の玉が手のひらから飛び立った。


 暗闇のトンネルを小さな火の玉が飛んでいく。


 遠く小さくなっていく火の玉だ。それがやってくる青白い炎の荷車にふれた。


 その瞬間だ。荷車は爆発したように跳ねあがりトンネルの天井にぶつかった!


 荷車は天井で跳ね返り地面へ落ちる。落ちた衝撃で車輪が飛んだ。


 こわれた荷車は赤い炎で燃えあがり、ぴくりとも動かなくなった。


「すごい……」


 鈴子さんが小さくつぶやいたのが聞こえた。わたしもそう思う。


 トンネルのなかには静けさがもどった。


 ずざり。なにか音がした。


 ずざり。うしろの地面だ。


 ふり返り地面をてらした。長い髪がはえたクシ。それが地をはってやってくる!


「わわわわわわわわ!」


 さけび声にならないわたしの声。それより早く風が通った。風じゃない。ヒナちゃんだ。


 おどろくような速さでヒナちゃんはブーツの足をふりかぶり、髪のはえたクシを蹴り飛ばした!


 長い髪をなびかせクシが飛んでいく。そのさらにさき。いくつもの青白い炎が見えた。


 青白い炎のむれ。だんだんと近づいてくる。距離がちぢまり先頭の姿が見えた。手足のはえた茶箪笥ちゃだんす。蛇のように足がうねる竹箒たけぼうき


 古いむかしの道具だ。いろいろなものが人のように歩いてくる!


「付喪神のむれだと。馬鹿な、これではまるで百鬼夜行ひゃっきやぎょうだ!」


 イザナミさんがおどろきの声をだした。それはつまり、イザナミさんも初めて見る怪異現象だということ。


「イザナミ、まえからもくるぞよ」


 ハナちゃんが言った。反対側からもくる。わたしたちは付喪神の行列にはさまれた。

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