第15話 澱(よどみ)
「もう終わっちゃう……」
なさけない声をだしながら、わたしはチョコレートパフェの底を長いスプーンでつついた。
最後の第六層。そこにあったのは、おなじみのコーンフレークだった。
通常、チョコレートパフェの下にあるコーンフレークは、底あげされたような残念感がある。でも喫茶ニルヴァーナのチョコパフェはちがった。ほんのすこし、最後にコーンフレーク。
しかもコーンフレークには魔法の液がかかっている。それまでにあったチョコソース、バニラアイス、チョコアイス、生クリームと、すべてがすこしずつまざりあったコーンフレークだ。残念なんかじゃない。もっとほしい。
「ふたりとも気をつけろよ。アタシはこれで高校時代、五キロ太った」
イザナミさんが注意する意味もわかる。すごい高カロリーだ。しかもさきほどメニューをちらっと見たけど、この大満足のチョコレートパフェが六五〇円。東京ではありえないほど安い。
となりの鈴子さんは食べ終えたのか、口もとを紙ナプキンでぬぐった。そしてなぜか片手をあげた。
「すみません、コーヒーとシフォンケーキを追加で」
鈴子さん、話を聞いてましたか!
しかも鈴子さん、ちゃっかりこの店に手作りのシフォンケーキがあることまでチェック済み!
わたしはさすがにシフォンケーキまでは入らない。
「ホットのレモンティー、たのんでいいですか?」
わたしも追加をたのんでいいかイザナミさんに聞いてみる。
「もちろん」
イザナミさんは当然とばかりにうなずいてくれた。
いつもは冷たいレモンティーだけど、チョコパフェを食べたあとでは温かいほうを飲みたい。
「ご
……言ったのはハナちゃんだ。もうハナちゃんは渋すぎ。
イザナミさんもコーヒーのおかわりをたのみ、みんなでお茶タイムとなった。鈴子さんだけシフォンケーキを食べてるけど。
「さて、四人そろったわけだが」
おかわりのコーヒーがきて、それをすすりながらイザナミさんが口をひらいた。
「それぞれの説明は不要のようだな。ここへくるまでに自己紹介はすんだか」
わたしはうなずこうとしたけど、ふわっふわのシフォンケーキを食べながら鈴子さんがそっと手をあげた。
「なんだ鈴子」
口もとを紙ナプキンで上品にふき、鈴子さんがたずねたのは意外なことだった。
「このハナさん、ヒナさんの巫女衣装、神社本庁の許可はでているのでしょうか」
言われて、かわいい双子の服を見た。
ハナちゃんはピンクの巫女。手をつかうので上のそでは短い。逆に水色の巫女、ヒナちゃんは足をつかうので下の
「そうだな、違反であることにまちがいはない。だが地元では大人気のふたりだからな。
そうですかと、かるくうなずいた鈴子さんだ。けれどわたしは、悪い予感しかしない。黒いゴスロリファッションが大好きな鈴子さんだ。ねらっているのは黒い巫女服にちがいない。
「カヤノ、おまえぐらいは普通の巫女衣装を着てくれ」
「は、はい」
イザナミさんも予想したことはおなじらしい。
「時代は変わりますねぇ」
こちらの話が耳に入ったのか、カウンターのむこうにいるおばあさんが笑っていた。
「あれ?」
「どうした、カヤノ」
なんだろう。おばあさんの右肩の上。なにかがいる気がする。
「その、あれです。イザナミさん」
渋谷ではイザナミさんが男性を見て『
ほかの三人も、なんのことかわからないといった顔をしている。
気のせいだろうか。この四人はきっとわたしより精霊がよく見える人たちだ。
もういちど、おばあちゃんの右肩を見た。影というより、なにか空気がよどんでいる感じだ。でも見つめていると、そのゆがみはうすくなって消えた。
「あの、なにか?」
おばあちゃんがわたしを見ていたので、あわててちがう話題を考えた。
「その、いい香りがするなと思って!」
「ああ、明日のビーフカレーをおじいさんが煮込んでましてね」
ビーフカレー! ここのビーフカレーなら、きっとびっくりするぐらいおいしいかも。
「しばらくはだめだぞ。神社でみっちり修行だ」
イザナミさんがそう言い、こちらの四人がいっせいにシュンとした。
「カヤノは明日、朝からするぞ」
わたしだけにむけて言ったということは。
「別々に修行ですか?」
わたしと鈴子さん。ふたりとも精霊の力がつかえない。
「あまりふたりは、いっしょにいないほうがいい。そう言っただろ」
そうでした。鈴子さんとわたしがいると、余計に精霊を引きよせてしまうと。
「それに特性もちがう」
あっ、そうか。鈴子さんは月読神社の娘さん。月の精霊なら修行は夜か。
ちょっと残念。そう思ってとなりの鈴子さんを見た。
「よかったですわね。別で」
鈴子さんは冷たくにっこり笑った。むぅ、ちょっと仲よくなれたかと思ったけど、それはわたしの勘ちがいだったみたいだ。
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