第10章 ひと時の平和

第93話 ドラゴンや魔物たちの、給与問題


 さて、どうしたものか…。僕は今まで途轍もなく大事なことを、見落としていた。人間や亜人たちには給与を支払ってきたが、ドラゴンや魔物たちに給与を支払っていなかった……。


 僕はすぐに着替えて、ピノネロと相談を──痛てっ!

 なんだ、天魔刀てんまとうか、てかこの刀どれぐらいの長さなんだ?


 【伝えます。天魔刀の刀身の長さは70センチメートルで、柄の長さは20センチメートルです】


 ふ〜ん。つまり全部合わせると90センチメートルか。

 つーか、そんなことよりも、早くピノネロに相談しないと。


 僕は思念伝播の権能を使い、大事な話しがあるから、すぐに教皇宮殿の僕の自室に来てくれと、ピノネロに伝えた。


 数分後、ピノネロは走って僕の自室まで来た。


 「教皇様! だ、大事な話とは?」


 「あのさぁピノネロ。その話しの前に、お前って毎月どれぐらい仕事報酬の金貨貰ってるの?」


 「は? 仕事報酬の金貨ですか? 私は金貨500枚ですが」


 「え? お前って行政府長官だろ? それがたったの金貨500枚?」


 僕の問いに対し、ピノネロは当たり前のように語り始めた。


 「確かに立法府長官としては、少ない額かもしれませんが、私は金貨500枚でも充分過ぎるほどの額だと思っています。現在の富国強兵政策の中で、上に立つものだけが大金を貰い私腹を肥やす事をすれば、国家の財政が破綻します」


 う〜む。ごもっともな意見。貴族や商人にも聞かせてやりたい。


 「話しついでに、私からもご質問があります。教皇様は仕事報酬の報酬を貰っていますか」


 「え? そんなの必要ないから、考えたことも無かった」


 「では、報酬は貰っていないのですね?」


 「うん。そうだね」


 「素晴らしい!」


 うお! 何だよいきなり。ピノネロのテンションが上がったぞ。


 「まさに上に立つ者の鏡です」


 「いや、だって王様とかだって金貨なんて貰ってないじゃん」


 「ですが、自分の地位を利用して好き放題しています。これは仕事報酬を受け取るよりも、度し難い。ですが教皇様は、自ら先頭に立ち我々に仕事を与えています。その上、この国を豊かにする事も率先して考え、教皇様が次々に改革を行い、我々はいつも教皇様の後を追いかけている。やはり教皇様は上に立つ者の鏡です」


 そ、そんなに褒めるなよ。なんか照れるじゃん。

 と言うか、僕の話しなんて、今はどうでもいいの!


 「悪いピノネロ。褒めてくれるのは嬉しいんだけど。今日お前を呼んだのは、大事なことがあったからなんだ。人間や亜人は仕事の報酬として、給与を出しているだろ? アヴィドの住人にも出してる。でも今さらだけど、気が付いたんだ。ドラゴンや魔物に給与を出していなかったんだよ……」


 「大事な話しとは、そのことですか。確かにドラゴンや魔物たちには給与を出していませんね。しかし、お金とは使わなければ経済が滞ってしまいます、すると一気に財政難になってしまうのです。ドラゴンや魔物たちは教皇様を異常なまでに敬っています。もし、ドラゴンや魔物たちに教皇様から給与を出したら、どうなるか解りますよね?」


 「……もしかしてだけど。その給与を家宝にするとか」


 僕がそう言うと、ピノネロは大きく溜め息をついて、話し続けた。


 「教皇様が、一番お解りではないですか。私もドラゴンや魔物たちに給与を出すか、深く考えましたが、彼らは教皇様の力になれる事が、一番の幸せなのです。ですから給与を出すのは控えた方が……それよりも、冒険者ギルドのハイポーションとポーションを、定価の半額で売るのは利益になりませんよ。そっちの方を何とかして下さい」


 「いやいや、ちゃんと利益は出てるよ。だって、ハイポーションやポーションは、エリクサーを薄めただけだろ? エリクサーなら僕が大量に復元してるから、コストかかってないぞ」


 「では、教皇様が何かしらの理由で、テレサヘイズを長い間、留守にする必要がある場合、そのエリクサーは誰が作るんですか?」


 「それはちゃんとレシピがある──あっ! そのレシピだけど、作るのにかなり費用がかかるんだった……」


 ピノネロは頭を抱えている。


 「では、すぐに定価に戻して下さい」


 「申し訳ないが、ピノネロのお願いでもダメだ。あれは、この巨大城郭都市の名物品でもあるんだから。しかも、噂を聞きつけて、集まった冒険者はこの巨大城郭都市を見物するだろ? そうすると、腹も減るわけだ。腹が減ったら、飯屋が儲かる。ついでにガリョー四兄弟にも、この街の工房で働いてもらってるから、質の良い武器や防具もたくさんある。それを見た冒険者は買いたくなるってことだ」


 「つまり、教皇様がハイポーションやポーションを、定価の半額で売っているのは、各地から数多くの冒険者を集める為と?」


 「大正解。て言うか、また本題から離れてるよ! 僕はどうしても、ドラゴンや魔物たちに給与を支払いたいんだ。何とかならない?」


 ピノネロは腕組みをして考え始めた──と、その時。ウーグがなぜか僕に話しがあると言って、僕の自室に入ってきた。しかも今回はちゃんとノックをしてから、入ってきたのだ。


 それもそのはず、僕の自室の扉には、ノックをして入って来ない者とは話さない。という張り紙が貼ってあるからだ。


 「教皇様。俺っちの情報を甘く見ないで欲しいっす」


 「え? 一体なに?」


 「アグニスさんとボデガスさんの件ですよ。俺っちは聞いたんすよ。二人が好きなラーメンを100杯食べられる、引き換え券を持っている事を」


 僕はその時、青天の霹靂のように強烈な閃きが、脳内を駆け巡った。


 「それだ! ウーグ!」


 「え? もしかして、俺っちにも引き換え券を?」


 「違う! 給与のことだ!」


 ウーグは何が何やらさっぱりわからない表情をしている。が、ピノネロは勘が鋭いタイプである。僕の考えを理解してくれたようだ。


 「もしかして教皇様は……」


 「そう! そのもしかしてだ。給与として金貨を与えたら、家宝にする可能性がある。だが、生き物は食欲には逆らえない。つまり、給与を食べ物の引き換え券にすれば良いんだよ」


 「確かに。それなら家宝にせず、教皇様からの恵みと考え、食べたい時に使えますね」


 「でしょ? じゃあ決まりだな。ドラゴンと魔物たちの給与は、食べ物の引き換え券にしよう」


 僕とピノネロが盛り上がっていると、ウーグが僕に訊いてきた。


 「あの〜。俺っちにも引き換え券を……」


 「おいウーグ。お前は立法府長官だろ? 毎月どれぐらいの給与を貰ってるんだ?」


 「俺っちっすか? 金貨700枚です」


 「ピノネロより多いじゃねーか! さっさと、その金で飯食って来い!」


 僕が大声を出すと、ウーグは怖がってしまい、走って退室してしまった。


 しかし、ピノネロよりもウーグの方が、たくさん給与を貰ってるなんて……何だか解せぬ……。


 「では、私は急ぎ、ドラゴンと魔物たちに配る、食べ物の引き換え券を作成してきます」


 「ありがとうピノネロ。それと急に呼び出してごめん」


 「いえいえ、教皇様がドラゴンや魔物たちを、ただの配下としてではなく、国家の一員として考えておられる事に、感銘を受けました。では私はこれで失礼します」


 そう言うと、ピノネロは一礼をして、僕の自室から退室した。


 はぁ……これで、ドラゴンと魔物たちの給与問題は解決したな。


 まあ、平和じゃなければ、こんな事を考えている余裕もないのだが。


 無理だとは思っているが、この平和がずっと続けば良いのにな……。

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