第10話 家族に相談(優愛編)
一縷の状況を鑑みると、一刻の猶予も残されていない。近日中に打開策を見つけなければ、殺されるリスクは高い。
「一縷君がご飯を食べられなくて苦しんでいるの。お風呂も禁止され、電気、トイレも使用禁止みたいなの。ものすごく大切な人だから、見殺しにしたくないんだ」
おとうさん、おかあさんは唐突な話に、口をポカーンと開けてしまった。
「唐突にいわれても・・・・・・」
「心の準備がまだ・・・・・・」
おとうさん、おかあさんは顎に手を当てて、状況を整理しようとしている。
三〇秒後、おかあさんが先に口を開いた。
「優愛の信じた人なら、一緒に住んでもいいわよ」
おかあさんの視線は、おとうさんに向けられた。
「とうさんもOKだ。緊急を要するみたいだし、明日から連れてきなさい」
あっさりと了承を得られたことに、驚きを隠せなかった。一時間以上は言い争いになることを覚悟していた。
「おとうさん、おかあさん・・・・・・」
「ごはん抜きを続けたら、いずれは死んでしまうだろう。優愛の大切だと思っている人を、見殺しにできない」
「優愛の笑顔を見られるなら、私たちは喜んで協力するよ」
「おとうさん、おかあさん、ありがとう・・・・・・」
おとうさんに体を寄せると、鼻の下が伸びている。おかあさんはそれを確認すると、足を思いっきり踏んづける。50近いおばさんの嫉妬に対して、ちょっとばかりの優越感があった。
「かあさん、乱暴はよしなよ」
「どさくさに紛れて、娘のおしりに触ろうとするなんて。男は下心の塊だね」
おとうさんの手は、確実におしりに向かっていた。いつもなら絶対に許さないけど、今だけは許してあげてもいいかなと思った。
「娘のおしりを触ったら、永久的に口をきかないからね」
おかあさんは警告を発したあと、おとうさんの足指を全力で踏みつける。あまりの痛さからか、顔をしかめていた。
「一縷君の部屋はどうするんだ。姉の部屋を使わせるわけにもいかないし・・・・・・」
我が家の部屋は4つ。おとうさん、おかあさん、おねえちゃん、私の部屋である。
「私と同じ部屋にするよ」
おとうさんは腕組みする。
「それでいいなら、こちらからは特にいうことはない。明日からは同じ場所で生活しなさい。ただ、タオル一枚はやめておきなさい。男を刺激しすぎると、性犯罪の被害者になるぞ」
一人部屋で過ごすとき、裸にタオル一枚だけをまく。一人で確立させた、新しいやり方である。
「いやだ。タオル一枚で過ごす」
おとうさんは湯気の立っている、コーヒーを啜った。
「一縷君のことを、本気で信じているんだな」
「うん。すっごく大切な人だよ。裸を見たいなら、好きなだけ見せてあげてもいいくらい。体を触りたいなら、好きなだけ触れてもいい」
おかあさんは瞳をウルウルとさせる。
「おかあさん、どうしたの?」
「優愛の信じられる人が見つかって、よかったと思っているの。あのことがあってから、人間を全く信用しなくなっていたものね」
小学生にでっちあげをされたときから、かかわりを最小限に減らしていた。人間は自分を守るためなら、どんなことだってできる。
「引っ越してくる男の名前を教えなさい。名前を知らないのは失礼にあたる」
「名前は一縷君だよ」
「名字は覚えているか?」
苗字は呼びにくいので、完璧に記憶できていなかった。
「やまことりだったような・・・・・・。珍しい苗字だから、名前しか覚えていないの」
おとうさんは心当たりがあるのか、二、三度頷いた。
「やまことり・・・・・・」
「おとうさん、どうかしたの?」
「どんな漢字なのかを教えてくれ」
山小鳥の漢字を書いたあと、おとうさんの表情は曇った。
「うちの会社に、近い苗字の男がいるんだ。年齢は50くらいだったから、もしかしたらと思って・・・・・・」
おとうさんの目は、いつにもなく厳しかった。
「父であると判明したときは、厳正な処罰をくだす。人殺しを置いておいたら、会社に災いをもたらすからな」
「そんなことをしたら、やまことり君の生活まで・・・・・・」
「娘の信じた人なら、こちらで最後まで面倒を見る。父が解雇されたとしても、困らないように面倒を見ていく」
「おとうさん・・・・・・」
おとうさんに再び抱き着くと、おかあさんはほっぺたに大量に空気を詰め込んでいた。その様子が面白くて、抱擁する力を少しだけ強めた。
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