第18話 おひっこし

*荷物運び


 自宅の前では、優愛が待っていた。


「優愛さん、お待たせ・・・・・・」


「昨日の話もそうだけど、とんでもない状況になっているね。トラックに轢かれて死ねなんて、人間のいうことじゃないよ」


「死ね」と堂々といえる母と妹。人間の心を捨てた悪魔さながらだ。

 

「ご飯は食べられず、水分は接種できないうえ、電気、トイレ、お風呂なども使用禁止。家における立場は完全に失われている。それに加え、死ね、出ていけのオンパレード。体だけでなく、メンタルもボロボロだろうね」


 彼女の言葉に、小さく頷いた。


「さっきのやりとりについては、ボイスレコーダーに録音しておいたよ。家族が虐待を否定したときの切り札になりうる」


「優愛さん……」


「この世において重要なのは、証拠だからね。ある、ないでは大きく状況は変わってくる」


 優愛は体を寄せてきた。


「優愛さん・・・・・・」


「一縷君が殺されなくてよかった。私は昨日の夜は心配すぎて、ほとんど眠れなかったんだから」


 目が充血していたのは、睡眠不足も絡んでいたのか。


「私の家に行きましょう・・・・・・」


「ああ・・・・・・」


 新しい家に向かっている途中で、立ち眩みをおぼえた。


「一縷君・・・・・・」


「ちょっとした立ち眩み・・・・・・」


「ゆっくりと家に向かおう」


「優愛さん・・・・・・」


 優愛の差し出した手を、ゆっくりと握った。


*優愛の自宅にやってきた。


 優愛の力を借りて、ようやく家にたどり着いた。


「今日からはここに住むんだよ」

 

 緊張のあまり、深呼吸を何度も繰り返していた。


「家に入る前からそんなことしていたら、身が持たなくなっちゃうよ。家に入る前くらいは、堂々としていなさい」


 優愛は家の扉を開けると、50くらいのおばさんが立っていた。


「いらっしゃい・・・・・・」


「山小鳥遊一縷といいます。今日からお世話になります」


 新しい家に住むからか、普段の100倍以上の緊張を感じていた。


「優愛の母です。今日からよろしくね」


 予想していたよりも、ずっと歓迎ムードを醸し出している。優愛は見えないところで、きっちりと話をつけてくれたらしい。 


「山小鳥遊君の家族とやり取りをして、永久的に預かることにしたよ。息子を追い出したいのか、嬉しそうにしていたのが象徴的だったわ。言葉だけだと面倒になるから、誓約書に記入したものを、FAXで送信してもらったの。」


 誓約書にこれからのことが、びっしりと書き込まれている。この量の文章を一日で作成したのだとすれば、すごいの一言だ。


「優愛のことをよろしくね・・・・・・」


「僕なんかでよければ・・・・・・」


 優愛の母は、鼻をつまんだ。


「山小鳥遊君、ものすごく臭うわよ。お風呂に入って、汗を流してちょうだい」


 二日連続で体は汗を吸い続けている。においに敏感な人なら、すぐに気づくレベルだ。


「お風呂に入れてもらえていないのは。どうやら本当みたいだね。ご飯を食べていないのはどうなの?」


「そちらについても、れっきとした事実です。なんなら、水分を取るのも禁止されています。電気、トイレも使用禁止されていました」


 優愛のおかあさんは、眉間に皺を寄せる。


「優愛から話を聞いていたけど、全部あっているみたいだね。どんなことがあっても、食事だけはきっちりとしていると思っていたわ。あなたの家族は本気で殺そうとしているんだね」


「そうですね・・・・・・」


「私たちと生活するからには、万全の状態でサポートしていくわ。我が家だと思って、生活してちょうだい」


 名前も顔も知らなかった人たちから、全面的なサポートを受ける。そのことに、すさまじい罪悪感をおぼえた。


「一縷君、私の部屋で生活してもらうね」


「優愛さんと、同じ部屋?」


「そうだよ。睡眠はもちろん、着替えなども一緒にするんだよ」


「そんなことをしたら・・・・・・」


 優愛は不満なのか、ほっぺたに大量の空気を詰め込んだ。


「膝枕をしたときに、太ももをペタペタと触っていたよ。触れている場所を理解していたのか、〇○○に指が当たりそうになったこともあったけど。Hなことをたっぷりしたんだから、同じところで生活するくらいはどうってことないよね」


「優愛さん・・・・・・」


「お風呂をすませたら、私の部屋にすぐに来るように。さもなくば、思いっきり拗ねてやるんだから」


 学校では決して見せない、他人に甘えようとする優愛。独りぼっちでいることに、強烈な寂しさを感じていたのかな。


 たっぷりと水分補給したにもかかわらず、喉が強烈に乾くのを感じた。


「お、お水・・・・・・」


「おかあさん、一縷君に飲み物を・・・・・・」


 優愛のおかあさんは、冷蔵庫からペットボトルを取り出す。


「一縷君、オレンジジュースだよ」


「ありがとうございます・・・・・・」


 ジュースをごくごくと飲み進めていくと、体は突き抜ける爽快感があった。

 

「一週間くらいは、体を休めることに専念してね」


 温かい言葉はいつまで続くのか。家族に捨てられた男は、優しい言葉を信じることはできなかった。

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