第51話 50万人の兵士が忽然と消えた、驚愕の『リスタ川の戦い』
最初に述べておこう。我が国の圧勝でこの戦いは幕を閉じた。
魔獣の力も魔人の力もドラゴンの力も、ましてや僕のスキルも補助的なスキルしか行使せず、攻撃スキルはいっさい行使していない。
では一体何が起こったのか──その一部始終を語ろう。
まず夜になると、約20キロメートルほど離れた場所に、テレサヘイズとエンジェルヘイズが互いに野営をすることになった。
野営場所は、下は暴れ川と上は小高い丘に挟まれた中央の隘路である。
その野営は相手の陣地からでもよく見えるほど、明るくせよとのピノネロの指示があり、無数の松明や巨大な焚き火で濃霧に負けないぐらいの赫赫と燃えたつ野営陣地となったのだ。
そして、早朝になりエンジェルヘイズがまず半分の50万の軍勢で、我が国の10万の寡勢に襲いかかってきた。
そこまでは普通の戦いだ。
しかし、この場所の地形は上は小高い丘、下は暴れ川に挟まれた隘路になっているので、いくら兵士の数が多くても、一列の行軍縦隊になって進むしか無い。
加えて朝早くの濃霧の中、今までの行軍で略奪行為ができない焦土作戦を行った事により、エンジェルヘイズの兵士たちにはストレスが溜まっていた。そこへなんと、濃霧の中から荷馬車の音が鳴り響いたのだ。
その音を聞いたエンジェルヘイズの兵士たちは、荷馬車を
そして、先行部隊が濃霧の中で荷馬車を略奪すると、中には我が国テレサヘイズの兵士が乗っており、荷馬車の中から突如、耳を聾するほどのラッパの音が鳴り響いた。
と、同時に、隘路を塞ぐ形で濃霧の中から我が国の兵士が壁を作るような陣形で待ち伏せしており、その兵士たちと応戦していると、エンジェルヘイズの兵士たちは信じられない地獄を味わう事になる。
それは、夜中のうちに野営陣地から密かに小高い丘まで移動し、エンジェルヘイズの野営陣地の目と鼻の先まで行軍し待ち伏せしたのだ。この時は流石にピノネロからスキルの行使をお願いされ、大宮殿さんに相談すると、アルティメットスキル全能之結界者の権能の一つ、気配遮断結界を行使する事により、敵軍に悟られる事なく行軍できたのだ。
そして地獄のラッパの音が早朝に鳴り響くと、視界を奪われた濃霧の中から小高い丘で待ち伏せしていた兵士たちが突如現れ、敵軍を包囲する大奇襲が始まり、矢の雨や投げ槍を間伸びし戦列が乱れた隘路に放ったのだ。
エンジェルヘイズの指揮系統は大混乱し、そのまま何も見えない濃霧の中で、エンジェルヘイズの兵士たちの退路までもテレサヘイズの軍が襲い、逃げ場を遮断し前からも後ろからも閉じ込めた。
さらに第二のラッパの音が鳴ると、その号令で第二の待ち伏せ部隊の奇襲が始まり、濃霧などでの白兵戦が得意な部隊も加わると、戦場は濃霧の中でエンジェルヘイズを一方的に負かした。その勢いのまま攻め続けると、暴れ川にエンジェルヘイズの兵士たちが逃げようと飛び込むが、流石の暴れ川に為す術なく呑み込まれ、溺死する者も多数いたのだ。
では、夜中の野営地の明かりは一体なんだったのか?
それはエンジェルヘイズに対し、テレサヘイズは野営地にいると思い込ませ安心させる為の罠だった。
つまり、早朝まで炎で明るかったテレサヘイズの野営地には誰もいなかったのだ。
そして、待ち伏せをされている事など露知らず、隘路を行軍していたエンジェルヘイズの50万の軍勢を、テレサヘイズ率いる10万の軍勢で見事、完封したところを押しに押し、50万の軍勢は濃霧の中で死んでいった。
その50万の軍勢の中には、エンジェルヘイズの三大将軍も軍を率いていたが、なんと三大将軍も濃霧の中で戦死することになった。
この奇跡とも呼べる待ち伏せ作戦は、ピノネロの策と僕のスキルでの勝利と言っても過言ではない。
しかし、僕一人だけなら、この策は思いつかなかっただろう。そして、濃霧に隘路に深夜に敵国の野営陣地近くまでの移動をし、待ち伏せして濃霧の中からの奇襲。
これらを考えると、参謀会議室でピノネロがなぜ高い機動力と戦闘力に優れた5万の騎兵を捨て、歩兵と槍兵と弓兵にするように言ったのか理解できる。
なぜなら、こんな濃霧と隘路の中では騎兵は逆に邪魔になるからだ。
さらに、この驚愕の事実を知らない。エンジェルヘイズの後続部隊である50万の軍勢に、先行部隊の50万の軍勢が忽然と消えたと思わせる為に、午前と午後と深夜の三回に分けて、ごく僅かな時間だけ濃霧が薄くなる時間を把握しているので、濃霧が薄くなる前に怒涛の進軍速度で、一気に我が国の兵士たちは敵国の野営地の退路まで行き、小高い丘の中に伏兵として待機した。
そこからが、この戦いの決め手となったのだ。濃霧が薄くなり、前方が確認できるようになると、先行していた50万のエンジェルヘイズの軍が壊滅し、消えていたのだ。その光景を目の前で確認したエンジェルヘイズのゴーヌ王や近衛兵団の士気は完全に失われた。
大橋を壊すようにピノネロが指示したのも、大橋から敵軍が渡河して逃げられないようにする為の策である。
そして、50万もの大軍を数時間で失ったエンジェルヘイズは撤退を決め、流石のゴーヌ王も残った50万もの軍勢に伝えた。
「我々は大敗を喫した……!」と。そう言い残し退却するエンジェルヘイズだったが、それを許すピノネロでは無い。
またもや、隘路が濃霧に包み込まれると、三度目の最後のラッパの音が鳴り響いた。すると、濃霧がエンジェルヘイズの野営陣地を包み込むのと同時に、先程の敵国野営陣地の退路の前で待ち伏せしていた伏兵部隊で、退却しようとする敵国の野営陣地を破竹の勢いで奇襲し、敵国の野営陣地を包囲すると、松明や火矢を投げつけ、まさに炎の地獄を創り上げた。これこそ、始めは処女の如く、後は脱兎の如しである。
10倍以上の兵力差にあぐらをかいて、こちらが怖気づいているものだとばかり思い、戦術の一つも考えなかったエンジェルヘイズの完全敗北に他ならない。
その苛烈な攻撃で死者は40万に及び、合計でエンジェルヘイズの戦死者は90万人という、異常な数の損失を叩き出した。ここでエンジェルヘイズの残された軍勢10万のグリフォン隊が、決死の戦いに打って出ようとするが、またもや濃霧と、燃え上がる炎で濛々と立ち込める煙により、地上での様子を把握することが困難になり加勢する事が出来なかったのだ。
その混乱極める戦場の中で遂にエンジェルヘイズのゴーヌ王を捕虜にする事に成功し、それを知ったグリフォン隊は、王の命と引き換えに降伏しエンジェルヘイズに引き返す様に命じ、自国に撤退させた。
この戦いで我が国が負った損失は兵士2万人である。決して少ない数ではない。だがこれは偉大な功績と言っても過言ではないだろう。まさに戦場のアーティストこと天才ピノネロの策にエンジェルヘイズは呑み込まれたのだ。
そして──残されたゴーヌ王だが、我が国に連れて行き尋問した結果、やはりマギアヘイズからの脅しにも近い挙兵命令だったらしい。
しかし、挙兵し、同盟を一方的に破棄してきたのはゴーヌ王のほうである。他国に命令されたから、などと言う子供じみた言い訳が通用するわけもない。そして、エンジェルヘイズの大臣からゴーヌ王の引き渡しに身代金を払うと言ってきたので、大金貨10億枚だとピノネロが決めると、エンジェルヘイズは大金貨1億枚が限界だと言い、それを承諾することになる
。
これもピノネロの罠であった。
ピノネロは僕に、「これからは、対等な同盟国家として、再度同盟を結びたいから、我が国で宴を開きたいので、エンジェルヘイズの大臣は全員参加して欲しい」と、言って欲しいと頼まれたので、そのように伝えた。
そして王の引き渡しと、エンジェルヘイズの大臣全員を呼んでの大宴会が開かれたが、ピノネロの号令でまたしても、宴会場は血の海と化した。
なんと王も、エンジェルヘイズの全ての大臣も、殺したのだ。
僕がなぜ殺したのか詰問すると、ピノネロは「弱っている毒ヘビは、今は大人しいですが、また力を付ければ襲ってきます。しかし毒ヘビの頭さえ取ってしまえば体は何の役にも立ちません。すなわちエンジェルヘイズは王と大臣の全てを失えば、自然と無力化され降伏するのです」と恭しく頭を下げて、僕に進言してきた。
その言葉は実際のものとなった。エンジェルヘイズの王、ゴーヌ・ボスターと、その取り巻きの大臣全てが、宴の席で殺された事を知ったエンジェルヘイズは、次の王を決めることもできず、大混乱に陥った。
ここで最後のピノネロの具申を聞かされた。それは僕が10万のテレサヘイズの軍勢と、大金貨1億枚で傭兵団10万人を一時的に雇い、合わせて20万の軍勢でエンジェルヘイズの王都に行き、ただ、「今すぐ城を明け渡せば、残ったエンジェルヘイズの兵士や民の命は、決して粗末に扱わないと誓おう」と、言ってくださいと具申されたのだ。
因みに、この大金貨1億枚は、虐殺の宴が始まる前に、ピノネロがしっかりと身代金を貰っておいたから、傭兵団10万人も一時的に雇うことができた。
さらに驚くことがある。ピノネロの具申通りに王都の門で、言って欲しいと頼まれた言葉を言うと、門が開き無血開城でエンジェルヘイズを併呑する事に成功したのだ。
ここまでが天才参謀長ピノネロの、国取り策の一部始終である。
あの時は、少しピノネロが興奮して「小国を攻め落とす」なんて言ってたけど、あいつ本気で攻め落とす綿密な計画を考えていたんだな。
しかしこれで、リリウヘイズも同盟を真に認めるだろう。
さらに言えば──戦争は事後処理の方が大変だが、領土が拡大した事により、兵力や民も増える。そのことでより、マギアヘイズに対しての牽制が強くなるという事だ。
加えて、ピノネロの言う通り、魔獣の力も、魔人の力も、ドラゴンの力にも頼らず、ましてや僕のスキルも補助的に使い、周囲には、兵士の力と策略だけで勝った、侮れない国だと公に認めさせることが出来た。
これで、ピノネロがいなかったら、魔獣や魔人やドラゴンを総動員して戦って、勝つことはできても、そんなことをしたら魔王の国なんて言われかねない。ピノネロはそれを回避し、他国に常識ある国だが、敵に回すと恐ろしい国でもあるとアピールする事に成功したわけだ。
いやまあ、凄い参謀長だとは思ってたけど……まさかこんなに早く、多勢のエンジェルヘイズを寡勢のテレサヘイズがスムーズに併合してしまうとは……。
僕は返り討ちにするだけだとばかりに思っていたので、この国取りは嬉しさ半分、また政治の仕事が増えて、ドラゴンの里で宴会ができない悲しさ半分と言った気持ちだ。
しか〜し! これで決定だ! なんとしてもピノネロを、テレサヘイズの参謀長にするんだ!
というか、ピノネロの奴もテレサヘイズのこと、なんだかんだで気に入ってるみたいだし──すんなり参謀長になってくれるだろう。
でも今日は本当に疲れた──とにかく政治とかの細かいことは、明日にして休むとしよう。
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