第38話 部長から話(一縷の父親編)

 今日は木曜日。ノー残業デーに設定されており、すべての社員は定時で帰宅する。


 わが社では、火曜日、木曜日をノー残業デーとしている。仕事、プライベートの両立を図ることで、効率アップを狙っている。


「係長、おつかれさまでした。お先に失礼させていただきます」


「藤田君、ご苦労様・・・・・・」


 帰宅の準備をしていると、心部長に声をかけられた。  


「山小鳥遊君に話がある。部長室に来なさい」


 部長室に呼ばれる=昇進の話であることが多い。会社のために頑張ってきた男に、ようやく華が開こうとしていた。


 部長と一緒に部長室に入った。昇進の話と思っているからか、テンションは少しだけ高くなっていた。


「失礼いたします」


 係長から課長に昇進できる。給料はアップし、自由に使えるお金を増やせる。


「無優君、ここに座ってくれたまえ」


 昇進の話をするにしては、顔色は険しかった。


「部長、どうかされましたか?」


部長はうーんと唸った。


「ご飯も与えず、水分もとらせず、トイレ禁止、電気使用禁止になった高校生と生活しているんだ。キミ、聞き覚えはないかね」


 息子の条件とぴたりとあてはまる。


 部長は高校生の写真を置いた。息子と分かった瞬間、体中から大量の冷や汗が流れるのを抑えられなかった。


「フルネームは山小鳥遊一縷だ。苗字については、キミと全く同じだな・・・・・・」


 フルネームまで息子と全く同じ。痴漢犯罪者を引き取ったのは、よりにもよって部長だったなんて。運のなさに絶望感をおぼえた。


 部長は一枚の写真を見せた。


「この顔について、見覚えはあるかね・・・・・・」


 写真に映っているのは息子と同一人物。そのことを知ると、血の気が引いていくのを感じた。


「まったくありません」


 部長はボイスレコーダーを、机の上にゆっくりと置いた。


「山小鳥遊君の家族であったやりとりを、録音してきたものだ。キミも聞いてくれたまえ」


 ボイスレコーダーからは、死ね、消え失せろなどの音声が流れる。トラックに轢かれて死ねという発言もあった。


「よくもここまでいえたものだ。人間としての常識を疑うレベルだ」


 部長はネクタイを締めなおす。


「詳しい話については、自宅で聞いておく。山小鳥遊君の父であると判明したときは、懲戒解雇も含めた厳しい処分を下すことになる。そのことを伝えるために、君をここに呼んだ。用件はもう終わりだから、帰ってくれていいぞ。時間を取らせて悪かったな」


 突如として突き付けられた、地獄へのカウントダウン。どんなにあがいても、カウントをストップさせることはできなかった。 

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