ケース7 初めての彼女との耳かき

 さっきからずっと心臓がバクバクしている。

 見慣れた自分の部屋だというのに、全くの別空間のようだった。

 どうしようもなく落ち着かない。

 何なら、外に逃げ出してしまいたい、とさえ思う。

 その原因は。


「なにそれー。ね、観てよ佐野くん。おっかしー」

 

 隣にいる彼女だ。

 彼女――朝比奈はテレビを観ながら、きゃっきゃと笑っている。

 俺たちは隣同士で座りながら、テレビを観ていた。

 ……俺の部屋で、だ。

 

 朝比奈には毎週観ている好きなバラエティ番組があるのだが、ハードディスクに不具合があったのか、録画できていなかったそうだ。

 その番組は俺も観ていて、たまたま俺は録画してあった。

 その流れで、「観にくる?」という話になったのだ。


 すぐ隣に彼女がいる。

 彼女の身体がある。

 朝比奈は髪の長い女の子で、笑うたびに黒い髪がさらさらと揺れていた。

 近いせいか、さっきからいい匂いがしている。

 そのたびに鼓動が速くなった。

 朝比奈は少しぽやっとしたところがあり、顔もやわらかい印象を与える。


 大きくて真ん丸の瞳、ふにふにしたほっぺた、白い肌。

 制服越しでもわかる細い肩や、ブラウスを持ち上げる胸、床についているスカート。

 ぺたん、と座っているため、足が俺の足にあたりそうなくらい、近い。


「ね、佐野くん。あのギャグ観た? わたし大好き」


 テレビに目を向けたまま、朝比奈は俺の腕をぺたぺたと触る。

 からからと笑い、とても楽しそうだ。

 かわいい。

 こんなかわいい女の子が、俺の彼女だなんて未だに信じられない。


 一ヶ月前に当たって砕けろ、の精神で告白し、まさかのOKをもらった。

 それから俺と朝比奈は恋人同士になったわけだが、とてもそんな実感はない。


 実際、それほど関係が変わることもなかった。

 学校でしゃべる回数が多くなったり、ふたりでデートにも行ったけれど、恋人同士というよりは、仲のいい友達と遊ぶのとそう変わらない感じだ。

 もちろん楽しかったけれど、俺たちは手も繋いだことはなかった。


 だからこそ、この状況は緊張して仕方がないわけだ。

 だって、自分の部屋に恋人がいるんだから。

 ドキドキしないほうがどうかしてる。

 今まで彼女ができたことのない俺には、あまりにも緊張するシチュエーションなのだ。


「あー、おっかしかったー……。よかった、観られて。佐野くん、ありがとうね」


 俺がドキドキしているうちに、番組が終わってしまった。

 朝比奈はこちらに顔を向け、にっこりと微笑む。

 間近で見る彼女の笑顔は威力が高く、どうもドギマギしてしまう。

 すると、朝比奈はこちらをからかうような表情を浮かべた。


「えー、なに、佐野くん。そんな顔して。もしかして、緊張してるのー? わたしが近くにいるから?」


 おかしそうに笑いながら、そんなことを言う。

 どうやら、朝比奈は何とも思っていないらしい。

 ドキドキしているのは俺だけという状況に、ついむっとしてしまう。


「……そりゃ、するだろ。朝比奈かわいいんだし、今は彼女なわけだし。普通じゃいられないって」


 追加でからかわれることを覚悟で、正直に言う。

 ごまかしたところで、俺に勝ち目があるとも思えない。


 すると、意外にも彼女は目を丸くさせた。

 そして、徐々に顔が赤くなっていく。

 今度は、朝比奈が気まずそうに目を逸らした。


「えー……、あー……、そ、そっかー……、そ、そんな感じなんだ……、へ、へぇ……」


 ぼそぼそと何か言ったあと、彼女は黙り込む。

 ……単に、意識していなかっただけのようだ。

 改めて見直せば、彼女もこの状況に思うところはあるらしい。

 けれど、それに対して俺が何かを言うような余裕はない。

 お互いに意識しているというこの状況、それはさらなる緊張を生んだからだ。


 俺も黙り込む。

 録画部分も終了したせいで、テレビも合わせるように沈黙してしまった。


「……………………」

「……………………」


 静かな空間で、彼女の息遣いだけが聞こえる。

 もぞり、と朝比奈が身体を動かすたび、腕や、指が少しだけ当たる。

 緊張はどんどん高まり、彼女の方を見られない。


「……ねぇ」


 囁くような小さな声を、朝比奈は発する。

 そっちを見ると、彼女は前を向いたまま、静かに続けた。


「わ、わたしたち、恋人同士だよね」

「そう、だけど」

「じゃあ……、恋人らしいことを、してみようと思うんですが、いかがですか」


 顔を真っ赤にしながら、彼女はすごいことを言った。

 一気に俺の身体が強張る。

 思わず、目を逸らす。

 きっと、彼女に負けず劣らず、俺の顔は熱くて仕方がないだろう。


「ど、どういうこと、でしょうか……」

  

 つられて敬語になると、彼女が動く気配がした。

 慌てて見ると、朝比奈は顔を真っ赤にしながら腕を広げている。

 ブラウスを押し上げる膨らみや、ブラウスの皺、影に目が惹き寄せられる。


「ぎゅ、ぎゅう~って、しま、せんか」


 ハグをしよう、と提案されている。

 ……したい。

 めちゃくちゃしたい。

 でも、い、いいんだろうか。

 いいんだよな!? だって、朝比奈がやろうって言ってるんだから……!!

 

 めちゃくちゃしたいけど、あまり鼻息荒くして嫌われるのも嫌だ。


「し、しましょう、ぜ、ぜひ」


 だから、できるだけ紳士っぽく答えようとしたのに、逆に変態みたいになった。

 幸い、彼女は気にした様子はなく、こちらを待っている。

 俺は意を決して、彼女の身体に手を伸ばした。


 そして、ぎゅうっと引き寄せる。

 俺の手や身体が、彼女の身体にぴったりと重なる。

 俺の身体のほとんどが、彼女に密着していた。


「……!?」


 すぐに、朝比奈の身体のやわらかさに仰天する。

 これが、俺と同じ人間の身体なんだろうか。


 まず感じたのが、熱。 

 彼女の体温がしっかりと伝わってくる。

 人肌というのはこんなに心地いいものなのか、と初めて知った。


 そして、感触。

 朝比奈の身体はびっくりするくらい華奢で、触れた瞬間、思わず手を離しそうになった。


 それを堪えて手を添えると、彼女の身体と俺の身体が合わさる。

 ぎゅっとくっつくことになる。

 どこもかしこもやわらかく、温かいがとにかく胸がやばい。

 むねのかんしょくがやばい……。

 おかしなことになりそうなので、別の所に集中しようとしても、彼女の髪の香りが理性を揺らしてくる。


 だって、すぐ目の前に彼女の髪があるのだ。

 背中に回した手も、彼女のさらさらの髪が触れている。

 とてもまともでいられない。


「あー……、これ、やばいね……。ドキドキするけど、落ち着く……」


 その声で正気に戻る。

 朝比奈は手に力を込めながら、ため息に近い声を出した。

 言わんとしていることはわかる。

 体温を感じるからか、確かに落ち着く。

 心臓はバクバクして頭がおかしくなりそうな反面、ずっとこうしていたい、と思えてくる。


 黙って抱きしめ合っているだけだが、時間が経っても気にならない。

 その体勢のまま、お互いの感触を楽しんでいた。


「……ねぇ、佐野くん」


 朝比奈が均衡を破る。

 彼女は落ち着いた声色で、こう続けた。


「実はわたし、恋人ができたらやってみたいことがあるんだけど、いい……?」


 その問いに、再び心臓が破裂しそうになる。

 恋人にやりたいことって、なんだ。

 ハグだって、かなり、あれなのに。

 これ以上のことを、しようと、言うのか。


 そんなドキドキすることを言わないでほしい……、と思ったものの、彼女の続く言葉は想像したどれでもなかった。


「耳かきを、したくて」

「……耳かき?」


 妙なことを言う。

 俺が不審な声を出したから、彼女は身体を離した。

 離れることを惜しく思いながら、朝比奈の話に耳を傾ける。


「うん。佐野くんに、耳かきしてあげたいんだ。彼氏に耳かきをするだなんて、とっても恋人らしくない?」

「あー……、そう、かな……?」


 確かに、言われるとそんな気がしないでもない。

 ぴんとは来てないけれど、彼女がやりたい、と言うのなら俺に異論はない。

 何より、俺はされる側だ。

 しかし、大人しく従おうとして思い出す。

 慌てて、自分の耳に手を当てた。


「あ、ま、待って。よく考えたら、俺、最近耳掃除してない。きっと汚い。今日はやめよう」


 最後に耳かきした日を思い出せないくらいだ。

 してもらうにしても、ある程度は綺麗にして、人に見せられる状態にしたい。

 彼女に汚い耳を見せるわけにいかない、と思って言ったのに、彼女はむしろ嬉しそうな表情になった。


「何言ってるの。汚いから掃除するんでしょ? ほら、早く早く。耳かき貸して?」


 むしろノリノリになりながら、自分の膝をぽんぽんと叩いている。

 せっかく彼女が言ってくれるんだから、素直に従うべきだろうか……。

 観念した俺は、耳かき棒とティッシュ箱を彼女に手渡す。


「さ、どーぞ。彼女の膝枕です」


 おそらく照れ隠しなのだろう。

 朝比奈はそんなことを言いながら、膝の前で手を広げた。


「…………」


 しかし、これは照れる。

 照れ隠しをするのも頷ける。

 彼女はぺたん、と女の子座りをしているので、スカートが床に小さく広がっている。

 そこから太ももが伸びているが、白く、細くともやわらかそうだった。

 そこ、に、頭、を、載せる。

 いいんだろうか……、と躊躇いつつも、俺は意を決して頭を載せた。


「…………!!」


 そして、そのやわらかさに仰天する。

 膝枕って、こんなにすごい感触なのか……、さっきからすごい体験ばかりしている……、本当にすごいな女子って……。


「あは、これ結構照れるね……」


 そんな声が降ってくる。

 近い距離で朝比奈がこちらを覗き込んでいた。

 顔が近い。

 身体も近い。

 お互い、この体勢でいるのは恥ずかしかった。


「ほらほら、さっさと耳を出してくださーい」


 朝比奈にぐいぐいと身体を揺らされる。

 さっきから彼女と目が合っているのは、仰向けで寝てしまったからだ。


 耳掃除をするには、耳を出さなくては。

 つまり、横向きになる必要になる。

 俺は慌てて、寝返りを打った。

 ただ、これはこれで彼女の足とスカートが視界に入るので、緊張してしまう……。


「はーい、じゃあ掃除していきますねー……」


 朝比奈が囁くような声で言うものだから、ぞくっとした。

 耳元で話しかけられるの、妙なクセになりそうだ……。


 割と遠慮なしに耳をがしっと掴まれ、そのまま伸ばされる。

 耳が広がる感覚がする。


「おー……、これはこれは……。確かに汚れがだいぶ溜まっているねえ……」


 耳の穴を覗き込まれ、そう言われたものだから、カッと顔が熱くなる。

 耳の穴を見られるのも、汚いことを知られるのも、妙に恥ずかしい。


「い、嫌ならやめてもいいから……」

「ううん、そんなことないってば。汚れてる方がやりがいあるし……。あ、こら。大人しくしてくださーい」


 身体を動かすと、腕をぎゅっと握られる。

 仕方なく大人しくしていると、ふふっ、と笑い声が聞こえた。


「はい、いい子ですね。そのまま我慢しててね」

「………………」


 膝枕をして優位に立った気持ちになったのか、まるで子供に言い聞かせるような口調になる。

 今の姿勢と合わせて、めちゃくちゃ気恥ずかしい。


「さて、掃除していくねー……」


 朝比奈は俺の耳に顔を近付けながら、ようやく耳かき棒を入れていく。


「……?」


 しかし、耳かき棒は穴には入らず、穴の周りを掻いていた。

 スー……っと、耳の形に沿って動いているのだ。

 俺の知っている耳掃除とは違う。


「何してんの?」

「穴の中だけじゃなくて、ここら辺も汚れが溜まるんだよー……。耳掃除するときは、今度から気を付けてみて」


 そうなのか。

 てっきり、耳の穴だけ掃除すればいいものかと。


 棒の先端は耳に当てられたままスーッと動き、同じところを何度もカリカリと掻いた。

 そのたびに、微弱な刺激が耳を覆う。

 慣れない刺激と感覚に、ちょっとだけ困惑する。


 ……これは、気持ちいいのだろうか。

 なんだか不思議な感覚に、もぞり、と身体を動かしてしまう。

 すると、朝比奈は気の抜けた笑い声を漏らした。


「気持ちいい?」

「た、たぶん……」

「そっか。よかった」


 嬉しそうに言って、再び棒を動かす。

 あぁそうか、やっぱり気持ちいいんだ、これ。

 気持ちいいって感覚で合ってるんだ。


 そう受け入れると、急に快感の波が強くなった気がする。

 緩やかに甘く、スゥーっと掻かれる感覚に、身体の力が抜けていく。

 弱い刺激が快感へと変わり、さっきからずっと耳に与えられ続けている。

 彼女の手の動きはスムーズで、まるで掃除するべき箇所がわかっているかのようだ。


 耳たぶを掴み、緩く引っ張る。

 それだけでも、不思議と気持ちよさを感じた。

 耳は広がり、そこを耳かき棒がスゥっと通っていく。


「んふ」

「? どうしたの」

「いや、人に耳かきするのって久しぶりだから。前は弟にやってたんだけど、最近は嫌がってね。やらせてくれないんだ」

「弟っていくつ?」

「この前、中学生になったよ」

「あー……」


 そりゃやらせてくれないだろうな、と思う。

 中学生にもなってお姉ちゃんに耳かきしてもらうだなんて、恥ずかしすぎる。

 どうやら、彼女がやけに手慣れているのは、弟相手に経験があるからのようだ。


「はーい、じゃあそろそろ、メインにいきますねー……」


 うきうきした声を発しながら、朝比奈は手を動かす。

 一度、ティッシュで耳かき棒を拭ってから、再び俺の耳を覗き込んだ。


「これはやりがいあるなー……、佐野くん、掃除が終わったらきっとスッキリすると思うよ?」


 ……そんなに耳垢が溜まっているのだろうか。

 何とも不安に感じるが、むしろ彼女の声はますます元気になった気がする。


「……う」


 耳の穴に耳かき棒を突っ込まれる。

 容赦なく奥深くまで入れられて、若干不安になった。

 彼女は手慣れているから無いとは思うが、手元が狂えば大変なことになる。

 そんな箇所を他人に任せているというのは、何とも心許ない。


「はーい、綺麗にしていきましょうねー……」


 しかし、そんな不安は彼女の指の動きで、一気に吹っ飛んだ。

 穴に耳かき棒が入った瞬間に、だ。

 自分で掃除するときとは全く違う。


 彼女の指の動きは繊細で、かつ大胆だ。

 くいっ、くいっ、と何かを手繰り寄せるような手つきで、何度も耳の奥を甘く掻いていく。 

 その強弱の付け方が絶妙で、快感が同時に襲ってきた。


 弱く掻けば、ぞわぞわした震えるような快感。

 強く掻けば、ぞくっ! と背中を走る強烈な快感。


 手に力が入りそうになるのに、反面、身体から力が抜けていく。


「おー、取れる取れる……。奥にも溜まってるねー……、佐野くん、耳掃除するときに綿棒使ってない? 綿棒はいいんだけど、あんまり押し込んじゃダメだよ」

「お、おー……、わかった……」


 どうしても生返事になってしまう。

 彼女は話しながらも、決して手を止めない。

 慣れているからこその軽快な手つきは、途切れない快感を与え続ける。

 弱い電気が身体中を走るような感覚が、さっきからずっと続いていた。

 思わずもぞもぞと動きそうになるのを、必死で堪える。


「佐野くん、気持ちよさそうだね」

「あ、あぁ……うん……、気持ちいい……」


 声を掛けられて何とか返事をすると、「よかった」と彼女が笑う。

 これは……、すごいな……。いろいろと……。

 もしかしたら、弟が耳掃除を断るようになったのは、別の理由があるのかもしれない……。


「お……、奥におっきいのがある。これ頑張って取っちゃうね。痛かったら言ってね。すぐやめるから」


 彼女はそう言いながら、慎重に指を動かす。

 どうやら、奥に入り込んでいるのを一生懸命取ろうとしているようで、カリッカリッという音が聞こえている。


「……っ……」

「あ、痛かった? ごめんね?」

「いや、違う……。痛くは、ない……。大丈夫……」


 途切れ途切れに答える。

 痛くはないのだ。

 問題は、刺激が強いこと。

 今までとぜんぜん違う。

 ぶるっと震えそうな快感が、足の先から頭まできゅうっと上ってくるのだ。


 かりっ、と一掻きすればそのとおりに。

 かりっ、と二回掻けばさらに強くなり。


 一回一回、ぞぞぞ……、と快感の波が上がってくるのに、それが容赦なく何度も続けられる。

 きゅっと手に力を込めて、目を瞑った。

 これはやばい。

 何が、とは言えないが、とにかくおかしな気分になってくる。


「よし……、取れ……、そう」


 俺の気持ちを知らない朝比奈は、より気合を入れている。

 ぐぐっと前のめりになり、大きな耳垢と奮闘していた。

 どうやらそれは強敵らしく、なかなか取れない。

 その間、俺はずっと強烈な快感に晒され続ける羽目になる。


 でも、気持ちいい。

 気持ちよすぎる。 


 このままずっと続くのは困るけれど、終わって欲しくないジレンマ。

 だが、さすがにもう終わりに近付いている。

 おっ、と朝比奈が声を上げた。

 そのまま、かりっ、と一際強い音が鳴る。


「とーれた!」

「…………………………っ」


 嬉しそうに言っているが、その声もどこか遠い。

 今の俺は、ぞくぞくぞくっ! と強い快感に晒されていた。

 まるで耳に風が入ってきたかのように、スッキリとした心地よさと快感の残滓が混ざり合い、強烈な気持ちよさがいつまでも引いていかない。


「一番おっきいのは取れたから、あとは小さいのを処理してくねー……」


 彼女は再び耳掃除に戻る。

 手のスナップを利かせながら、手早く耳垢を取っていく。


 しかし、俺の耳にはまださっきの大きな快感が残っているし、それに上乗せしていく形でどんどん積み重なっていく。

 細かい快感が大きな快感といっしょにやってくる。


 手の動きが早いから、こちらが休まる暇がない……。

 ずっとぞくぞくしている……。

 もしかしたら、彼女はすごい腕の持ち主なのかもしれない……。


「よし、綺麗になったよー。わー、すっごいスッキリした」


 はしゃいだような声が降ってくる。

 彼女は嬉しそうに俺の耳を動かしながら、穴を覗き込んでいた。

 ぐにぐに、と耳を引っ張られるが、不思議と嫌な感じはしない。

 それどころか、どこか気持ちいい。

 もしかしたら、こういうマッサージなのかもしれない。


 しかし、次の行動には驚かされることになる。


「ふーっ……」

「わっ、ちょっと何してんの!?」

「あ、こら。動かないでってば」


 突然、耳に息を吹きかけられて、さすがに身体が動いた。

 朝比奈は不満げに俺の肩を掴んでいる。


「細かいゴミを取っちゃいたいから、息で飛ばしてるだけだって。ほら、大人しくしてて」


 彼女は何も意識してないらしく、平然とそんなことを言う。

 いや、でも、これは、される方からするとだいぶ、ちょっと、困る、んだけど……。

 とはいっても、ここで頑なに嫌だ! というのも……。


 仕方なく、俺は覚悟を決める。

 すると、彼女はそろそろと口を近付けてきた。


「ふーっ……」


 再び、耳に息を吹きかけられる。

 彼女の息が穴の奥にまで届き、鼓膜を揺らす。

 耳が風の音でいっぱいになった。


 これはこれで、また違う気持ちよさがある……。

 ぞくぞくっ、として、今までの快感をすべて思い出させてくる。

 でも、妙に恥ずかしいな……。


 一生懸命に耐えているのに、彼女は何度も息を吹きかける。

 身体がカチコチに緊張してしまう。

 彼女は息を吐いているだけだというのに、とんでもない威力だ……。


「はい。こっち側、おしまい。よく頑張ったね、えらいえらい」


 お姉ちゃんモードに入っているのか、ご機嫌そうに人の頭を撫でてくる。

 完全な子供扱いだが、悪い気分ではなかった。

 彼女の手が髪を撫で、緩やかに頭の形に沿って下りていく。

 ゆるゆるとした手つきながらも、丁寧な扱い。

 そんなふうにされるのは、ちょっと嬉しい……、と言ったら、さすがに気持ち悪いだろうか。


「はい、じゃあ今度は反対側やろっか」

「あ、あぁ、うん……」


 彼女に肩を揺らされ、体勢を変えようとする。

 しかし、そこではた、と動きが止まった。


 俺はこれ、どうすればいいんだろう……。

 そのまま寝返りを打てば、俺は彼女のお腹に顔を寄せることになる。

 目線もスカートの方に向けられる。


 それは、さすがに、まずいのではないだろうか……。


「どうしたの? ほら、早く早く。綺麗にしちゃおうよ」


 朝比奈はノリノリで催促してくる。

 見たこともない彼女の弟に思いを馳せ、君はどうしていたんだ……? と問いを宙に浮かべた。


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