第17話 好敵手(ライバル)
数日にわたり、修行の日々はつづいた。
修行の基本は神社の
『身を清める』というのが重要だそうで、そのためには掃除がもっとも効果的。
イザナミさんの仕事が休みのときには、神社や神さまについても教わった。
たまに海を見ながら庭の縁台で座禅もした(これ大好き)
さらに神社の石段をランニング(これ大きらい)
気づけば、ここにきて一週間がたっていた。けど、いっこうに力はつかえない。自分のなかで変化するようなものも、まったく感じなかった。
一日のすべてを終えたわたしは、わたしのために用意された部屋で
神社の敷地内にある
わたし、鈴子さん、ハナちゃんヒナちゃん、四人にはそれぞれ部屋があてがわれた。
部屋といっても
短期間の旅行と思っていたので、持ってきた荷物もすくない。増えた荷物は巫女の服が三着ほど。それはシワにならないようハンガーにかけ、
あとは、こちらの服屋で買ったパジャマぐらい。町の小さな服屋にあった女性用パジャマは、パンダがあちこちに書かれたものか、キリンがあちこちに書かれたパジャマ。
今日のわたしはパンダのパジャマだ。キリンのパジャマは洗濯中。
布団に入り、和室の天井を見た。
豆電球の弱い光にてらされた天井は、木の
「ほんとうに、力がつかえるようになりたいのか?」
修行三日目だったか、イザナミさんに聞かれたことを思いだす。
「も、もちろんです!」
そのときすぐに答えた。ほんきで思っている。理由は簡単で、わたしは精霊を引きよせやすい体質らしい。なのに、わたしは助けられてばかりだ。初日ではイザナミさん、二日目はハナちゃんヒナちゃんのふたりに助けられた。
わたしと同時に修行を始めた鈴子さんは、もうつかえるようになっただろうか。
鈴子さんは夜に修行をする。月の力をつかえるようになるための修行だから、夜に修行をするのは当然だ。
昼に修行をするわたしと、夜に修行をする鈴子さん。行動の時間が逆になる。喫茶ニルヴァーナでいっしょに食事をしてからというもの、鈴子さんの姿をまったく見ていない。
……気になる。あれからもう一週間だ。
布団からでて、わたしは部屋をぬけだした。
「ヒナちゃん、起きてる?」
声をかけてみた。ここはヒナちゃんの部屋だ。
呼んでみたけど返事がない。そっとあけてみると、水色のショートカット、そのうしろ姿が見えた。
ヒナちゃんの部屋には学習机があった。そこでヒナちゃんはヘッドホンをかけてパソコンにむかっている。
かちゃかちゃとコントローラーをつかっているので、なにかのゲームをしているようだ。
プリッツをくわえながらヘッドホンをしてゲームに熱中している姿は、中学生らしい姿だった。あの神々を蹴り倒す姿からは想像できないかわいらしさ。
そっと障子をとじて、わたしはヒナちゃんの部屋をあとにした。
となりはハナちゃんの部屋だ。なにをしているだろうかと考えるまえにわかった。
……ハナちゃん、障子をあけっぱなしで寝ている。
「タコツボ?」
わたしは思わず声がでた。壁にクリスマスツリーのような小さな電球の
小さな電球がからみついているのは、太い
ハナちゃん、きっと
わたしはとりあえず、あけっぱなしの障子をしめた。
ほかに起きている人の気配はなかった。鈴子さんはきっと神社の本殿だ。
母屋の玄関にいき、はだしのままスニーカーをはく。玄関の引き戸をゆっくりと音がしないようにあけた。
外は暗かった。母屋があるのは神社の裏だ。土の地面を踏みしめて、神社のおもてへ。
うす暗い闇のなかに大きな影となって見えるのは、大きな屋根のついた建物。この神社の
近づけば明かりが見えるだろうと思ったけど、拝殿のなかも暗い。
拝殿のおもてにまわった。鈴子さん、いないのだろうか。
「なにか?」
急に声がしてびっくりした。お
よく見ると、鈴子さんがいる。扉のまえにある木板の廊下に座っていた。正座をして、背筋をのばし、目はとじられている。
わたしが気づかなかったのは、鈴子さんが黒い巫女服を着ていたからだ。おまけに鈴子さんは髪も長くてまっ黒。暗闇と同化していて気づかなかった。
「鈴子さん、そこでなにを?」
「月に祈りを
ふり返ってみると、神社から見える海の上には、きれいな満月が浮かんでいた。
満月の光は夜の海をてらし、海の表面がきらきらと
「わたしがくるの、わかりました?」
「もちろんです。気配でわかりました」
目をとじて正座したままの鈴子さんが答えた。
わたしは邪魔をしないよう、鈴子さんからすこし距離を取って、
「さすが京都の神社の娘さんですね。なんだか
ほめたのに、鈴子さんは目をとじまま
「カヤノさん」
「はい」
「ワタクシとあなたは、おなじ日に修行を始めた身」
「はい」
「
言われている意味がわからなかった。競いあうとは、わたしと鈴子さんが? ライバルみたいに?
「いえいえいえいえ!」
思わず顔のまえで激しく手をふった。
「わたし、ただの女子高生ですから!」
わたしがそう言うと、なぜか鈴子さん、ため息をついた。
「調子がくるいますね」
「く、くるいますか?」
「なんだか、あなたをライバル視しているワタクシが、ひとり
鈴子さんは正座をしている足をくずした。
わたしは鈴子さんをライバル視したことなどなかった。ほんの数日まえまで、なにも知らなかったのが自分だ。鈴子さんやハナちゃんやヒナちゃんとは大きくちがう。
「わたしはただ、ほんとにうれしいです!」
「うれしい?」
「はい。
「異形のもの?」
鈴子さんがすこし首をかしげてわたしのほうをむいている。
「あっ、わたしが勝手にそう呼んでいたので」
簡単に説明した。小さいころ、心療内科にかよわされたこと。それで、わたしだけが見えると思いこんでいたこと。
「異形のものが見えるわたしは、異形の人だと思ってました」
わたしがそう言うと、鈴子さんは足をまえになげだし、うしろに手をついて月を見あげた。
長い黒髪の鈴子さんが月を見あげると、ほんとに『かぐや姫』みたいに見えた。そして現代のかぐや姫は、なぜかすこし笑っていた。
「おもしろいものですね。シチュエーションが変われば、こうも考えが変わりますか」
言われている意味がわからず、すこし首をかしげて鈴子さんを見つめた。
「異形の人。カヤノさんは自分だけが見えると思ったわけですが、ワタクシのまわりはすべて見える人ばかり。そして姉妹のなかでは、ゆいいつ力のつかえないワタクシのほうが異形」
そうか、神社の家である鈴子さんの家庭では、見えることや力をつかえること、そっちのほうが『ふつう』になるわけだ。
「月の力、つかえるようになりました?」
わたしが聞くと鈴子さんは力なくきれいな顔をふった。
「姉たちからは、どうせ無駄だから帰ってこいとメッセージを受けております」
それはひどい。
「鈴子さんなら、ぜったいつかえると思うのになぁ」
「なぜです?」
「なぜって、かぐや姫みたいな鈴子さんですよ、月の力、ぜったいにつかえます!」
「ぜったい、ですか?」
「ぜったいです!」
もうだってオーラがすごい。巫女というより魔女みたいだけど。
「カヤノさんも、すばらしい素質があると聞いておりますが」
そう言ってくれたのは、きっとイザナミさんだ。
「渋谷でイザナミさんに助けてもらって、ほんとによかったです。こうして鈴子さんとも会えましたし」
「渋谷、助けられた?」
「はい、強盗犯、じゃなかった。暴行犯から」
わたしがイザナミさんと出会ったときのことは聞いてなかったようで、簡単にあの日のことを説明した。
「イザナミさん、なんて言ってたか。そう『
同意してくれると思って言ったのに、鈴子さんは眉をひそめた。
「あまり、信用せぬほうがよいかと」
「ど、どういう意味です?」
鈴子さんは立ちあがると、木の階段をおりた。地面に置いていたツッカケをはくと、ツッカケのよこに置いていた懐中電灯を手に取った。
「この神社、すべてを見られましたか?」
「だいたいは」
「こちらへ」
懐中電灯をてらしながら、暗い神社の庭へと鈴子さんが歩きだした。どこにいくんだろう。あとをついていく。
庭にいくのかと思ったら、庭を通りすぎる。さらに木と木のあいだへと足を進めた。
「草がしげってますので注意してください」
それだと草についている水滴でパジャマが濡れそうだった。ツッカケだけの鈴子さんは平気なのか、ひざぐらいの雑草をものともせず進んでいく。
暗い夜の神社のはずれ。あったのは小さな丘だ。なにをするための場所だろう。小さな丘の頂上にむけて、階段らしきものまであった。
「鈴子さん、なんかちょっと怖いんですけど」
子供のころから異形のものを見てきたわたしだ。子供みたいにオバケとかは怖くない。それでも暗闇のなかで意味不明な丘をあがるというのは、ちょっぴり恐怖を感じた。
「だいじょうぶです。まいりましょう」
鈴子さんは黒巫女のすそを持ちあげ、石の階段をあがっていく。わたしもついていくしかなかった。
わたしと鈴子さんが、ひたひたと石の階段をあがる音だけが聞こえた。今夜は風がなく、まったく無音なのも怖い。
石の階段は十段ほどですぐに終わった。小高い丘の頂上だ。
「これです」
鈴子さんが暗闇に懐中電灯の光をあてた。
「ぬぇぇぇぇ」
怖くて思わず声がでた。頂上のあったのは、石のお地蔵さんだ。それも顔の上半分がない。お地蔵さんのちょうど鼻あたりから上は、なにかで切られたようになくなっている。
「顔の切られたお地蔵さん。いわくありげでございましょう」
鈴子さんの言うとおりで、これは気味が悪い。
「ワタクシが『これはなんです?』と聞いてみましたが答えてはくれませんでした」
鈴子さんがふり返った。
「カヤノさん」
「はい」
「巫女は神さまのおつかいですよね」
「はい」
「しかし女性が神への
「鈴子さん、いったいなんの話か……」
「
鈴子さんの言いたいことがわかった。
「わたしたちが生け贄ですか!」
わたしの声が大きかったのか、鈴子さんは周囲に懐中電灯をむけた。でも物音のひとつもしない。だれもいないのはあきらかだった。
「鈴子さん、ちょっと冗談はやめてください!」
「これが冗談を言っている顔に見えますか!」
鈴子さんは手にした懐中電灯を自分へとむけた。真剣な顔だけど、下からてらされた『かぐや姫』みたいな美人は怖い!
「まあ、考えすぎかもしれませんが、ワタクシは人をあまり信用しませんので」
鈴子さんが懐中電灯をさげた。
「帰りましょうか」
鈴子さんの言葉に、わたしもうなずく。
さきを歩く鈴子さんのあとへついて石段をおりた。どうなんだろう。さすがに鈴子さんの考えすぎだと思う。
「だれかきます!」
小さな声で鈴子さんが言った。わたしたちはちょうど丘をおりて木のあいだを通ろうとしたときだ。
鈴子さんは懐中電灯をすばやく消して、ひざほどある雑草のしげみにしゃがんだ。わたしもつられてしゃがむ。
遠くの暗闇で、わたしたちのものではない懐中電灯の光があった。
その光は歩いているのかゆれていた。やがて光が消えるとドアのあく音がして、車のライトとエンジンがついた。
「この神社で車を運転するのは、あのおかただけです」
鈴子さんが言う「あのおかた」とは、イザナミさんにほかならない。
車は走りだし、夜の闇へと消えていった。
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