第19話 臨時休業(りんじきゅうぎょう)

「なかなか、でかける好機こうきがございませんでしたね」


 タクシーの後部座席、となりに座る鈴子さんが言った。


 そう、せっかく鈴子さんと夜ふけに話したのに、あれから数日。でかけるチャンスがなかった。


 イザナミさんが仕事にいっているあいだは、ハナちゃんとヒナちゃんがわたしの修行につきあってくれる。


「あのふたりにも、こっそり言ったほうが早かったかも」

「カヤノさん。あの双子は、あのかたに巫女として育てられたようなもの。いわばあの三人は家族」


 たしかに、おさないころ児島で修行したと言っていた。


 今日はたまたまイザナミさんも仕事、そして双子のふたりもでかけていた。


 ここがチャンスとばかりに、すぐに鈴子さんはタクシーを呼んだ。いまからふたりで喫茶ニルヴァーナへとむかう。


「カヤノさん、こちらの高校への編入手続きなどは?」


 ふいにとなりの鈴子さんが話題を変えた。


「してません」


 どれぐらいの期間、ここ児島にいるのか決めてなかった。決めないまま、すでに二週間ほどがたつ。


「しばらくは休んでも平気かなと思ってますが、鈴子さんは?」

「ワタクシは昨年、大検だいけんに受かりまして。もう高校にかよう必要はないと思い、退学しましたの」


 えっ。


『大検』って『大学検定』のことだ。高校を卒業してなくとも大学を受験する資格がもらえるって。


 しかも『昨年』と言った。高校一年生で『大検』に受かったことになる。


「ほ、ほんとに鈴子さんって、すごいですね」

「ふつうですよ」


 ぜんぜん、ふつうじゃない。今日も服は黒ずくめのゴスロリドレス。でも髪は黒のストレート。


 さらに今日は、長い髪の左右に小さな鈴のついた髪留かみどめをしていた。ひとふさずつ髪をまとめた鈴子さんは、まちがいなく『かぐや姫』感がアップ。


 洋風と和風がごちゃまぜになった美人、そんな鈴子さんを見つめていると、わたしたちを乗せたタクシーは住宅街へと入っていった。


 海ぞいの神社とはちがい、児島駅に近い住宅街だ。くねくねとタクシーは進んでいく。道路は一車線しかなくてせまい。


「このへん、せまいですよね」

「ワタクシの住む京都もそうですが、むかしからある住宅街というのは道がせまいのです。むかしの人は徒歩とほが基本ですから」


 なるほど。すごくせまい住宅街は、それこそ江戸時代からある街。いや村なのか。


「でも鈴子さん、道がせまいと馬車とかは?」

「馬を持っているのは、武家ぶけ商家しょうかなどごく一部。むかしの人々が荷物をはこぶときは荷車にぐるまですから」


 荷車。時代劇で見たことある気がする。リアカーのようなやつだ。


 もの知りな鈴子さんに感心していると、タクシーは『喫茶ニルヴァーナ』のまえに到着した。


「あれっ?」


 さきにタクシーをおりたわたしは、首をかしげた。


『喫茶ニルヴァーアナ』は自宅を改装した小さな喫茶店だ。なので入口も家の玄関のようなドアをつかっている。


 そのドアに『臨時休業』という張り紙がしてあった。


「時すでに遅し、ですか!」


 タクシーの反対側から鈴子さんもおりてきた。


「運転手さま、少々このまま待機を」


 鈴子さんはタクシーのドライバーにそうげると、あたりをキョロキョロと見まわした。


「そこのご婦人さま!」


 鈴子さんが見つけたのは、近くの道路をいていたおばさんだ。


「ここの喫茶店、なにかありましたか?」


 聞かれたおばさんは、からだがうしろにのけぞっている。おそらくそれは駆けよってきた鈴子さんが黒いゴスロリ女子だったからだ。


 ちなみにわたしは関東の制服。わたしの数枚しかない私服は洗濯中だった。


 このあたりの高校ではない制服を着たわたしと、ゴスロリの鈴子さん。


「あんたら、観光客?」


 わたしたちふたりを見て、おばさんがそう口にだしたのはもっともな感想かもしれない。


「こまるのよね。こういうところに観光客がくると。道もせまいでしょ。うちの主人が車をだすとき車をかわすのに大変なのよ」


 言われた鈴子さん、口に手をそえて『ほほほ』と笑った。


「ご婦人さま、おかしなことをおっしゃいます。車をかわすのが大変なのは、観光客もここの住人さまもおなじ。それはどちらのせいでもなく道路のせいでしょうに」


 なるほどわかった。鈴子さんがああいう態度たいどを取るときは、相手を敵と思ったときだ。わたしと最初に会ったときも、あんな感じだった。


「それとも、ここ児島には京都とおなじく『一見いちげんさんおことわり』の文化でもございまして?」


 うわぁ、鈴子さんが嫌味いやみを言った。でもそれどっちについての嫌味いやみなんだろう。


「きょ、今日は、ここお休みですか。午前は休みで、午後からあくとか!」


 鈴子さんにまかせていると、なんだか喧嘩けんかになりそうなのでわたしも駆けよった。


「こ、児島っていいところですよね。このお店も、めちゃくちゃおいしいって評判だとか」


 なんとかおばさんの機嫌きげんをなおしてもらおうと思って言ってみたけど、おばさんは、おどろくことを言った。


「おいしいかどうかは知らないね」


 なんと。わかった。この人は、このお店で食べたことがない人だ。近所でそれは、すっごくもったいない!


「とにかく、しばらく休みだよ。奥さんが急に倒れたってね」


 それを聞いて、思わず鈴子さんと目があった。やっぱり遅かった。もっと早くにきていれば。


「カヤノさん、場所を変えましょう」


 気づけば鈴子さんがわたしを見ていた。たしかに、このおばさんのまえで話すことではない。


 タクシーを待たせておいた鈴子さんはかしこい。わたしと鈴子さんが歩きだしたときだった。


「しばらくどころか、ずっとお休みかもしれないね」


 それは小さい声だけど、はきすてるような声だった。鈴子さんは聞こえなかったようで、さっさとタクシーへ乗りこもうとしている。


 わたしは立ち止まった。そしておばさんへとふり返った。


「あっ、あの……」

「なんだい。まだなにか用かい」

「その、言葉ことば言霊ことだまだと、最近になって教わりました。わたしも人のことは言えませんが気をつけられたほうがいいかと……」


 ちょっと勇気をだして言ってみたけど『はぁ?』という顔をされただけだった。


「し、失礼します」


 すこし頭をさげて、わたしは走ってタクシーに乗りこんだ。


 すぐに運転手さんがドアをしめてくれたので、ほっとして、ため息がでた。

 

「カヤノさん、あのおろかでうすぎたないクソババアがなにか?」

「んもう、鈴子さんまで。言葉ことば言霊ことだまですっ!」


 特にきたない言葉は、きれいな鈴子さんには合わない。やっぱり鈴子さんは、クラシックを聞きながら優雅ゆうがに紅茶を飲んだりするほうがにあう。


「ああっ!」


 思いだした!


「カヤノさん?」

「鈴子さん、時空回廊です。暗すぎて店員さんの顔が見えないと思ってたけど、あれは『よどみ』だったのかも!」


 となりに座る鈴子さんが、まえに身を乗りだした。


「運転手さま、喫茶『時空回廊』へ。料金倍でご迅速じんそくのぞまれますよう!」


 鈴子さんの『料金倍』がきいたのか、運転手さんは神業かみわざのような速さでシフトレバーを入れてアクセルを踏みこんだ。


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