第13話 涅槃(ねはん)

 戦いは終わった。


 双子の巫女の圧勝だった。


 それから漁港を見て、わたしたち三人は神社へ帰るところだった。


 わたしのスマホが鳴った。


 だれかと思えば、ゴスロリの巫女候補さんだ。


「鈴子さん?」

「カヤノさん、いまどちら?」

下田井しもたいこうです」

「では、そちらまでまいります。そのままお待ちあれ」


 それだけ言うと、鈴子さんは一方的に電話を切った。


 わたしたちの神社は近い。わざわざ鈴子さんがくるのを待つ意味がわからない。


 下田井港から神社までは、歩いて十分ほど。だから十分は待たなきゃと思っていたら、三分ほどで鈴子さんはあらわれた。三分でこれたのは、タクシーに乗ってきたからだ。


「鈴子さん、わたしたち歩いて帰れますよ!」

「いいえ。勘ちがいされませんように。これから児島駅のほうにむかいますのよ」


 タクシーの助手席に乗っている鈴子さんが、窓をあけてそう言った。


 聞けば、イザナミさんから連絡が入ったらしい。わたしたち四人でこいと。


 意味はわからないけど、とりあえずわたし、ハナちゃん、ヒナちゃんの三人はタクシーの後部座席へ乗った。


「ウチ窓ぎわがいい!」

「わらわも窓ぎわじゃ」


 双子のふたりがそう言うので、わたしは後部座席のまんなかに座った。


「鈴子さん、タクシーで児島駅へいくんですか?」

「そうです」

「一日で二回もタクシー使うなんて。イザナミさんってお金持ちそうに見えなかったけど」


 下田井神社は大きな神社だった。でもそれは、お参りする神殿が大きいだけで、住居は古い日本家屋にほんかおくだった。かわらの屋根や、窓の木枠はいたんでいるところもあって、とてもお金持ちという雰囲気ではない。


「イザナミさんからは、バスでこいと言われましたの」

「ええっ、じゃあ鈴子さんの独断!」

「ワタクシが払いますので」


 鈴子さんの実家は京都の神社。京都の神社はお金持ちなのかと思えば、おどろくようなことを言った。


「ワタクシ自分の生活費は、株のデイトレードでかせいでおりますので」


 この人、黒のゴスロリ女子に見えて、意外にむっちゃすごい人だった!


「でもなんでまた、イザナミさんはわたしたち四人を?」

「ええ。それですが」


 まえの助手席にいる鈴子さんが、スマホを取りだしたのが見えた。メッセージを確認するようだ。


「四人がそろうので、児島で一番おいしいものをごちそうしてやる。とのことです」

「ここで一番おいしいもの?」

「はい。『黒い悪魔』とのことです」


 なにそれ。もはや食べものに聞こえない。海ぞいの町だから、お寿司だろうか。


喫茶きっさニルヴァーナだ!」


 車の後部座席、わたしの左に座るヒナちゃんが口をひらいた。


「にるばーな?」


 わたしはヒナちゃんに聞き返したけど、水色ヒナちゃんは、わたしをかわしてピンクのハナちゃんと手をたたきあった。ふたりはこれからむかうお店を知っているようだ。


「ニルヴァーナ。仏教では『涅槃ねはん』という意味ですわね」


 まえの助手席にいる鈴子さんが答えた。


「ねはん?」

「簡単に言えば死後の世界とか」


 それはつまり『死』という店で、黒い悪魔を食べろと。これぜんぜん悪い予感しかしない。


「アメリカでは、かつて大人気だったロックバンドの名前でもあるようです」


 鈴子さんがスマホを見て言った。どっちにしても、おいしそうじゃない。


「なに食べよっかなぁ。野菜サンドにしよっかな」


 ヒナちゃんが、遠い目線でつぶやいた。そうか『喫茶ニルヴァーナ』というぐらいだから喫茶店、カフェだ。


「わらわは、魚フライ定食にしようぞ」


 おばあちゃんみたいな言葉を言ったのは双子のピンク。ハナちゃんだ。


「そ、そんなメニューもあるの?」

「児島の名店じゃ」


 ハナちゃん自慢げに言うけど、ますますお店の雰囲気がわかんない。


「ふたりは、児島にきたことがあるの?」

「左様。若きころ、イザナミのもとで修行したゆえ」


 若きころって。ハナちゃん中学生だから、いまでもじゅうぶん若いと思うけど。


 それはそうと、ハナちゃんとヒナちゃんも、イザナミさんに教わっていたのか。


「ワタクシたちの先輩、というわけですわね」


 助手席の鈴子さんが言った。そうだ。そういうことになる。


「鈴子と申します。京都の月読神社からまいりました」

「ふむ。わらわは」

「ハナ様と、ヒナ様、でございますわね」


 鈴子さんは、この双子を知っているようだ。


「おうわさは、かねがね。東北のご当地アイドルもまっさおな人気のようで」

「ちょっと、ウチに『さま』ってつけないでくれる。『おひなさま』じゃあるまいし」


 水色ヒナちゃんの、ふてくされたような口調だった。


「では、ハナさん、ヒナさんと」

「それもどうよって感じだけど、まあなんでもいいか」


 そんな話をしていると、タクシーは児島駅のまえを通過し、住宅街の細い道へと入っていく。


 住宅街のかどをいくつか曲がると、細い道路のまんなかに腕をくんで仁王立ちしている女性がいた。


 サングラスをかけた茶色いスカートスーツの女性。


 なんだかハリウッド映画にでてくる女刑事みたいだけど、イザナミさんにちがいない!

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