第59話 味の大革命、魅惑のタレで大宴会


 王宮の中庭に行くと、もう全員揃っていた。


 「遅いっすよピーターさん! 早く行くっすよ!」


 見ると、すでにアグニスの光り輝く転移魔法陣が出来上がっていた。


 てか、皆の方が早過ぎるんだよ。こっちは大広間で、一人ぼっちの大戦争をしていたんだぞ。


 まあいいや、とにかく早く僕も転移魔法陣の上に乗らないと。


 皆の驚く顔が目に浮かびますな〜。


 「何よ、一人でニヤニヤして」


 「え? 別にニヤニヤなんかしてませんよ。ヒュ〜ヒュ〜」


 吹けない口笛を吹き誤魔化すが、アグニスは塩が手に入らなかったことで、かなりご立腹のようだ。


 それじゃあ行きますか。宴会に!


 「全員乗ったわね。それじゃあ転移するわよ」


 毎度の如く、美しく煌めく魔法陣の上に乗り、眩い閃光に包まれた。そして、その閃光の輝きが、薄くなり、目の前はミストスの街の大広場に転移した。


 午前に来た時とは大違いだ。

 30万人の吸血鬼たちが、街の中を飛びまわっている。

 街の中も溢れんばかりのランタンの灯りで、彩られ活気に満ちている。


 それに何と言っても、街がデカいので、店や露店が至るところにある。


 「ほえ〜。これがミストスの街の、夜の姿か……」


 「そうよ。夜は私たち吸血鬼の独壇場なのよ」


 その時、厳つい声が僕の後ろでアグニスを呼んだ。


 「アグニス! 聞いたぞ。両親からルストの街を、追放されたそうだな」


 その声はマラガール公の声だった。


 「ヒッ! ま、マラガール公様……お元気そうでなによりです」


 「今日の朝に会ったばかりだろ! それと追放の件だ。今回ピーター様のおかげで、食糧難の飢餓状態だったミストスの街は救われた。貴様もその食糧難を助ける一助として、粉骨し故郷であるミストスの街を救った。故にルストに移住した、貴様の両親に私が直接出向き、アグニスの追放を免除するように命じ貴様の両親は承諾した。アグニスよ。これで貴様は自由にルストの街に行けるようにしておいたぞ」


 あの〜、その件ですが〜。当の本人は自由気ままに、追放されてもルストの街を出歩いてましたよ。なんて、言えないよな。


 「ありがとうございます! マラガール公様! これで私は晴れて自由にルストの街に行けるようになりました。感謝の言葉もございません」


 そして畏まった態度で一礼するアグニス。

 ……このタヌキめ。いけしゃあしゃあと、お辞儀までしやがって。


 「良かったな……これで! 堂々! っと! ルストの街を! 歩けるな!」


 「な、何だか口調がおかしいですよ。ピーター様。私は追放が免除になって、心から嬉しく思っているのです」


 おいおいおい! お前この! いつも僕のこと呼び捨てにしてるし、敬語も使ってないじゃないか!

 マラガール公の前では猫被りやがって!


 「所でピーター様。大変恐れ多いのですが、宴会に誘ってもてなす側なのに、現在、塩を切らしておりまして……そのままの焼いた肉になってしまうことを、お許しください」


 来たぞ。待ってました! その台詞!


 「ご心配には及ばないぞマラガール公! 30万人分の塩ならある!」


 それを聞いて一番驚いていたのは、アグニスだった……。

 僕は30万人分の塩を、インベントリから出した。


 そして、シートの上に乗った、山盛りの塩を見て──塩も巨大なビンの中に入れてくれば良かったと、今さらになって思う……。


 だが、30万人の吸血鬼たちが、山盛りになった塩を、せっせとビンの中に入れてくれたので、巨大な塩の山は、数分で跡形もなく大広場から消えた。


 それに吸血鬼たちも、塩をビンに詰めている時に、大喜びだった。


 「ピーター様。何から何まで有難うございます」


 「いやいや。礼には及ばないって。この塩も今回の戦争で色々とごたついた、迷惑料的な感じで軽く受け取ってくれ」


 そう言うと、マラガール公から恭しく一礼されてしまった。

 しか〜し! 塩よりも凄い物を持ってきたんだよね〜。


 「マラガール公……例のブツ、持ってきたぜ……!」


 「は、はあ……一体何の事でしょうか?」


 「え? あ、いや。ごめん。ちょっと言ってみたかっただけ」


 マラガール公は、こう言うノリは苦手なようだ。


 「では、もう宴会の準備は出来ていますので、この大広場で待っていて下さい。聞けい! ピーター様より宴会に必要な塩まで頂いた! 今日は思う存分、食って飲んで楽しめ! だが決してピーター様たちには粗相の無いように! 解ったか!」


 そして僕と、エルと、アグニスと、ピノネロと、ウーグと、四獣四鬼の皆で大広場で待つことにした。


 しかし吸血鬼さんたちは四獣四鬼の面々を見て、少し怖がっているようだ。それも仕方ない、ケルベロスに、キングベヒーモスに、フェニックスに、イクシオンに、イフリートに、シヴァに、タイタンに、オーディン。


 まあ、四獣四鬼は結界の外にいたから、急に連れてきてビビったのかな。多分、僕でもビビると思うが──とにかく一番の心配だったのがタイタンだ。大広場よりも大きくて、街を破壊したらどうしようという懸念があったが、ミストスの街のデカさを逆に思い知らされた。


 あのタイタンが街の大広場の中にいても、まだまだ面積に余裕がある。


 よかったよかった。っと、待てよ。タイタンって確か、バルルマヌルで勧誘──じゃなくて、仲間にしようとした時に、ダンジョン内の鉱物を食べていたよな……。


 「おーいタイタン! お前って肉は食うのか?」


 「ピーター様。私は鉱石以外は食べませんが。何か問題でもありますか?」


 「え? いや……ないない。ちょっと聞いてみただけ。因みに鉱石ならどんな鉱石が好きなんだ?」


 「そうですねぇ。ミスリル鉱石やプラチナ鉱石です」


 「解った! 有難う!」


 やっば! 急いでタイタン用の鉱石を、物質創造で具現化せねば!

 だって一人だけ飯抜きとか、宴会なのに可哀想だ。


 えっと──ミスリル鉱石にプラチナ鉱石──よし。想像完了!

 

 ミスリル鉱石にプラチナ鉱石よ大量に出ろ。


 その瞬間、宴会の広場で輝く鉱石が夥しく具現化され、広場を埋め尽くさんばかりに燦然と光っている。


 「な、何と! これは貴重なミスリル鉱石にプラチナ鉱石ではないですか。まさかこれも我らに?」


 「あ、いや。ごめんマラガール公。これはタイタンの食事なんだ。あいつ鉱石以外食べないからさ」


 「いやいや、これは失礼しました! では改めまして──みなの者! 宴会を始める! 今宵は存分に楽しもうぞ!」


 『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』


 そして出るわ出るわ、肉、肉、肉! しかも全部が塩味!


 でも最初は抵抗あったけど、魔物の肉も結構イケるな!


 だが、今日は違うのだよ!


 「おいアグニス。このタレを付けて、そのコカトリスの肉の串焼きを食べてみろ」


 僕はインベントリに入っている、焼き鳥のタレを少しだけ出して、皿の上にタレを乗せて、アグニスに出した。


 「うげ、何よこの泥みたいな液体」


 「いいから騙されたと思って、食べてみろ!」


 僕がアグニスに食べるように勧めても食べないので、僕が手本となり食べた。


 「う、美味いいいいい!!」


 ああ、思えば、転生してから、塩味ばっかだったもんな〜。この甘辛のコッテリ濃厚なタレが、コカトリスの肉に合う合う。


 「ちょ、ちょっと私にも食べさせなさい──美味いいいい!! 何よこれ? アナタこれ魔法で作ったの?」


 「それは秘密だ! マラガール公! ちょっと来てくれ! 食べさせたいものがあるんだ」


 そしてマラガール公にも、タレのついたコカトリスの串焼きを食べさせた。


 「な、何と美味な。こんな味は始めてです」


 それじゃあ吸血鬼の皆や、エルにピノネロにウーグに四獣四鬼の皆にも、食べてもらおうかな。僕がせっせと、物質創造の権能で下準備したタレの数々を!


 まずはインベントリの中から──焼肉のタレだ!

 そして僕は宴会で盛り上がってる中、巨大なタレの入ったビンを取り出した。


 「おーい! みんな! 塩もいいけど、このタレを付けて食べてみてくれ!」


 すると、巨大なビンの中に入ったタレを見て、物珍しそうに眺めている。さらに、マラガール公が美味そうに、今度はタックルホースの馬刺しに焼肉のタレを付けて食べていたので、その場にいる全ての吸血鬼たちが我先にとタレを付けて食べ始めた。


 すると──もう止まらない! まるで洪水のように吸血鬼の皆が焼肉のタレを付けて、タックルホースの馬刺しを食べ始めた。


 まあ、そりゃ普通に美味いよね。


 「おーい! エルにピノネロにウーグ! それと四獣四鬼の皆も、このタレを付けて食べてみな!」


 最初は皆、遠慮がちだったが、キングベヒーモスが先頭に立ち、マウンテンコブラのステーキにタレを付けて食べると……。


 「何だああ!! この美味さはああああ!! と、止まらない!!」


 そんな光景を見て、他の面々もタレを付けて食べてみると……これまた、止まらない。


 「おーい! タレの種類はまだまだあるからな!」


 そう言うと大歓声が沸き起こった。


 僕はせっせと、インベントリの中の巨大なビンを出すのに苦労していると、タイタンが手伝ってくれた。なんていい奴なんだ。大地の温もりを感じる。


 そしてタイタンと一緒に、タレが入った巨大なビンを出しまくった。


 まずは生姜焼きのタレに、次はてりやきのタレ。まだまだ行くぞ!

 今度はステーキのタレを一気に出す。まずは定番のステーキのタレ、さらにステーキのニンニク風味のタレ、それから和風おろし風味のタレだ!


 ビッグウルフのステーキに、マウンテンコブラのステーキ、ハイオークのステーキ。どれもこれも皆、無言で食いまくっている。


 まさかここまで、タレの味を気に入るとは。

 

 恐るべし──タレ!!


 タレと肉ばかりでは飽きるので、途中休憩でサハギンの塩焼きも食べたが、やはり塩も美味い。特にタレばかりで口の中が濃い味になっているので、サハギンの薄塩味がまた美味い。


 さてとお次はフレイムタイガーとタックルホースだが、コイツらは刺身で食べる事にした。タックルホースは馬刺しだからいいとして──やはり僕でも、虎刺しが美味いのかどうか判らないが、今は宴会だ! 食べてなんぼだから、初挑戦で恐る恐る食べてみた──が、コイツがかなりイケる。しかも引き締まった筋肉の虎の刺身は歯ごたえがあって、噛めば噛むほど美味い!


 そして最後はコカトリスの焼き鳥。


 もうこれは、誰が食べても美味いの一言だった。


 しかし食べたな〜。吸血鬼の皆もタレの味の魔法に、驚いていたが、エルやウーグが美味いと言って食べる中、まさか冷静沈着なピノネロが我を忘れて、美味い美味いと言いながら、タレを付けた肉にがっつく姿を見て、思わず噴飯してしまった。


 そんなこんなで、皆がタレの虜になり、いつも以上に食べてしまった者たちで、大広場は溢れかえっている。余りに食べ過ぎたので、吸血鬼なのにお腹が苦しくて飛べない者が続出し、吸血鬼たちは地面に転がっている。

 まさかマラガール公まで食べ過ぎで、地面に転がっている姿を見た時は、笑いを我慢するのに必死だった。


 何ともまあ、だらしが無い姿ではあるが、それだけタレのパワーが半端なかったのだろう。


 アグニスからは、今度こっそり自分用に欲しいとせがまれるし、エルも自分用に欲しいとうるさかった。


 ウーグは商人魂に火がついたのか、このタレを商品として売るなら、金貨何枚にするかの相談をされ、ピノネロは戦争に行く兵士にだけ、特別に兵糧の中にタレも追加すれば、タレで肉を食べる欲求に負けて、戦争に行く志願兵が続出するだろうから、兵糧にタレを追加するべきだと僕に熱弁する始末……。


 さらに四獣四鬼の皆も、タレを付けた肉を食べ多いに喜んでいた。

 魔獣や魔人は本来、生食で味も無い肉を食べているから、これは味覚の大革命だったみたいだ。


 まあ、結論から言うと、僕はただ肉に塩だけでは無く、タレを付けて食べるのも美味いから、皆にそれを解って欲しいだけだった──のだが。まさかここまで破壊力があるとは……。


 いや〜ただの宴会がタレの効果で、食うわ食うわの大宴会になった。


 よし。ルストに帰還したらタレ以外にも、物質創造の権能を活用して、皆がいつも笑って活気がある街作りに取り組むぞ。


 こうして、吸血鬼の街ミストスの宴会が終わり、僕たちはマラガール公や吸血鬼たちに見送られる中、転移魔法陣でルストの王宮の中庭に転移し、各々が解散していき宴会はタレのおかげで、皆が満足し僕の計画も大成功に終わった。


 その計画の内容とは……果たして異世界の住人にも、僕が前世の時にお世話になった、タレの味を気に入ってくれるか、実際に食べてもらう計画である。


 そして計画の結果は、タレの効果は思った以上に高評価だったので成功だ。次は──やはり忘れてはいけない、中華料理だ。


 はぁ……愛おしいラーメン。待ってろよ!

 すぐに物質創造してやるからな!


 そんな事を思いつつ、僕の住み良い街作り計画の思案は、どんどん膨らみ、そのまま寝ようと思ったが……テンションが上がってしまい、僕一人で参謀会議室にこっそり行き、参謀会議室に置いてある紙とペンを出し、住み良い街作り計画書を書いていたら──いつの間にか朝になっていた。


 もう朝か……取り敢えず、これからは四獣四鬼たちも会議に参加できるように、大きな執務室も作らなければ。そんな事を眠気の中で考えていると、知らないうちに参謀会議室で僕は寝落ちしていた。



 第6章・完

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