【1話・後編】雨に沈む心
入学式が終わり、再び教室に戻ると、担任の先生がクラスメイトの自己紹介を始めると言った。座席が一番前なので、私が最初になってしまった。
緊張して、視界がぼやける。震える足を抑え、なんとか立ち上がるが、喉の奥が締め付けられるように感じた。
「
と、声を絞り出した。喋れたことにほっとする反面、失敗したという思いが胸を締め付け、席に着くとすぐにうつむいてしまった。
(やっぱり、怖い……)
そう心の中で呟きながらも、乾いた拍手が響く教室の中、視線を感じるのが怖くてさらに俯いた。何人かのクラスメイトが小声で何かを話しているのが聞こえたが、それが何なのかまでは分からなかった。ただ、私の胸に重い不安が広がっていくのを感じた。
次に、後ろの席にいる男の子が自己紹介をする番になった。椅子を引き、立ち上がる音が聞こえたが、そのあとに音は無く、教室中が静まり返った。しばらくしてからやっとひとことが聞こえた。
「あ、
彼は何度か深呼吸をして、震える声で一言ずつ自己紹介を続けた。教室内が静まり返り、その緊張感が伝わってきた。彼の頑張る姿に、私は心の中で応援していた。
「私と同じように、緊張してるんだ……」
彼の不器用さに共感を覚えた。似たような不安を抱えていることが感じられ、少しだけ気持ちが落ち着いた。他のクラスメイトが自己紹介を続ける中、私はただその声を聞いていたが、心ここにあらずで、彼の頑張る姿が頭から離れなかった。
午前中の説明が終わり、昼休みになった。クラスメイトたちはそれぞれグループを作り楽しそうに話していたが、私は一人お弁当を広げた。周囲の笑い声や楽しそうな会話が耳に入ってきて、その度に孤独感が増していく。まるで自分だけが違う場所にいるような感覚だった。
すると、隣の席のグループにいた女子が声をかけてきた。
「
彼女はたしか、隣の席の
「え、ええっと……」
私は小さな声で答えたが、彼女の目を見れずに視線を逸らした。目を合わせることで、どう思われているのか知りたくなかった。もうあんな思いはしたくないという恐怖が心を締め付け、思わず目を伏せてしまった。心の中で、どうにかして会話を続けなければと焦る気持ちが募ったが、言葉が見つからなかった。
「ほら、一緒に食べよ!緊張してるの?」
彼女は明るい声で続け、私の手を取ろうとした。その積極的な態度に圧倒されながらも、私はただ首を横に振るだけだった。
「ご、ごめんなさい……」
顔を上げることができず、私は小さな声で答えた。心の中で、もっと積極的にならなければと思いながらも、その一歩が踏み出せない自分に嫌気がさしていた。
彼女は少し困ったような表情を浮かべたが、すぐに笑顔を取り戻し、
「うーん。分かった!今度は一緒にお昼食べようね」
と言い、元気よく手を振りながら友達のところに戻っていった。
その後も私は一人でお弁当を食べ続けたが、彼女の優しさと自分の不器用さが頭から離れなかった。教室の賑やかさが逆に孤独感を強調し、周囲の笑い声や会話がどんどん遠く感じられた。
「これじゃあ、高校生活が上手くいくわけないよね…」
小さなため息をつきながら、私はお弁当の箸を静かに置いた。孤独感が胸に重くのしかかり、先の見えない不安が心を押しつぶしていた。
昼休みが終わりに近づくころ、再び
「ねえ、
その言葉に私は少し驚いたが、彼女の真剣な表情に心が揺れた。言葉が出なくて、ただ頷くだけだったが、彼女の温かい笑顔は心に染み渡るようだった。
「ありがとう……」
私は小さな声で答えたが、それ以上は何も言えなかった。それでも、彼女は微笑んで頷き返してくれた。その瞬間、少しだけ心が軽くなった気がした。
しかし、その一方で、こんなに良くしてくれる彼女を信じられない自分に罪悪感を覚えた。どうしても心を開けない自分が嫌でたまらなかった。彼女の優しさが私の心に響けば響くほど、自分の心の中の闇が際立つように感じた。
(私はなんて駄目なんだろう……)
心の中でそう呟きながら、目の前にいる彼女の顔を直視することができなかった。嬉しかったけれど、その優しさが逆に自分を追い詰めるような気がしてならなかった。
彼女の背中が遠ざかるのを見送りながら、心の中でまた一つ、負の感情が増えていくのを感じた。明るく振る舞う柚月の姿が一層まぶしく見え、その反面、自分の無力さが痛いほど身に染みた。
心の中で自分を責める声がどんどん大きくなり、胸が締め付けられるような痛みを感じ、自分に対する失望が心を蝕んでいくのを感じた。
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