第8話 船霊(ふなだま)
「もしかして、
言ったのは鈴子さんだ。
「ふなだま?」
「海の精霊、そのひとつです」
海の上、小さな炎のかたまりが増えていく。そしていくつかが、ぽーん、ぽーんと、夜の空へあがった。ゆっくりとこちらへ近づいてくる!
「くそっ!」
わたしたちを守るように、イザナミさんがまえに立った。
ポケットに手を入れて、なにかをだす。うす暗くても見えた。手にしているのはジッポだ。
イザナミさんがジッポに火をつける。それをまえに投げた。ジッポの火は消えていない。土の地面の上で小さな火をともし続けている。
「
イザナミさんがなにかをつぶやき始めた。
「あれは
となりの鈴子さんが聞いたことのない言葉を口にした。
「のりと?」
「
なるほど、
鈴子さんの説明を聞いているあいだも、イザナミさんのつぶやきは続いていた。
「
となえ終えたのか、すこし背後のこちらへ首をまわした。
「カヤノ」
「はっ、はい!」
小声でイザナミさんに呼ばれた。
「神の名は、いろいろあると教えたな?」
「はっ、はい!」
「いまでは忘れさられた神の名も多い」
たしか新幹線で、そんなことを聞いたかもしれない。
「これもそのひとつだ」
イザナミさんが前方へとむきなおし、なにか変なかたちに両手をにぎった。
「あれは
となりの鈴子さんが初めて見たかのように、おどろいて目を見ひらいている。
「
ひとこと、ふたこと、イザナミさんが口にする。そして両手の印をといた。前方へと両手を突きだす。
「
イザナミさんは言うと同時に右手のひらを空へとかかげた。落ちていたジッポから
高さでいえば神社の屋根を超えそうなほどの高さだった。高く噴きだした火柱に、こちらへくる船霊の小さな火がまじわった。
ひとつ、ふたつ、そしてみっつ。船霊と火柱がまじわると、いっしゅん火柱はさらに燃えあがった。しかしそのあと、なにごともなかったかのように火柱は消え、神社の庭には夜の闇がもどった。
見れば、地面にあるジッポの火も消えている。海を見てみれば、あちこちにあった船霊の炎も消えていた。
「疲れたな」
土の地面に座りこんだのは、火柱の術をだしたイザナミさんだ。さらにはそのまま大の字になって寝ころんだ。
「だ、だいじょうぶですか!」
思わず駆けよる。鈴子さんもゴスロリの服をゆらしてついてきた。
のぞきこむわたしと鈴子さんを、イザナミさんは交互に見くらべた。
「あれだな、おまえら『
「きょ、きょうしん?」
意味がわからず聞き返してみた。
「カヤノと鈴子。どちらも巫女の資質が高い。高いがあやつれる
言われてわたしは、鈴子さんと見あった。
どうやら、厄介ごとを引きよせているのは、自分のせいだけではないらしい。
「まさか、ふたりを呼びよせた初日から、アタシが
たしかに、すごい術だった。
「まだ初日だぞ」
イザナミさんは、ため息をついて夜空の星をながめた。なにかを考えているようで、そのあとに言葉をつづけた。
「これは、アタシひとりでは無理だな。助手を呼ぼう」
助手というと、この神社には長年にわたって働いているお手伝いさんがいると聞いた。でもイザナミさんの口ぶりでは、そっちではなさそうだ。
「神社本庁、からですか?」
しばらく考えていたイザナミさんだったけど、顔をしかめた。
「本庁に借りを作るのもイヤだな。知りあいを呼ぶことにする。ひとり、いやふたりか。安心しろ。おまえらとさほど変わらない
わたしたちと変わらない年齢。それなら友達になれるかもと、すこし期待に胸がはずんだ。
だってとなりにいる『かぐや姫』は、わたしと友達になってくれそうには見えない。
「んで、おまえらは、しばらくいっしょにいるの禁止な」
それだけ言って
「疲れた。カヤノ、おぶってくれ」
「そ、それは無理ですよ!」
女性をひとりでかつぐことなんてできない。
「軟弱だな、おまえ」
今日一日をふり返ると、電車に酔ったり、気絶したり。たしかにイザナミさんの言うとおり、いろいろな面でわたしは軟弱だ。そう思うしかない一日だった。
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