第18話 正誤(せいご)

 鈴子さんと母屋おもやへもどる。


 わたしも鈴子さんも、足音をさせないように廊下ろうかを歩いた。


 ハナちゃんヒナちゃんの部屋のまえも静かに通る。


 ヒナちゃんの部屋の障子しょうじからは、まだ光がもれていた。かすかにヘッドホンからの音も聞こえる。


「ワタクシの部屋へ」


 鈴子さんにそう言われて、ふたりで鈴子さんの部屋へと入った。


 初めて入る鈴子さんの部屋。これまでわたしは昼間の修行、鈴子さんは夜の修行だ。会うこともまれだし、部屋をおとずれたこともなかった。


 入った鈴子さんの部屋は、豆電球もついてない。まっ暗だ。


「いま電気をつけますので」


 鈴子さんの声が聞こえた。あれだ、わたしの部屋とおなじ。古い家なので天井からつるされた古いタイプの電灯がある。けるための引っぱるヒモが、暗闇だと見つけづらい。


 それにしても、引っぱるヒモを探すだけなのに鈴子さんは時間がかかっている。


「リモコン、ありました」


 リモコン。なんの話だろう。


 ぱっと暗い部屋に明かりがともった。


「なにこれ、いつのまに!」


 六畳ほどの和室は、お姫さまみたいな部屋になっていた。


 畳の床には白いカーペット。壁には白いレースのカーテンがかかっている。


 ベッド、タンス、机、それぞれも白く、そしてアンティーク調だ。


「鈴子さん、これ全部買ったの?」

「はい。きた日の夜に。ネット注文で」


 さ、さすが投資家。お金持ちでいらっしゃる。


 小さなシャンデリアみたいな電灯の下、六畳のせまい部屋だからか、小さな低いテーブルとクッションが置かれてあった。


「座ってください」


 鈴子さんはそう言うと、自身は白いデスクチェアへむかった。その上にはノートパソコン、そして左右には別モニターがひとつずつ増設されていた。


 鈴子さんがノートパソコンの電源を入れ、三つのモニター画面が点灯する。しばらくなにかを検索していると、ふいに手を止めた。


「やはり」


 鈴子さんはそうつぶやくと、三つの画面になにかそれぞれニュース記事をだした。


「さきほどお聞きしたお話。カヤノさんが遭遇そうぐうした暴行犯は、ここ児島の出身らしいです」

「えっ!」


 わたしがおどろくまえに、そのニュース記事なのか右のモニターを鈴子さんは指さした。


 あの犯人は、ここ児島の人。だから児島の刑事であるイザナミさんが渋谷にいたのか。


「そして関係があるのか、ないのか。それはわかりませんが、ここ数ヶ月に児島で原因不明の救急搬送きゅうきゅうはんそうがなんどもおきています」


 右をさしていた鈴子さんが、左手で左のモニターへも指をさした。


「この救急搬送は、車の事故などではないようです。道ばたで意識不明になり倒れる人が続出しているとか」


 両方のモニターを指さしていた鈴子さんが、デスクチェアを回転させた


「なにか、このまちでよくないことがおきている。そう思いませんか?」


 鈴子さんが、わたしを見つめてきた。同意を求める目だ。


「そ、それならイザナミさんに相談したほうが」

「カヤノさん、ワタクシは今日、確信いたしました。あのかたには相談をしないほうがよいかと」


 鈴子さんが『確信した』というのは、わたしの話を聞いたからだろうか。暴行犯は児島の人だった。それをイザナミさんは追っていた。


「でも助けてもらったんですよ。刑事さんですよ!」

「はい。夜ふけにでかける、あやしげな刑事です」

「け、刑事さんですから。なにか事件が起きたとか」

「いいえ。裏サイトで調べましたが、いま現在までここ児島でパトカーや救急車の出動はありません」


 鈴子さんが説明してくれた。まんなかのモニターにだしているのが、そのサイトらしい。全国の緊急出動に関する情報をリアルタイムでまとめているサイトだとか。


 どうなんだろう。鈴子さんが『考えすぎ』のような気もするけど、強く反論できない。


 警察の人だから信用できると思っていたけど、考えてみるとイザナミさんがわたしを家からつれだすときには『逃亡中の犯人からわたしを守るため』と、簡単にウソをついた。


「ワタクシは、なにか理由をつけて近日中に帰ろうと思います」

「そんな鈴子さん!」

「カヤノさんも、ワタクシとタイミングを合わせて帰ることにすれば」


 そう言われても、急なことで迷う。けど、これまで鈴子さんとは特別に仲がよかったわけでもない。それなのに鈴子さんは、わたしも危険だとわざわざ教えてくれている。


「む、むずかしい」


 わたしの頭では考えが追いつかない。


「カヤノさん、正誤せいごの判断は、おまかせします」

「せいご?」

「はい。なにが正しくて、なにがあやまっているかです。ですが、不気味な状況だと思いませんか」


 不気味な状況。たしかに鈴子さんの言うとおりだった。この町で何人なんにんもが意識不明で倒れているなんて。


「あっ!」

「カヤノさん、なにか?」

「喫茶ニルヴァーナです!」


 首をひねる鈴子さんに説明した。あそこのおばあちゃんの右肩に、なにか空気の『よどみ』みたいなものを感じたこと。


 わたしの話を聞いて、鈴子さんは長い黒髪を耳にかけて考えこんだ。小さな鈴のついた髪留かみどめが小さくチリンと鳴るのが聞こえた。


「精霊なら、わたくしにも見えたはず。カヤノさんが見たのは呪いのたぐいでしょう」

「呪い、ですか」

「はい。われわれ巫女がつかうのはおもに『言霊ことだま』ですが、ほかの流派では呪符じゅふなどをつかう者もいるそうです」


 わたしが見たのは呪い。でもなんで、あのおばあちゃんに呪いが。


「カヤノさんは、精霊だけでなく、呪いまで見えるのですね。すばらしい素質です」


 するどい目で鈴子さんが見つめてきた。


「い、いえ、見まちがいかもしれませんし!」


 わたしが手をふって否定するまえに、鈴子さんがズズン!ときれいな顔を近づけてきた。


「ワタクシに呪いなどついておりませんでしょうか。ふたりの姉なら、ワタクシにむけて呪いのひとつやふたつやってそうです」

「そ、そんなに姉妹の仲が悪いんですか!」

「姉のふたりは、おさないころから精霊がつかえましたが、学校の成績は。その点、さほど勉強せずとも満点を取るワタクシを嫉妬しっとしておりました」


 勉強しなくても点取れちゃう。それは見るからにかしこそうな鈴子さんらしい。


「しかし、そうなると……」


 ふいに鈴子さんが話題を変えた。


「いってみましょうか」

「鈴子さん、いくってどこへ?」

「喫茶ニルヴァーナです。呪いが本当なら、なにかしませんと」

「そ、そうですよね。あのおばあちゃんが心配ですよね」

「いえ、あの『黒い悪魔』が食べられなくなるとこまります」


 なるほど。鈴子さんって、クールに見えてハナちゃんみたいな食い意地もある。でもたしかに、おばあちゃんと黒い悪魔、どっちも心配!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る