ケース6 お姉さんのシャンプー・ヘッドスパ

「お、オシャレなお店だなぁ……」


 わたしは目の前のお店とスマホとで名前を見比べていたが、気付けばそう呟いていた。

 わかっていたはずなのに……。

 サイトで予約するときに、店の外見は載っていたし、中の様子も写真を見ることができた。

 掲載されている美容師さんはみんなオシャレで、すごく大人っぽい人ばかりだった。

 まるで別世界の人たちだぁ……、と思ったのをよく覚えている。


「で、でも……、わたしだって、お客さんだから……!」


 ぐっと拳に力を入れて、店を見据える。

 中学生だからって、オシャレな美容院で髪を切っちゃいけない、なんて法律はないはずだ。

 ……そう自分を奮い立たせても、やはり緊張してしまう。

 予約するときも手が震えたし、お母さんに髪を切りたいからってお金をもらうときも声が裏返りそうになった。


 でも、わたしだって、き、綺麗でオシャレになりたい……!

 自分の持っている服の中で一番大人っぽい、花柄のワンピースも着てきた。普段よりは大人に見えるはず。

 ……これも、お母さんが買ってきたやつだけど。


「まだ……、時間あるな……」

 

 遅れちゃいけない! と思って、予約の三十分前に来たのはいいけれど、あんまり早く入ってもお店の迷惑になりそうだ。

 少し時間を潰そう……、と思って、お店の周りをぐるぐると回る。

 心を落ち着かせたかったから、早く来てよかったかもしれない。


 ……と思っていたのも束の間。

 予約時間が近付けば近付くほど、緊張が高まってくる。

 逃げ出したくなる。

 こんなオシャレなお店で、わたしみたいなのが髪を切っても大丈夫だろうか。


 周りのお客さんに笑われたらどうしよう。

「ここは君みたいな子供が来るところじゃないんだよ」と店員さんに言われたらどうしよう。

 何度も自分の姿を確認してしまう。

 そんなに子供っぽくないよね? ……大丈夫だよね?


「あう……、緊張するぅ……」

 

 お店の近くをうろうろしていると、それがより高まる。

 何せ、本当にオシャレなのだ。

 白を基調にしたアンティークちっくな外観で、中の様子もあまり見えない。

 何も知らなければ、雑貨屋さんか何かに思うかもしれない。

 しかも、お高めの。

 とにかく、外観からしてオシャレオーラと自信に満ち溢れているのだ。


 あそこで髪を切るなんて、やはり無謀だろうか……。 

 服をきゅっと握りながら、店の前をうろうろする。 

 予約の時間までもう少し。

 どんどん怖くなってきた。後悔が押し寄せてくる。


「きゃ、キャンセルって直前でもできるのかな……」


 スマホを握って、弱気なことを呟いてしまう。

 正直もう帰りたくなっていた。

 こんな無謀な挑戦、やめておけばよかったかも……。


「あら」

「ひゃぅ!」


 スマホを持ってうろうろしていると、店の扉が開いて、だれかが出てきた。

 どうやら店員さんらしい。

 二十代半ばくらいのお姉さんで、腰にまで綺麗な髪を伸ばしていた。上品な栗色に染められていて、毛先がウェーブを作っている。

 上はブラウス、下はスキニージーンズのシンプルな服装だが、すらりと背が高いせいか、美容師、というよりはモデルさんのようだ。

 それを否定するように、腰にはハサミやら何やらが入ったポーチがぶら下がっている。


「ご予約のお客様でしょうか」

「あ、は、はい……」


 彼女に尋ねられ、コクコクと頷く。

 すると、お姉さんは「どうぞ、こちらへ」と店の中へ促してくる。

 こうなっては逃げることはできない……。

 覚悟を持って、店の中に踏み込んだ。


「わ……、中もオシャレだなぁ……」


 思わず、呟いてしまう。

 外観と同じく、アンティーク調で統一されていて、その雰囲気に大人っぽさを感じてしまう。

 店内には静かな音楽がかかっていたが、何の曲かはわからなかった。


「ありがとうございます」


 お姉さんがにこりもせずに言う。

 さっきから笑顔もなく愛想もないが、不思議と嫌な感じはしなかった。

 

「どうぞ、おかけになってお待ちください」


 しっとりとしたウィスパーボイスで、椅子を手で示されたので、大人しく従う。

 すると、お姉さんは何やらファイルを持ってきた。


「初めてのお客様ですね。こちらのアンケートにお答えください」

「は、はい……」


 お姉さんはわざわざわたしの前に屈みこみ、目線を下にしてファイルを渡してくれる。

 一人前のお客さんとして相手してくれるのは嬉しいけど、わたしの目線は低いので申し訳なかった。


 アンケートの内容はどんなふうに切ってほしいか、どんなイメージをしているか、というもの。

 初めてなうえにあまり考えたことのないものばかりで、アンケートには四苦八苦した。


「はい、ありがとうございます。では、こちらへどうぞ」


 お姉さんはアンケートを回収すると、店の奥へと案内してくれる。

 歩いていくと、ほかのお客さんが目に入った。

 女性ばかりだが、わたしのような中学生は見つからない。

 ほとんどが大学生や社会人のお姉さんに見えた。どの人も垢抜けていて、この美容院に相応しい感じがする。

 高校生らしき人もいたけれど、「なんで高校生なのにそんなにオシャレなんだろう……」と思うくらいに、キラキラしていた。


 思わず、下を向きながら歩いてしまう。


「こちらでもう少々お待ちください」


 通されたのは、奥まったところにあるちょっとしたスペースだった。

 さっきの人たちは広いところで並んでカットされていたけれど、ここは三人ほどしか入れないようだ。椅子と鏡がその数しかない。

 そして、今はだれもいなかった。

 ほかの人といっしょに切られるのは嫌だな、と思っていたので嬉しかった。


「よろしければ、こちらを読みながらお待ちください」

 

 タブレットを渡される。

 どうやら雑誌がいっぱい入っているらしく、これで好きなものを選んで読めるらしい。

 子供っぽい雑誌を渡されたらどうしよう、と思っていたのでほっとした。


 わたしがタブレットを受けると、お姉さんはどこかに行ってしまう。

 不思議な雰囲気の人だった。

 なぜかわからないけれど、あの人に切ってもらいたかったので、いなくなってしまったのは残念だった。


「……どれくらい待つんだろ」


 ひとりになって、少しだけ余裕が戻ってくる。

 この場所はほかの人たちからも離れているようで、人の声が聞こえてこない。

 退屈だから雑誌を読もうかと思ったけど、タブレットの使い方がよくわからなかった。


 前の鏡には、今の自分の姿が映っている。

 肩より下まで何となく伸ばした髪に、子供っぽい顔立ち。

 髪型を変えたら、わたしでももう少し大人っぽく見えるだろうか。


「……ふん……、ふん……、ふん……」


 現実から目を逸らすように、目を瞑って鼻歌を口ずさむ。

 どれくらいで美容師さんは来てくれるだろう。

 やさしそうな人だといいなぁ……。


「お待たせいたしました」

「ひゃうっ!?」


 突然、すぐ後ろから声が聞こえて飛び跳ねてしまう。

 目を開けると、いつの間にかさっきのお姉さんが後ろに立っていた。

 全く気が付かなかった。

 心臓がドクドクと嫌な音を立て、あることに気付く。


 あの……、鼻歌、聞いてました……?


 まさか尋ねるわけにはいかない。

 鏡を見ると、顔を真っ赤にしたわたしが肩を小さくさせていた。


「今日は、『大人っぽい感じに切ってほしい』とのことでしたが」


 お姉さんが、わたしの髪に触れながら囁いた。

 どうやら、このお姉さんが切ってくれるらしい。

 それはありがたいけど、気配なく後ろに立つのはやめてほしい……。


「お客様?」

「あ、は、はい……、大人っぽくしてほしいです……」


 慌てて答える。

 彼女はわたしのアンケートの答えを口にしていた。

 そのとおりだ。大人っぽくしてほしい。


「そうですか……、大人っぽく……、ですね……」


 お姉さんはわたしの頭を見ながら、髪に指を入れる。

 それが少しだけくすぐったい。

 嫌な感じでは決してないけど、ぞわぞわとした感覚になる。


 お姉さんの指が髪を揺らし、小さな力で引っ張ったりする。

 そのあと、乱れた髪を頭を撫でるようにして直した。

 子供扱いされるのは嫌なのに、その動作はなぜか心地よかった。


「では、このくらいのボブにするのはいかがですか。お客様でしたら、ぐっと大人っぽくなると思いますよ」


 お姉さんが囁き声で言う。

 その声は妙に耳に心地よく、するりと耳の中に入っていった。 

 くすぐったい感じがして、ぞわぞわする。

 不思議と気持ちがいい。

 ……声が気持ちいい、ってなんだろう?

 おかしな感想だなぁと思いつつ、わたしは言葉を返した。


「あ、そ、それでお願いします……」


 お姉さんにお任せした。

 わかりました、と彼女は無表情のままで言う。

 すぐにカットに入るかと思いきやそうではなく、彼女はわたしの頭を軽く撫でていた。

 ……? 何をしているんだろう。


「お客様。今からシャンプーをしたいと思うのですが、新規のお客様にはヘッドスパのサービスを行っております。よろしければ、いかがでしょうか」

「へっどすぱ……?」


 聞き慣れない言葉に首を傾げる。

 すると、お姉さんはさらさらとわたしの髪を指でなぞった。


「ヘッドスパとは、頭皮をマッサージ、クレンジングなどでケアをすることによって、血行をよくしたり、毛穴に詰まった汚れを取り――」

「………………?」


 お姉さんは淡々と説明してくれるが、よくわからない。

 サービスだから受けてもいいような気はするけれど、知らないものを受けるのは抵抗がある。

 だから断ろうと思ったのだけれど、お姉さんは耳元に口を近付けて、肩に触れながらこう言った。


「様々な効果がありますが、とにかく、気持ちがいいのです」


 ぞくりとする。

 耳元で聴く彼女のウィスパーボイスは、背中にぞくぞくとした快感を送ってくる。少しくすぐったく、甘い刺激が鼓膜を揺らす。それが脳にまでゆっくりと伝っていく感じだ。

 ……そんな声で、気持ちがいいとか言わないでほしい。


「じゃ、じゃあお願いします」

「はい」


 思わず、首を縦に振ると、お姉さんは少しだけ微笑んだ気がした。でも、気のせいかもしれない。


「それでは、こちらにどうぞ」


 お姉さんに誘導されて、また別の場所へと歩いていく。

 なんだか薄暗い部屋だった。

 リクライニングチェアがいくつか並んでおり、その後ろには洗面台がある。

 ここだけは別の音楽が掛かっている。

 小さな音で、何やらゆっくりとしたのんびりした曲だ。

 それと。


「……いい匂いする」


 何の匂いかわからないが、爽やかな匂いがする。


「シャンプーかオイルの匂いかもしれません」


 返事をされてはっとする。

 鼻歌に続いて、独り言まで聞かれてしまった……。


「こちらへおかけください」


 顔を赤くしていると、一番奥の椅子に案内される。

 そこに腰掛けると、ゆっくりと椅子が後ろへ倒れていった。

 洗面台にまで頭が下がる。


「首、苦しくありませんか」

「だいじょうぶです」

「はい。それでは、前を失礼します……」


 お姉さんが、わたしの顔に布をかける。視界が塞がれたので、目を瞑った。

 次の瞬間、ザー……、という音が耳に届く。

 それがすぐにわたしの頭に当てられる。お湯だ。お湯がわたしの髪をゆすいでいく。

 ちょうどいい温度のお湯が髪や頭皮を濡らしていき、身体から力が抜けていく。


「お湯の温度、大丈夫ですか。熱くないですか」


 お姉さんに囁かれ、さらに肩の力が抜ける。


「だいじょうぶです……」

「わかりました。熱かったら、言ってくださいね」


 ざぶざぶ、と音が鳴る。

 髪を濡らしながら彼女の手が髪をかきわけ、後頭部までしっかりと熱が届いた。

 温かい。すっかりいい気持ちになる。ほう、と息が自然と漏れた。

 様々な角度からお湯が頭に降りそそいでいく。


「シャンプーしていきますねー……」


 かしゃかしゃ……、というプッシュ音とともに、彼女からそう囁かれる。

 今度はやさしく、髪に触れられた。

 十本の指を使って、しゃこしゃこしゃこ……、と丁寧に洗われていく。

 決して爪は立てず、指の腹を使ってぐしぐしと。揉みこむような手つきだ。

 適度な力加減でわしゃわしゃと髪を洗われて、とても気持ちがよかった。

 人に髪を洗ってもらうのって、なんでこんなに気持ちいいんだろ……。


「痒いところはありませんか?」

「だいじょうぶ、です……」


 気の抜けた声が口から漏れる。

 しばらくの間、わしわしと洗われていたが、心地いい時間はすぐに終わる。

 シャワーが再びかけられ、シャンプーが洗い流されていく。

 ざぶざぶと髪が洗われるのは、これはこれで気持ちがいいが、もう終わってしまうのが残念だった。


「では、ヘッドスパに移っていきますね」


 あ、と思い出す。

 そういえば、サービスでヘッドスパをやってもらうんだった。

 話で聞いたときにはピンとこなかったけれど、一体どんな感じなんだろう。


「炭酸のスプレーを行うので、ちょっと冷たいかもしれません」


 そんなことを急に言われる。

 炭酸?

 冷たい?

 何それ、と思っていると、何やらシュプー! という音が耳に響いた。


「……っ」

「冷たかったですか? すみません」

「いえ……、大丈夫です……」


 ひゃっ、という声を何とか飲み込む。

 頭皮に何かを当てられたかと思ったら、次の瞬間、冷たいものが頭皮に入れられたのだ。

 ……入れられたのだろうか? 感覚的には、頭に直接何かを入れられた感じがした。

 それがまさしく炭酸で、しゅわしゅわーとしたものが頭に残っている。

 しゅわしゅわしゅわ……、と音を立てて、パチパチと弾けていた。

 なんだか不思議な感覚だ。小さな刺激が一点に集まっている感じ。

 それを立て続けに、シュプー! と何度も打たれた。


 しゅわしゅわしゅわ。


 たくさんの細かい刺激が頭を覆う。

 なんだろ……、よくわかんないけど……、気持ちいいな……。


「それでは、頭を揉んでいきますね」


 お姉さんはそう言うと、指を再びわたしの頭に当てた。

 それにぐっと力を込められる。頭皮がきゅっとなった。

 そのままぐいー、ぐいー、と揉まれる。

 これもまた未知の感覚だ。頭皮がいっぱい動かされている。

 頭のマッサージってことなんだろうか。

 とても気持ちがいい……。

 肩の力が抜けて、はぁと息を吐きたくなった。

 

「お客様、頭皮が少し赤いですね」


 突然、そんなことを言われる。

 頭皮が赤い? 何を言っているんだろう。

 今まで自分の頭皮なんて見たことはないけれど、赤くなっている様なんて想像できない。


「はぁ……。赤いと何があるんでしょうか……?」

「頭皮の血流が悪いと赤くなったりします。原因は様々ですが、たとえば、睡眠不足とかストレス」

「あぁ……、それかもしれません。この前までテストだったので……」


 連日、眠い目を擦りながら必死で勉強していた。

 そのおかげはあったと思うので、今日はこうして髪を切りに来たのだ。


「そうですか。そのせいで頭皮が固いのかもしれませんね。目の疲れ、運動不足、ストレス……、あとは同じ姿勢でいるのもよくありません」


 お姉さんは解説しながら、ぎゅっぎゅっと頭を揉んでくれる。

 布のせいで表情は見えないけれど、お姉さんが笑ったような気がした。


「今日は、頭皮の血行をよくして、頑張った頭をやわらかくしてあげましょうね」


 頭を揉む手を止めない。

 十本の指に力が入り、頭全体を彼女の長い指が這っていく。

 時折、撫でるように弱い力でさらりと触れられるのが、くすぐったかった。

 緩急のある力加減は絶妙で、ここの穏やかな空気も相まって、うとうとしてくる。 

 ぼんやりとしていると、お姉さんがまた笑った気がした。


「どうぞ、眠っても大丈夫ですよ――」


 ぞわぞわと耳の奥を揺らす声に、わたしは徐々に眠りへと引きずり込まれてしまう。

 その間も、ぎゅっぎゅっとお姉さんは頭を揉んでくれている。

 頭から疲れやストレス、悪いものがすべて出てきて、水に流れていくようだった。


「――お客様、お疲れ様でした」

「ふぁい……」


 声を掛けられて、眠りの中からゆっくりと覚醒する。

 ずっと心地の良い世界にいたからか、起きても意識はぼんやりしていた。

 だらん、と身体の力を抜いていると、椅子がゆっくりと起き上がる。


「失礼します」

 

 お姉さんはそう言うと、わたしの頭にタオルをかぶせた。

 わしゃわしゃわしゃ……、と髪を拭いていく。

 シャンプーもそうだけれど、自分がやらなきゃいけないことを人にやってもらっていると、なんだか気持ちがいい。

 普段のわたしなら面倒がって、タオルで適当に拭いたあと、ドライヤーで雑に乾かしている。

 けれど、お姉さんは高級な絹を扱うような手つきで、丁寧に、ゆっくりと拭いてくれた。

 力もごくわずかしか入ってないので、少しだけくすぐったい。その淡い刺激が、またぞくぞくした快感を送り込んでくる。

 されるがままに髪を拭かれるのは、とても贅沢な気がした。


「――はい、お疲れ様でした。それでは、戻りましょう」


 お姉さんは頭からタオルを離す。

 気持ちいい時間が終わることを残念に思いながら、わたしは立ち上がった。 

 お姉さんが先導するので、わたしは後ろからぽやぽやとついていく。


「んむ……」


 まだ頭の奥がはっきりしない。ねむい。

 思わず目を擦っていると、お姉さんが前を向いたまま言った。


「髪を切っている間、眠っていても大丈夫ですよ」

「ふぁい……、ありがとうございます……」


 眠っていてもいいのなら、その方がありがたい。もとより、話

は得意ではなかった。

 さっきと同じ場所に戻ってきて、再び椅子に腰掛ける。


「失礼します」


 お姉さんがクロスをわたしに掛けようとしたので、手を前にまっすぐに伸ばす。

 するりと入って、そのままてるてる坊主のようにされる。


「――――では、――先ほどの、――大人っぽい感じで――」


 お姉さんが何かを言っているが、ほとんど頭に入ってこない。

 静かで、耳心地のよい囁き声。すぐ耳元で子守唄を歌われているみたいだ。

 それに加えて、ハサミの音が聞こえてくる。

 規則正しい、しゃき……、しゃき……、という音。

 時折、かつん、からん、と聞こえてくる小さな金属音。

 それらが合わさると、眠気を強める音楽に変わっていく。


 たまに、指がわたしの頭に触れられる。

 確認するように、さらりさらりと。

 まるで頭を撫でられているようで、それも不思議と気持ちがいい。

 さっきのシャンプーのときから、わたしは眠りの沼から抜け出せていない。

 気が付けば、先ほどより深い眠りへと沈んでいった。


――


「こちら、200円のお返しです」

「あ、ありがとうございます……」


 お姉さんからお釣りを受け取る。

 結局、最初から最後まですべてこのお姉さんに対応してもらった。

 今も、レジの前に無表情で立っている。


 わたしは、無意識で短くなった髪に触れる。

 すっかり目が覚めた今でも、頭には快感の残滓がある。指が触れた瞬間、ぞわぞわした感覚が戻ってきそうだった。

 髪型はありがたいことに、希望していた大人っぽいものにしてもらった。


 とはいえ、元々の顔立ちが幼いために、それほど印象は変わっていない。

 これはわたし個人のせいではあるのだけれど。

 今度は、また別の髪型にしてもらおうかなぁ、と考えてしまうのだった。


「ありがとうございました」


 お姉さんがゆっくりと頭を下げる。

 その姿を見ていると、自然に口から言葉がついて出た。


「あの……、また、お姉さんにやってもらうことって、できますか……?」

 

 彼女はわたしの言葉に、少しだけ目を見開いた気がした。

 そこで、わずかに、ほんのわずかに口元を緩める。


「えぇ。いつでも、お待ちしております」


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