【6話】雨のち花

新しい高校生活が始まってから、1週間が経った。教室内は少しずつ慣れてきた生徒たちの笑顔や楽しそうな声で満ちている。


昼休みが始まり、教室内は昼食を取る生徒たちの楽しそうな声で満ちていた。私は一人で席に座り、お弁当を取り出す。周囲の女子たちが何か話しているのが耳に入り、不安が胸を締め付けた。


目を伏せたまま、お弁当の蓋を開けると、すぐに隣の席の柑奈かんなさんが声をかけてきた。


愛月あいづきさん、こっちに来て、みんなと一緒に食べようよ」


柑奈かんなさんの方を見ると、他に4人の女子が楽しそうに話しているのが目に入った。楽しげな笑い声が教室のあちこちに響き、彼女たちの輪に加わるのが怖くてたまらなかった。


柑奈かんなさんには少しだけ心を開いていたけれど、まだ他の人たちとの交流が怖くてたまらない。過去の傷が心に残っていて、勇気がなかなか湧いてこない。


「ごめんね、柑奈かんなさん。私はここでいいの……」


小さな声で答えた。


柑奈かんなさんの表情が一変し、少し怒ったような声で問い詰めた。


「どうして?理由を言ってくれなきゃわからないよ!」


視線を下に向けたまま、答えることができなかった。


その瞬間、教室の後ろから


「早く食べよー!」


と他の女子たちの声が聞こえ、柑奈かんなさんはため息をついて戻っていった。


私は再び一人になり、弁当を見つめながら自分の弱さに苛立ちを感じた。新しい環境に馴染むのは簡単ではなく、過去のトラウマが心の壁を作っている。


(どうして私はこんなに弱いんだろう……)


そう思いながら、お弁当を手に取り、少しずつ口に運んだ。




午後の授業が始まり、時間が過ぎていく。教室には静かな空気が流れ、黒板に書かれた文字を見つめながら、心を落ち着けようとしていた。周囲の生徒たちは授業に集中しているように見えるが、時折耳に入る小声の会話が気になって仕方がない。


授業の合間の休み時間になると、再び教室内がざわめき始めた。生徒たちが立ち上がり、友達同士で話したり、教室の外へ出て行ったりする中、私は机に伏せていた。


朝霞くんとの書記担当は先週で一度終わり、次は再来週にまた回ってくる。私も朝霞くんもこんな感じだから、クラス内では接点が無い。早く放課後になってほしい。


そんな中、周囲の女子たちが楽しげに話している声が耳に入り、不安が胸を締め付ける。


(また何か言われてるのかな……)


心の中でそう呟きながら、周囲の視線が気になって仕方がない。教室の一角でグループになって話している女子たちの視線が、ちらちらとこちらに向けられているように感じる。楽しそうな笑い声が響く中で、自分だけがその輪に入れない孤独感が押し寄せてくる。


(どうして私はこんなに気にしてしまうんだろう……)


過去の出来事が頭をよぎる。以前、友達だと思っていた人たちに裏切られた経験が、心を傷つけ、他人との距離を置かせている。目を合わせることが怖くて、他人の心を読んでしまう能力が、ますます孤立感を深めていた。


その時、ふと気配を感じて顔を上げると、柑奈かんなさんが近づいてきていた


愛月あいづきさん、ちょっと話があるの」


柑奈かんなさんの声に、少し戸惑いながらも頷いた。柑奈かんなさんは腕を軽く引っ張り、空いている教室に連れて行った。ドアが閉まると、教室の喧騒が遠くなり、二人だけの静かな空間が広がる。


「何かあったの?さっきからずっと落ち着かないみたいだけど」


視線を下に向けたまま、震える声で答えた。


「私のことは放っておいていいよ……」


柑奈かんなさんの表情が一変し、さらに怒った声で問い詰めた。


「だから!理由を言ってくれなきゃわからないよ!どうして避けるの?」


下を向いたまま、答えることができなかった。心の中で葛藤が渦巻き、過去の記憶が蘇る。そんな時、柑奈かんなさんが強引に顔を両手で押さえつけ、無理やり顔を上げさせた。


「下ばっかり見てないで、私の目を見てよ!」


柑奈かんなさんの力強い言葉に、目を閉じたまま抵抗したが、柑奈かんなさんの決意に押し負けてしまう。無意識のうちに目を開けると、柑奈かんなさんの瞳が目の前に迫っていた。その瞬間、柑奈かんなさんの心を読まされることになった。


柑奈かんなさんの心の中には怒りと心配が混じり合っていたが、その奥底には深い悲しみと優しさが感じられた。彼女の心の声が胸に直接響いてくる。


『どうして、愛月あいづきさんはいつも自分を閉じ込めるの……』


『昔の私と同じようになってほしくない……』


柑奈かんなさんの心の中には、過去の辛い経験が見え隠れしていた。彼女もかつて、友達に裏切られたことがあるようだった。その痛みを知っているからこそ、心に寄り添いたいと思っているのが伝わってくる。


明るい性格で友達が多く、男子にもモテていた彼女。それに周囲の女子は嫉妬し、柑奈かんなさんを集団で無視した。孤独に追いやられた彼女の苦しみが、まるで冷たい風が吹き荒れる荒野のように感じられた。


柑奈かんなさんが、どれだけの孤独と戦ってきたか。その中で彼女がどのように立ち直り、強くなっていったか。その過程が、少しずつ見えてきた。彼女の心の奥にある優しさと共感が、私の心にしみわたっていく。


柑奈かんなさんも、こんなに辛い過去を乗り越えてきたんだ……)


その思いが胸に広がる。柑奈かんなさんが乗り越えてきた苦しみと、今こうして自分に手を差し伸べてくれるその強さが、心を動かす。


「ごめんね、柑奈かんなさん……」


震える声で言った。


「私、昔、友達に酷いことを言われて、それで、怖くて……」


過去が少しだけフラッシュバックする。


「父親死んだらしいよ。」


「同情してもらおうと可愛い子ぶってるんじゃないの、気持ち悪い」


その言葉が心に突き刺さり、息が詰まりそうになる。涙が溢れ、手が震える。あの時の孤独と絶望が再び胸を締め付ける。


しかし、目の前の柑奈かんなさんの瞳は優しく、温かい。彼女の心からの寄り添いが、過去の傷を少しずつ癒してくれる。


「大丈夫だよ、心結ここなちゃん。私はあなたの味方だから」


柑奈かんなさんのその言葉が心にしみ込んでいく。涙が止まらないまま、私は柑奈かんなさんの抱擁に身を委ねた。


「私もごめんね、無理にみんなと一緒にいなくてもいいよ。まずは、私と二人でいよう。心結ここなちゃんが慣れるまで」


その言葉に心の中で安心感が広がるのを感じた。柑奈かんなさんの優しさに触れ、彼女の目には新しい景色が映り始める。


「ありがとう、柑奈かんなさん……」


「だーめ。友達なんだから、柚月ゆづきって呼んで、心結ここなちゃん」


「うん、柚月ゆづき……ありがとう」


心の奥底から湧き上がる温かい感情が、私を包み込み、涙が止まらないまま、二人は強く抱き合った。その瞬間、初めて心の底から友達と呼べる存在を得たのだと感じた。


教室に戻ると、周囲のざわめきが再び耳に入ってくるが、以前とは違って心に重くのしかかることはなかった。柚月ゆづきの手を握りながら、これからも一緒に歩んでいこうと心に誓った。


未来への希望が少しずつ広がっていくのを感じた。



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次回、7話:泳ぐたこさんウインナー


柚月は心結にべったりで、心結は少しずつ元気を取り戻していく。


柚月が朝霞颯太も誘って、3人でお弁当を一緒に食べることになった。


柚月の元気さに颯太は驚きつつも、初めての3人ランチタイムで、3人の絆が深まっていく。


そんな中、颯太意外な特技が明らかに──。


おたのしみ!


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小夜時雨の約束 ゆきのあめ @yukinoame

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