【5話・後編】授業の中で芽吹く約束

席に着くと、柑奈かんなさんが私に声をかけてきた。


愛月あいづきさん、来月テストがあるじゃん。私、勉強苦手でさ、教えてほしいんだ」


その言葉に、一瞬心臓が縮むのを感じた。人と関わることに対する不安と恐怖が胸に広がる。過去の経験がフラッシュバックし、心の中で警鐘が鳴り響く。


「他の人の方が教えるの上手だよ」


私はそう答えた。自分が役に立てるとは思えなかったし、彼女との関わりを避けたいという思いが強かった。


しかし、柑奈かんなさんは少しも引かずに言った。


「いや、愛月あいづきさんがいいの。だからお願い」


彼女の真剣な眼差しが私を射抜く。その瞳の中には、純粋なお願いと信頼が感じられた。それでも、私の心は過去の傷に囚われていた。関わりたくない、また傷つくのが怖いという思いが頭をよぎる。


ふと、朝霞あさかくんに助けを求めようと彼の方を見た。しかし、彼も喋るのが苦手だということを思い出し、自分で何とかしなければならないと感じた。


「どうして私なの?」


と少し驚いて尋ねると、柑奈かんなさんは笑顔で答えた。


愛月あいづきさん頭いいし、可愛いから」


その言葉に少し戸惑いながらも、断る勇気が出ず、しぶしぶ了承してしまった。心の奥底には、関わりたくないという気持ちと、断れなかったことへの重たい気分が広がっていた。


「ありがとう、愛月あいづきさん。今度一緒に勉強しようね!」


柑奈かんなさんは嬉しそうに言い、私は彼女のその笑顔に少しだけ心が和らいだが、その背後には不安と重たさが残っていた。彼女の言葉が胸に響き、自分が少しだけ特別な存在になれた気がした反面、その責任が重く感じられた。


放課後、図書室で朝霞あさかくんとまた会うことができた。いつもの場所で、二人並んで本を読む。図書室の静寂が心地よく、窓から差し込む柔らかな光がページを照らしている。静かな図書室の中で聞こえるのは、ページをめくる音と時折の筆談の音だけ。時折筆談を交わして微笑み合うその時間が、私にとって何よりも大切なひとときだった。


(朝から夕方まで、朝霞あさかくんと一緒だな……)


と心の中で呟いた。とても居心地が良く、穏やかな時間が流れていく。しかし、ふと疑問が胸に浮かぶ。


朝霞あさかくんはどう思っているんだろう。私は彼にとって、同じように大切な存在だろうか。


心を読んでみようと思ったけど、躊躇してしまう。見るのが怖い。この関係が崩れるのが怖い。中学生の時、親友だと思っていた人やクラスメイトたちから拒絶された過去がフラッシュバックする。


朝霞あさかくんの顔を見てみる。彼は爽やかな顔で本を読んでいる。その姿が、私の心に小さな安らぎを与えてくれる。しかし、その静けさの裏側には、またいつか心の雨が降り出すのではないかという漠然とした不安が忍び寄っていた。


朝霞あさかくんが今どう感じているのかを知りたいけれど、その気持ちに触れる勇気が出ない。それでも、彼の隣で過ごすこの時間が、私にとってかけがえのないものになっていることは確かだった。心の中で彼への感謝と温かさが広がり、私は彼の存在を大切に感じていた。それでも、目を見てしまったら心を読んでしまうのが怖くて、視線をそらしてしまう自分がいた。


この幸せな時間がいつまで続くのだろうかと、胸の奥で小さな不安が影を落としていた。



⛆⛆⛆⛆⛆⛆⛆⛆⛆⛆⛆⛆⛆⛆⛆⛆⛆⛆⛆⛆⛆⛆⛆⛆⛆⛆⛆⛆⛆⛆⛆⛆⛆⛆⛆⛆⛆


次回、第6話:雨のち花


孤独な昼休み、心結は柚月の誘いを断り、不安を募らせる。


午後の授業後、二人だけの静かな教室で、柚月から問い詰められる心結。


柚月の真剣な気持ちに押され、心の奥底にある思いを打ち明ける瞬間が訪れる。


果たして、涙の中で芽生える新たな友情と、心に灯る希望とは──。


⛆⛆⛆⛆⛆⛆⛆⛆⛆⛆⛆⛆⛆⛆⛆⛆⛆⛆⛆⛆⛆⛆⛆⛆⛆⛆⛆⛆⛆⛆⛆⛆⛆⛆⛆⛆⛆

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る