【1話・前編】雨に沈む心
どしゃぶりの雨が私を打ち付けていた。雨粒が私の涙そのもののように、心の奥深くまで染み込んでくる。あたりは薄暗く、ただ雨音だけが響く中、私は孤独にその場に立ち尽くしていた。
突然、遠くの方から、男の人のような叫び声とドンと鈍い衝撃音が雨を伝って響いてきた。
(逃げなければ――)
ここにいてはいけないという謎の恐怖感が胸を締め付け、足を動かそうとする。
だが、まるで足が地面に縛り付けられているかのように、動くことができない。冷たい雨が肌に当たるたびに、刃物が肌を切り裂くような痛みが走る。その痛みが私の心にまで達し、過去の苦しみと恐怖が蘇ってくる。
(やだ、こないで。お願い、こないで。こないで、こないで、こないで!)
心の中で必死に叫びながら、目を閉じ、耳を両手で塞いだ。心臓の鼓動が耳の中で爆音のように鳴り響き、逃げ場のない恐怖に押しつぶされそうだった。
(誰か、助けて――)
心の中で祈り続ける。冷たさと痛みが全身を包み込み、まるで氷の檻に閉じ込められたかのような絶望感が押し寄せた。
それから何秒経っただろうか。時間の感覚が失われ、恐怖の中でひたすら祈り続けた。
恐る恐る目を開けようとした瞬間、背後から冷たい手が私の肩に触れた。
「――っ!」
全身が凍りつくような感覚に襲われ、私は瞬時に現実へと引き戻された。見慣れた天井が目に飛び込んできた。心臓がバクバクと鳴り、体は冷たい汗で濡れている。夢だったことに安堵しながらも、その夢が現実の不安とも重なり、私は深いため息をついた。
「
お母さんの優しい声が耳に入る。私は布団の中で体を丸めていたが、お母さんの声に応じて重い体を起こした。
「今日からまた学校か……」
春の訪れとともに、新しい高校生活が始まる。カーテンを開けると、窓から差し込む朝の光が部屋を照らすが、その輝きは私の冷え切った心を溶かすことはなかった。
階段を下りると、キッチンからお母さんが朝食の準備をしている音が心地よい背景音となって響いてきた。
お母さんの背中は少し疲れているように見えるが、私に向けられる笑顔はいつも温かい。1人で育ててくれている母に心配をかけたくない、だから明るくふるまわなければ。
「おはよう、
「お母さん、おはよう。少しだけ…でも大丈夫だよ」
私は心配させないように笑顔を見せながら答えた。お母さんは私の顔をじっと見つめ、心配そうに目を細めた。
私には、2年前のあの事件以来、目を合わせるとその人の心の中が見える力が生まれた。
私は心配そうに見るお母さんの顔を見上げ、目を合わせてみる。
その瞬間、まるで透明なベールが目の前に広がるような感覚に包まれた。お母さんの瞳の奥に映る心の声が、まるで囁くように私の心に響いてきた。
『本当に大丈夫?』
優しい水の波紋のように広がり、私の心に届く。お母さんの深い愛情と不安が交錯しているのが感じられる。
『無理をしてないかな』
遠くから聞こえる風の音のように柔らかく響いた。お母さんの思いやりと心配が、私の心の中で渦巻いていく。
『とても心配だわ……』
重く沈んだ石が水面に落ちるように深く私の心に届いた。お母さんの顔には微笑みが浮かんでいるけれど、その瞳の奥には揺れ動く感情が隠されているのがはっきりと見える。
お母さんの心の声を聞きながら、私は胸が締め付けられるような感覚に襲われた。
あの事件以来、私の心は壊れてしまい、その後の出来事がさらに私を追い詰めた。でも、お母さんにはもうこれ以上心配をかけたくない。だからこそ、私は心の中で強く誓った。
「お母さん、そんなに心配しなくても大丈夫だから」
私はそう言って、なんとか笑顔を作った。お母さんはため息をつきながらも、私の言葉を信じてくれているようだった。
「分かった。
お母さんの言葉に少しだけ励まされた私は、食卓に用意されていた朝食を食べ、シャワーを浴びることにした。シャワーの水が冷えた体を温め、少しずつ緊張を解きほぐしてくれる。
部屋に戻り、学校指定の青いセーラー服を着て、白いリボンを結び、鏡の前で髪を整える。お気に入りの髪留めで髪を結び終わると、少しだけ気持ちが落ち着いた。
鏡の中の自分に、
「大丈夫、頑張らなきゃ……」
私は自分に言い聞かせ、鞄を持って靴を履いた。
「――いってきます」
お母さんは玄関まで見送りに来てくれて、私の肩に手を置いた。
「気をつけてね、
お母さんの言葉に小さく頷いて、玄関を出た。
新しい学校への不安と恐怖が入り混じった心の中で、今日一日をどう乗り越えるかを考えながら、歩き始めた。
学校に到着すると、すでに多くの生徒たちが集まり、廊下には笑い声と話し声が響いていた。校舎の壁には新学期を祝うポスターが貼られ、春の暖かい日差しが窓から差し込んでいる。私は掲示板に掲示されているクラス名簿を確認し、自分のクラスに向かうことにした。
緊張しながら教室に入ると、すでに多くの生徒たちが集まっているおり、周囲の視線を感じながらも、なるべく目立たないように静かに自分の席に座った。
(こんな感じじゃ高校生活うまくいかないな……)
私はそう思いながら、気分が落ち込んでいた。
周囲のクラスメイトたちが楽しそうに話している姿を見て、ますます自分が孤立していることを実感した。目を合わせればその人の心の中が見えてしまうこの能力が、私をさらに孤立させているのだと感じた。
時間が過ぎ、いよいよ入学式の時間が近づいてきた。生徒たちは担任の先生に導かれながら、列を作って体育館に向かっていった。私もその列に加わり、静かに歩きながら、これからの高校生活への不安を抱えていた。
体育館に到着すると、新入生たちが整然と並び、校長先生や来賓の挨拶が始まった。周囲の緊張感が伝わり、私も心臓が高鳴るのを感じた。式の進行中も、他の生徒たちの視線を感じながら、何とか平静を保つように努めていた。
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