第5話 駅(えき)

「カヤノ、顔色が悪いぞ」


 むかい席に座るイザナミさんが、心配そうに声をかけてきた。


 岡山駅で在来線ざいらいせんに乗りかえた。


 いなかの電車は、東京の電車とはちがった。四人がけの席がある。乗客も少ないのでわたしたちはむかいあって座っていた。


「気分でも悪いのか?」

「はい、ちょっと酔いました」

くるまならわかるが、電車で酔うのか!」


 イザナミさんはおどろいているけど、こんなに長く電車にゆられたことがない。 


 東京駅から岡山駅、ここまでが新幹線。三時間ちょっと。さらにそれから電車を乗りかえて南へ南へ。


「次が児島だ。もうちょっとだから、がんばれ」


 イザナミさんの言葉にうなずくしかない。


 岡山県にある駅のなかで、もっとも南になるという児島駅。東京からは思ったよりも遠かった。


「まもなく、児島に到着いたします」


 車両アナウンスが入ったので、わたしたちは荷物を持って立ちあがった。


 電車はすべるようにホームへ入り、プシューっと音をたてて扉があく。


 やっと児島駅。ぐったりして電車からおりた。


「海だ!」


 電車からおりると、なんとすぐに海が見えた。


『クソいなか』とイザナミさんは言っていたけど、駅はビルみたいな建物だ。


 電車からおりたプラットフォームも高い位置で、駅のまわりにある民家の屋根がプラットフォームから見える。おそらくここは四階ぐらいの高さだ。


 そして道路や民家があるそのむこう、防波堤ぼうはていと海が見える。


「あっ、瀬戸大橋せとおおはし!」


 海のむこう、遠くに大きな橋が見える。あれは岡山と香川をむすぶ瀬戸大橋だ。


「おのぼりさん、みたいですねぇ」


 きとおるような、きれいな声が聞こえた。


「うげ」


 きれいな声と思ったのに、声がしたほうをむいて、おどろいてしまった。


 赤いレースがふちどる黒のワンピース。頭にも黒と赤のヘアバンド。ゴスロリだ。ゴシックファッションに身をかためた背の高い女性。


鈴子すずこ、いっしょの電車だったか」

「えっ、イザナミさん、知ってる人ですか!」


 ゴスロリ女子は、スーツケースをころがして近づいてきた。


浅見茅野あさみかやの、こちらは園田鈴子そのだすずこ。年齢はカヤノのひとつ上だな。ふたりとも、ようこそ、わがさとへ」


 紹介されたので、わたしは「どうも」と頭をさげた。さげたけど、ひとつの事実に気づいた。


「たったの、ひとつ上!」


 わたしが高校に入学したばかりだから、この人は二年生。でもとても二年生には見えない。おとなびた顔つきというか、正真正銘しょうしんしょうめいの美人というか。


 髪はさらりとストレートで長く、まるで顔だけ見れば『かぐや姫』みたいだった。なのに、かっこうはゴスロリ。顔と服装のギャップがすごい。


「説明しておくとな、鈴子の家は京都にある神社だ。代々だいだい、月の精霊の使つかでな」


 なんと。かぐや姫みたいな顔だと思ったら、さらに月の精霊の使い手!


「神のおすがたは見えるのですが、ワタクシのちからはさっぱり」


 ため息をついて鈴子さんが言った。つまりこの人が、イザナミさんの言っていたもうひとりの巫女候補。


「おなじだな。カヤノも『ククノチ』の力がまだ使えない。まあ名前からしたら『ノヅチ』かもしれないがな」

「ノヅチ?」


 今日にいろいろ聞いたけど、さらに聞いたことがない単語だ。


「カヤノのおばあちゃんは、かなりの使い手だったとデータが残っている。そのひとがカヤノと名づけた。カヤノは、カヤノヒメ。草の神ノヅチの別名だ」


 なんと。わたしの名前は、草の神さまの名前だった。


 わたしのおばあちゃんは、木の精霊ククノチの使い手。だからわたしもククノチの使い手である可能性が高い。でもわたしの『カヤノ』というのは草の精霊ノヅチの名前か。


 だめだ。今日だけで、わたしにまつわる新情報が多すぎ。頭が混乱して、ため息がでる。


「はぁ、落ちつきたい。アップルパイと、レモンティーほしい」

「それはファーストフードのやつか。なんだ、ここまできて、ハンバーガーでいいのか」


 聞けば、ハンバーガー屋はここ児島駅のすぐ近くにあるという。なんていい町だ。


「ワタクシはファーストフードより、喫茶『時空回廊』にいきたいですわね」

「じくうかいろう?」


 鈴子さんが、わけわかんないことを言った。


「ああ、よく知ってるな。クラシックが聴ける喫茶店なんだ。しかも山の上にある」

「なにそれ、すっごいオシャレっぽい!」


 岡山の児島。海ぞいのクソいなか(イザナミ談)。でも見くびってはいけないみたいだ。


 感心していたのに、口もとをかくして鈴子さんが笑った。


「あの、鈴子さんでしたっけ。どうかしました?」

「いえいえ。あの喫茶店は、珈琲コーヒー自家焙煎じかばいせんをするこだわりの名店だとか。子供には、少々お早いかと」


 むぅ。この鈴子さん、なんだか、ひとくせあるっぽい!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る