第21話 鼓屋(つつみや)

「まったく、なにを勝手にやってるんだ!」


 そう言ってテーブルをたたいたのは、まえに座るイザナミさんだ。


 わたしと鈴子さんは、怒るイザナミさんの対面でしゅんとうなだれている。


 おぼえているのは、作曲家たちの肖像画が入っている額縁がくぶちのガラスが粉々こなごなになったところまで。


 気がつけば、わたしと鈴子さんはお店の床に倒れていた。


 警察や消防がきていて大騒動。お店の中はぐっちゃぐちゃ。


 ちなみに消防へ連絡したのは、駐車場で待機していたドライバーさんだ。そして消防から警察へ、こんな内容の連絡が入ったらしい。


「喫茶店で事故発生。店内には女子高生とコスプレ服の女性」


 そんな通報が警察にまわれば、もちろんイザナミさんは、わたしたちだと気づいた。


 さいわいにも、わたしたちは気を失っていただけで無事。さきに倒れていた女性店員さんも無事。店の奥の事務所には店長さんも倒れていたらしいけど、その人も気を失っていただけで、ケガ人などはでなかった。


「まったく。電気の故障だろうという事故の結論はでた。だけどな!」


 またイザナミさんがテーブルをこぶしでたたいた。


「イザナミ、うるさすぎ。ほかのお客さんに迷惑」


 注意の声はイザナミさんの左どなり。水色髪のヒナちゃんだ。


「しょうがないだろ、予約してたんだから!」


 今度はイザナミさん、声を押し殺して言った。


 そう、ここは店内だった。『鼓屋つつみや』という地元の回転寿司屋さん。


「それに、イザナミ。カヤノの話は聞いたよね。ウチらに喫茶ニルヴァーナの呪いが見えなかったのも原因」


 思わず涙がでそうになった。あのヒナちゃんが、わたしたちをかばってくれている。


「ちょっとハナ。あんたも話に参加して」


 双子はイザナミさんをはさんで座っていた。呼ばれたハナちゃんがいるのはイザナミさんの右がわだ。でもお寿司がまわるレーンに近い席で、ハナちゃんはレーンのはしに両手をかけてかぶりつくように見つめている。こちらからはピンク髪のうしろ姿しか見えない。


 そんなハナちゃんを見て、ヒナちゃんはため息をついた。


「だめだこりゃ。イザナミ」

「まあ、食べながら話すか」


 イザナミさんは、お寿司のレーンのなかにいる中年の男性にむけて五本の指をひらいた。


「大将、味噌汁を!」

「あいよ!」


 この店の店長さんなのか、男の人は奥の厨房ちゅうぼうへ顔をむけた。


「三番テーブルに汁、いつつ!」


 奥の厨房から返事をしたような声がかすかに聞こえた。


「ここの味噌汁は最高だぞ」


 イザナミさんはそう言うけど、ここは回転寿司。テーブルのはしに置かれた手書きのメニューをちらりと見たけど、お味噌汁はたったの百円だった。


「食事をする気分ではありません」


 ぼそりと、わたしのとなりにいる鈴子さんが口をひらいた。


「なんだ鈴子、今日の失敗がこたえたか。勝手に動いたことは失敗だが、おまえたちの気持ちはわからんでもない。喫茶ニルヴァーナと時空回廊。ふたつの呪いに気づいたんだからな」

「いえ、その話ではなく、このまちでおきていることすべてです」


 鈴子さんの言葉に、イザナミさんとヒナちゃん、そしてお寿司のレーンをかじりつくように見ていたハナちゃんもふり返った。


「す、鈴子さん……」


 止めようとしたけど、鈴子さんは首をよこにふった。


「カヤノさん、もうこうなったら本人に直接聞いてみるのが早いと思います」


 いどむような目で、鈴子さんはイザナミさんを見た。


「ワタクシも、カヤノさんも、知っているのです。原因不明で人々が倒れていること。そしてカヤノさんを襲った犯人が、ここ児島の者であること」


 言っちゃった。


 これ、どうなるんだろう。頭のなかに、わたしと鈴子さんがロープでぐるぐる巻きにされて海に沈められる絵が浮かんだ。


「知ってたのか」


 イザナミさんがため息をつき、腕をくんだ。


「ここ最近、ずっとそれを調査している。だがこれといって解決の糸口も見えなくてな」


 ……あれ? イザナミさんの言葉は、思っていた感じとちがう。


「鈴子の言うとおり、ここ児島で怪異現象かいいげんしょうが起きている。ハナとヒナにも調査を手伝わせているが、まだ原因はつかめていない。そういう意味では、今日のおまえらの動きは正しい。くそっ、アタシが呪いを見すごすとはな」


 イザナミさんの言葉を聞き、思わずとなりの鈴子さんを見た。鈴子さんもわたしを見ている。きっと思っていることはおなじ。『あれ、わたしたち、勘ちがいしてたかも』と。


「おまたせしました」


 女性の店員さんが、トレーにお味噌汁を乗せてやってきた。フタのついたおわんが、それぞれのまえに置かれる。


 お椀のフタを取ってみた。


「えっ、なにこれ!」

「なにってカヤノ、味噌汁だ」

「いや、それはわかります。すっごい香りがいい!」


 湯気とともにあがってくる香りが、すごくおいしそうだった。お味噌の香りはもちろんするけど、もっと深い香りがした。


「ダシじゃ」


 そう言ったのはピンク髪の中学生、ハナちゃんだ。


「瀬戸内海で取れるコンブ、煮干にぼし。スーパーで買うダシとはちがうのじゃ」


 ハナちゃんはそう言うと、両手でお椀を持ち、おいしそうに熱いお味噌汁をすすった。


「おじょうちゃん、よく知ってるねぇ」


 気づけば、ここの店長さんがお寿司のレーンのすぐむこうにいた。


うみさちっていやぁ、みんな北海道やら東北やらと、北のほうばかりに思っちまう。瀬戸内海も負けずおとらずなんだがなぁ」

「そ、そうなんですか!」


 わたしも海の幸といえば北海道だと思っていた。


「ご主人」

「はいよ、ピンクのおじょうちゃん!」

「地元のたいはありますかの」

「もちろんあるぜい。生のにぎりと、あぶりのにぎり」

「あぶりをひとつ」

「はいよ。鯛のあぶり一丁!」


 ふたりの会話をぽかんとながめてしまった。鯛って瀬戸内海で取れるんだ!


「これは京都の料亭にもまさる味」


 気づけばとなりの鈴子さんもお味噌汁を飲んでいた。鈴子さんさっきまで『食事をする気分ではない』って言ってたのに。わたしも飲まなきゃ!


「イザナミさま」

「なんだ鈴子」

「少々、誤解しておりました。ワタクシとカヤノさん、ふたりを引き入れたのには、なにか裏があると」

「んぎゃあ!」


 さけんだのは水色髪のヒナちゃんだ。それもそのはず、イザナミさんがお味噌汁の入ったお椀を落とした!


「おい、三番テーブルにタオルだ!」


 わたしたちのテーブルを見た店長さんが、奥の厨房にむけて声をだした。


 タオルをもらって味噌汁の海となったテーブルをふく。わたし、鈴子さん、ハナちゃんヒナちゃん、子供四人がテーブルをふいているのに、おとなのイザナミさんはおどろきの顔でかたまったままだ。


「な、なぜ、それを知っている……」


 イザナミさんがつぶやいた。えっ、やっぱり、わたしと鈴子さんをつれてきたのには、なにか裏があるんですか!

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