第12話 精螻蛄(しょうけら)

 潮風しおかぜと山の風。


 プラットフォームで胸いっぱいに吸いこんでいたら、なにか変な気配がした。


 まわりを見てみる。この気配、なんだろう。


 よく見るとわかった。小さな虫だ。黒い小さな虫たちが、もそもそ地面をはってこっちに近づいてくる!


「やだっ、虫。キンチョール持ってくればよかった!」

「虫ではないぞよ。弱いのでキンチョールはきくかもしれぬが」


 いつのまにか、となりにいたのはハナちゃんだ。


「あれは雑物神ぞうもつしんじゃ」

「ぞうもつしん?」

「左様。小さな神々。ほれ言うじゃろう、一寸いっすんの虫にも五分ごぶたましいとな」


 なるほど。小さくて、こまごまとした精霊なのかな。


 ハナちゃんの説明はわかったけど、やっぱりハナちゃんの見た目はギャップがすごい。おばあちゃんと話をしているようなのに、その言葉を発しているのがピンク色のショートヘアをした中学生だからだ。


「どれ、戦衣いくさごろもに着がえようかの」


 ハナちゃんはそう言うと、背中のリュックをおろした。ファスナーをあけて、ごそごそとやり始めている。


 そんな余裕はあるのだろうか。遠くから近よってくる虫さんたちが、ついにプラットフォームのはしへとのぼってきた!


 そしてなぜか黒い点々は、ひとつに集まり始めた。


「ハナちゃん、なんか虫さんたちが集まってるけど!」


 集まった虫の山はプラットフォームの上でむっくりと起きあがった。人のかたちになっていく!


「ほう、集まって精螻蛄しょうけらとなるか」


 かがんでリュックをあけていたハナちゃんが、ちょっとふり返り口をひらいた。


「しょうけら?」


 このあいだから聞いたこともない言葉だらけだ。


「人のかたちをまねしようとするもの。じゃがほれ、不完全なので指は三本しかない」


 言われて見てみれば、人のような黒い影には指が三本だけだった。


 でもそのぶきみな黒い人影は、のっそりとこちらへ一歩を踏みだした。


「ハナちゃーん! これキンチョールきかないかもー!」


 また一歩。どんどんこっちに近づいてくる!


「むむ、岡山駅で買った吉備団子きびだんごがつぶれておるぞよ」


 まさか、それを黒い人影にあげるつもりじゃないよね。そう思っているまにも、また一歩近づいてきた!


「ハナちゃーん!」


 そのときだった。


「ホントに引きよせるんだ」


 つぶやきが聞こえ、わたしのよこをだれかが走りぬけた。


 そのうしろ姿。柔道の道着みたいな白い上着。下は水色のはかま。そして袴とおなじく髪も水色。


 まるで巫女さんみたいな服。水色の巫女だ。


 だれのうしろ姿かは、顔を見なくてもわかる。


「ヒナちゃん!」


 水色の巫女は、まっすぐに黒い人影へと走った。走るいきおいのまま地面を蹴った。飛んで下から足をかちあげた。


「ウソ、神さまをった!」


 蹴られた黒影の頭が吹き飛んでいる。


「神さまって、蹴れるの?!」

「アシナヅチ。ウチが同調できる神さまは、足の神さまなの!」


 ヒナちゃんは、近よってくるもうひとつの人影にまわし蹴りをおみまいした。


 黒い人影はどんどん増えてくる。それをヒナちゃんが次から次へと蹴りまくった!


 ヒナちゃんの服は巫女さんのようだけど、よく見ると水色のはかまはヒザぐらいまでと短い。その下にあったのは、小さな足には釣りあわない黒い革製のブーツだった。


 でもそのブーツ、いや足全体だ。にぶく光っているように見える。


 光る足で、虫が集まってできた黒い人影を蹴ると、人影はちりぢりになって消えていく。


「ハナ、うしろ!」


 ヒナちゃんの声に、わたしも背後をふり返った。


 ぬうっと黒い人影が三本の指をのばしてくる!


「テナヅチ!」


 三本指をのばしてきた人影に、アッパーカットをはなったのはハナちゃんだ!


 ハナちゃんも着がえたのか巫女さんの姿になっていた。上は白。そして下の袴は髪とおなじピンク。ハナちゃんはピンクの巫女さんだ。


 ハナちゃんの巫女服は、ヒナちゃんとは反対にそでが短い。白いそでは肩で切られていて肌色の小さな腕がでている。


 むきだしの腕のさきにあるこぶしには革製の手袋がはめられていた。


 ヒナちゃんが使うのは足の神さまだと言った。ではハナちゃんのこれは。


「手の神さまだ!」

左様さよう。長野にある『手長神社てながじんじゃ足長神社あしながじんじゃ』が故郷」


 知らなかった。そんな神社があるなんて。そしてこの双子の巫女さんは長野県からきたのか。


「カヤノよ」

「は、はい、ハナさま!」

早々そうそうに倒し、漁港へとまいろうぞ」


 ……ハナちゃんは、こんな戦いになっても漁港の話は忘れてなかった。

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