第7話 神社(じんじゃ)

 なんでだろう。


 気づけば病院にいた。


 白い天井に白い壁。ぜったいに病院だ。


「カヤノ、目がさめたか」


 わたしの視界に知った顔があらわれた。女刑事さん。そうそう、名前はイザナミさんだ。


「あの、わたし……」

「ちょっと神気しんきに近づきすぎたな。気を失ったんだ。念のために病院へつれてきた。まだ初日だからな。なにかあってもこまる」


 おかしい。小さなころから異形のものを見たことは何度もあった。気絶きぜつしたのは初めてだ。


「イザナミさん、わたしいままで気をうしなったことなんて」

「ああ、カヤノは都会育ちだからな。自然が多いところのほうが、精霊たちの力も強い」


 そういうことか。いままでは黒い霧としか見えていなかったのに、ハッキリとカタチになって見えた。


「精霊って悪いものなんですか?」

「悪いものであるわけがない。おそれ多いものではあるが」


 言われた意味がわからなかった。


 わたしが眉をひそめたのが伝わったのか、イザナミさんが言葉を続けた。


「簡単に言うと、野生動物みたいなものだ。野生のオオカミに近づきまれたとして、オオカミが悪いわけでもないだろう?」


 言われてなんとなくわかった。『い』とか『わるい』とかの対象ではないのか。それは人が勝手に思う価値基準。


「医師の診断では、かるい貧血みたいなものだと。もう、おきてもいいぞ」


 イザナミさんに言われ、わたしは寝台から上半身をおこした。


「すいません、お手数かけて」

「いや、悪いのはこっちだ。初めての土地をひとりでいかせたからな」


 イザナミさんがにがいコーヒーでも飲んだかのような顔をした。いや、イザナミさんはブラック派だから苦いのは平気か。


「初日から、あなた面倒をおこしますねぇ」


 なんだか嫌味いやみな言葉が聞こえたと思えば、ゴスロリを着た黒髮美人くろかみびじんだ。


「さきが思いやられますわね」


 鈴子さんはそう言って、わたしの靴を寝台の下へ置いてくれた。


 言い返したいけど、ふり返れば先日は殺人犯、今日は山の神さまと、わたしは厄介やっかいごとばかり引きよせている。


「厄介ごとの神さまっているんでしょうか。貧乏神びんぼうがみは聞いたことありますけど」

「カヤノ、そういう言いかたは駄目だめだ。『言葉ことば』とは『言霊ことだま』だと、聞いたことぐらいあるだろう」


 言霊ことだま。たしか言葉には霊力がやどるとか、そんな意味だ。


「カヤノはおそらく、巫女の資質が強い。資質が強い者は、やおよろずの神々を引きよせやすいんだ」

「霊感が強い、みたいな感じですか?」

「そんな感じだ」

「なるほど」


 巫女さんになるのか、ならないのか。それすら決めていないけど、わたしには巫女の資質がある。それは充分じゅうぶんにわかった。


「イザナミさん!」

「なんだ?」

「わたし、言葉づかい、気をつけます!」

「お、おう。言葉はいろいろな意味を持つしな」


 言葉の意味か。深く考えたこともなかった。


 あれ、それをいえばイザナミさんは『クソいなか』とか口が悪いけど、あれはいいのだろうか。


「こまったものですねぇ」


 口をひらいたのは鈴子さんだ。


「これだから外巫女そとみこは無知で」


 そうか、神社の家での生まれだから鈴子さんは内巫女うちみこだ。


 っていうか、ふたりのほうが口悪い!


 気を取りなおして靴をはいた。


「よしっ、遅くなったが、わがやに帰るか」

「遅く?」


 イザナミさんの言葉で壁にある時計を見た。もう真夜中の零時れいじ


 看護師さんを呼んで帰ることをげ、わたしたちは病院をでた。もちろん外は、まっ暗だ。


 イザナミさんの運転する車で二〇分あまり。夜なのでどこを通っているのかわからなかったけど、途中から細いのぼり道を車は進みだした。


 しばらく坂道をのぼり、イザナミさんが車を停める。


 わたしと鈴子さんは後部座席に乗っていたけど、ドアのロックが解除されたのでわたしは車からおりた。


「ここが下田井しもたい神社じんじゃ……」


 鈴子さんの声だ。鈴子さんも車からおりていた。あたりを見まわしている。


「鈴子さんも、ここは初めて?」

「はい。なかなかに立派な神社だと、うかがっております」


 どうでもいいけど鈴子さん、わたしに対してずっと敬語だ。それはなんだか心の距離を感じる。


「ここは神社の裏手うらてですわね」

「うらて?」

「関係者がつかうほうの道です。おもてには石の階段や鳥居とりいがあるでしょう」

「鈴子さん、ここは山の頂上ですか?」

「はい。小高い山の上にある神社です。この下田井神社は。海の見える神社としても有名で……」


 それを聞いて、運転席からおりてくるイザナミさんを見た。


「見てきていいですか!」

「おまえ、元気だな」

「海、大好きなんです!」


 せっかく海ぞいの街にきたのに、児島駅からちょっと見ただけ。


 めったに海なんて見る機会がない。わたしの住んでいた神奈川だと湘南しょうなんが有名だった。でも電車で一時間以上もかかる。お母さんに『つれてって!』とも言いだしにくかった。


 イザナミさんはあきれた顔をしたけど、指で方向をしめした。


拝殿はいでんをぐるっとまわれば、海が見えるぞ」

「ありがとうございます!」


 その方向にむけて走った。


 夜の神社は暗かったけど、外灯がひとつあったのでなんとか見える。敷地しきちには大きな神社だけでなく、人が住む母屋おもやや倉庫など、いくつかの建物があった。


 ぐるりと神社をまわりこむようにして、おもてにでる。


「うわぁ!」


 ほんとに神社から海が見えた!


 見えたのは、夜の瀬戸内海せとないかいだ。


 空はうす暗く、海はもっと黒い。まっ黒な海から、あちこちにひょこひょこ小さな島が見えるのがかわいい。


「これは、立派りっぱな神社ですね」


 声がした。ふり返ると、お賽銭箱さいせんばこのまえに人影がある。鈴子さんだ。


 鈴子さんのよこにけよった。鈴子さんは神社の建物を見あげている。


 わたしも建物を見あげた。大きな木造の建物だ。木の柱なんかも太い。


「見てください、本坪鈴ほんつぼすずも大きい」


 鈴子さんが指をさしたのは、がらんがらんと鳴らすあれだ。


 ふたつの大きなすずからは、これまた太いなわがたれさがっている。


 鈴子さんが、その太い縄をにぎってゆらした。がらんがらん! と思ったより大きな音がひびいた。


『鈴子』さんが『鈴』を鳴らす。ちょっとおもしろい。


「夜ふけに巫女が鈴を鳴らすなど!」


 駆けてきたのはイザナミさんだ。思わず、鈴子さんと見あった。やってはいけなかったのだろうか。


 みょうな気配がして、ふり返った。海のほうだ。


 漆黒しっこくの夜の海。そこへ、ぽんっ、ぽんっと小さな明かりがともり始めた。

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