第10話 双子(ふたご)
「カヤノは、まったくつかえないの?」
ハンバーガー屋で、ふいに聞かれた。
聞いてきたのは、水色ショートヘアがかわいいヒナちゃんのほうだ。
「見えるけど、それだけ」
「わたしにくらべ、ふたりは中学生で巫女さんって、すごい」
ヒナちゃんのとなりを見た。となりはピンク色ショートヘアのハナちゃん。こちらもかわいいはずが、思わず自分の動きが止まった。
ハナちゃんは、大きなハンバーガーにかぶりついている。お店で一番大きい二段がさねのバーガーだ。なぜか目をひんむいてかぶりついている。その表情が怖い。かわいい顔が台なし。
「ハナは、食べものに異常な
左手でほおずえをつき、冷静な口調で言ったのはヒナちゃんだ。
ヒナちゃんは、ハンバーガーをたのまなかった。メロンフロートをひとつ。
ほおづえをついたままヒナちゃんは、メロンソーダの上に浮かぶソフトクリームをストローでツンツンとゆらしていた。おなかはすいていないらしい。
ふたりの対面に座るわたしは、いつものアップルパイとレモンティーだ。
封をあけてアップルパイをかじった。アツアツの中身がこぼれないよう、ちょっとすする。
「ヒナちゃん、どうやったら、やおよろずの力をつかえるようになるの?」
すすりながら聞いた。これは、だれかに聞いてみたいことだった。でもイザナミさんはいそがしそうだし、鈴子さんはわたしとおなじで精霊は見えるけど力はつかえない人だ。
ヒナちゃんは、ひたいにかかる水色の髪を『ぴんっ!』と指ではじいた。それからソファーに深くもたれて足をくむ。
「ヒナちゃん?」
「たまに聞かれるけど、それ、ウチらにはわかんない。物心がついたころには勝手につかえたから」
うわぁ。きっとこの双子は巫女界のエリートだ。
「むかしの人は、よく『ラジオのように波長をあわせ、神の名を呼ぶ』って言うけど、ラジオって言われてもわかんないよね」
「う、うん。たしかに」
お母さんはラジオを持っていた気がするけど、わたしはさわったことがない。
「ちょっと待ってて」
そう言うと、ヒナちゃんは立ちあがり店からでていった。
なんの用事だろう。ヒナちゃんのメロンフロートが溶けてしまわないか心配だ。
三分、いや五分ぐらいかも。しばらく待っていると、ヒナちゃんは帰ってきた。その手には木の
わたしに差しだしてきた。木の枝はひじから指さきぐらいの長さがある。
「イザナミから聞いてるけど、カヤノの神さまは木の神だよね?」
ヒナちゃんはわたしに木の枝をわたし、溶けかけたメロンフロートのある席にもどった。
「それで
「う、うん」
中学生の先輩巫女に言われ、にぎる木の枝を見つめた。
「ククノチ!」
じっと木の枝を見つめた。でもなにも起きない。
「なにか感じた?」
「特になにも」
「名前がちがうのかな。『ククツチ』って言ってみて」
「ククツチ!」
言ってみたけど、今度もなにも起きない。
「ククツチ!」
となりの席はだれもいないので、そっちに木の枝をふりながら言ってみた。
「いやそれ、魔法の杖じゃないから」
ヒナちゃんに注意された。そうでした。『
イザナミさんは火の神の力をつかう。だから依代は白いヤモリだった。木の神の依代は、木の枝になるのか。
「木の神って、ほかにどんな名前があったかなぁ」
「ヒナちゃん、おなじ神さまでも、そんなにいろんな名前があるの?」
「そりゃ
そうか、すでにイザナミさんが複数つかっている。ホムラ、カギロイ、あとはカマド。
木の神さまって、どんな名前があるんだろう。
木の枝をふりあげ考えてみる。さっき教えてもらったのは、ククノチ、そにククツチか。
「ク……ク……クシアゲ!」
「いやそれ、食べものの名前だし」
思いついて言ってみたら、中学生から冷静に突っこまれた。
「串揚げ?」
もうひとりの中学生はハンバーガーにかぶりついていた顔をあげた。そうでした。ハナちゃんは食べものに目がない。
「しかも『クシアゲ』って勘ちがいしてない?」
「勘ちがい?」
「重要なのは『ク』じゃなくて『チ』のほう」
「チ?」
「そう。神さまの名前って『チ』とつくのが多いよね」
多いかな。木の神さまがククノチ。イザナミさんの火の神はカグツチって言ってたっけ。
「わたしが知ってる『チ』がつくのは、ふたつぐらい」
「いや、もっとあるって」
「あるかな」
「ちょっと考えれば知ってるはず」
言われて考えたけど、まったく思い浮かばない。最後に『チ』がつくもの。思い浮かんだのは女子が決して言ってはいけない『ウ○チ』という言葉だけ。でもぜったいにちがう。
「ぜったいに知ってる言葉あるから」
「えっ、じゃあ『ウ』がつく?」
「どゆこと?」
やっぱりちがった。
「イザナミがつかう火の神は
それは知っている。
「草の神は
あっ、それはイザナミさんが言っていた。わたしの名前『カヤノ』は『カヤノヒメ』から取っていて、カヤノヒメの別名はノヅチだと。
「水の神は
ミズチなんてのもあるんだ。
「じゃあ、雷は?」
カミナリ。最後がチ。ぜんぜんわかんない。
「イカヅチ」
「あっ、ほんとだ!」
「じゃあ、
「蛇はキライじゃ」
言ったのはとなりのハナちゃんだった。
でも蛇を奉る神社はけっこうあった気がする。ヘビ……ヘビ……
「ひょっとして、オロチ?」
「正解」
やっぱり。ヤマタノオロチって昔話で聞いた気がする!
「チは、古代の日本では『精霊』という意味があって『チ』がつく神さまは多いの」
「すごい。ヒナちゃん天才!」
「いや、
そうなのか。そしてヒナちゃんは『戦巫女』と言った。神の力をつかう巫女は、戦巫女と呼ぶのか。
「自分が同調できる神さまの名前じゃないと、意味がないから。また両親に聞いとく。ほかに木の神さまの名前がないか」
あぅ。このヒナちゃん、ぱっと見はツンツンしてるけど、けっこうやさしい。
「串揚げはどこじゃ」
ハナちゃんがまだ言ってる。冗談なのか本気なのかよくわからない。この双子、見た目はおなじだけど、性格はまったくちがう。
「本当に、おなかすいてないの?」
「すいておる。これからチキンナゲットを食べるぞよ」
「ハナちゃんのほうじゃなくて、ヒナちゃん!」
わたしが呼んだので、外を見ながらメロンフロートを飲んでいたヒナちゃんがふり返った。
「ウチ?」
「そう」
「ぜんぜん」
「だって、ここまで長時間だったでしょ?」
「ぜんぜん!」
なぜかヒナちゃんが、すこし興奮ぎみにメロンフロートをテーブルに置いた。
「もっと長く新幹線に乗ってたかった!」
「あっ、わかる。わたしも新幹線が初めてで」
「ウチら『のぞみ』は乗ったことあるけど『N700S』は初めて。そりゃ新幹線ならなんでもよかったんだけど、まさかの最新で……」
すごい早口で言葉を返された。
「山陽新幹線しか乗れないの多すぎ。レールスターなんて本数すくなすぎ。あれじゃもはや、まぼろしだし!」
まだなにかを説明していた。わかった。この子は鉄道マニア。いわゆる「鉄ちゃん」いや、女子だから「
「じゃあ、ヒナちゃん、お目当てはわたしの護衛じゃなく『風の道』だったりして」
冗談で言ったのに、ヒナちゃんの目がにらんできた。
「なにそれ?」
「廃線になった線路を、散歩道にしててね」
言ってるそばから、ヒナちゃんはスマホをだして調べ始めた。
「旧児島駅、エモい!」
ヒナちゃんが食いついたのは散歩道のほうじゃなくて、廃駅のほうだった。
「終着駅、もっとエモい。旧下田井駅!」
画面を食い入るように見つめながらヒナちゃんが言った。
「カキコミの言葉すごい。廃線の終着駅という旧下田井駅は、いわば廃駅マニアの聖地なり。なにこの廃駅マニアの聖地って!」
言いながらヒナちゃんはのけぞった。
わたしは廃駅マニアでもなんでもないけど、その場所はわかるかも。
「旧下田井駅なら、わたしたちの下田井神社からすぐよ」
わたしが言い終わるより早く、すっとヒナちゃんは席を立った。
「あんまり遅いと、イザナミが心配する」
「いや、ヒナちゃん、イザナミさんは仕事で……」
「ハナ、もう終わったでしょ!」
「まったく、まだポテトが残っておるというのに」
ボヤきながらも、ハナちゃんはポテトを片手にすばやく立ちあがった。
ヒナちゃんとハナちゃんという双子は、性格はちがっても、すごく仲良しみたいだ。
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