第2話 ~side 私~

 あなたとよく通った、レトロな雰囲気漂う小ぢんまりとした喫茶店。

 常連のような顔をしていたけれど、あなたと初めて入ったあの日が、私もこの喫茶店を初めて訪れた日だったの。

 今ではすっかり本当の常連になって、マスターともママさんともお話しするようになった。

 だって。

 他にお話しする人、いないんだもの。いつもひとりで来るから。


 あなたと来ていた時は、入口から一番遠い窓際のテーブル席が指定席だった。

 でも今は、入口から一番遠い、少し奥まった所のカウンター席が、私の指定席。ここだと、どこからも死角になって、落ち着くのよね。


「ねぇ、ママさん。あの人、最近来てる?」

「この間いらっしゃいましたよ」

「レモネード、飲んでた?」


 ママさんは、少し寂しそうな顔をして、首を横に振る。


「そっか」


 聞かなくても、分かってたんだ。

 だってあなた、レモネード好きじゃなかったもの。



 あなたとはじめましての日。

 すごく優しそうで穏やかで、誠実そうな人だなって思った。すぐに、いいなって思った。

 でもとても控えめだったから、きっと私からグイグイ行かないと、あなたとはこれっきりになっちゃう。

 そう思ったから、私頑張ったの。

 あなた、かなり戸惑ってたよね。ちょっと引いてるみたいにも見えたけど、そうでもしないとあなたは絶対に私の事を見てくれないと思ったから。

 今更だけど、ごめんね。


 あなたと初めてのデートの日、この喫茶店に初めて入って。すぐに、あなたにはレモネードが似合うって、何故か思っちゃったんだ。

 だから、あなたがメニュー見る前に頼んじゃった、レモネードふたつ! って。

 あなた、びっくりしてたっけ。でも、そのすぐ後にクスって笑ってくれた。

 あなたは、私の言うこと、何でも笑って受け入れてくれる。ほんとはどう思っているのか、全然わからなかった。だけど、レモネード飲んでる時のあなたの顔は、とっても素直なの。

 知ってた?


 うわ、つめたっ!

 すっぱ!

 ……あまっ……


 全部、表情に出てた。

 それが面白くてつい、毎回あなたの分もレモネードを頼んでしまってた。

 でもいつか、「もう、レモネードはいいや。他のが飲みたい」って、ちゃんと言ってくれるって思ってた。

 チェリーもね。

 ほんとは、食べたかったんでしょ?

 気づいてたよ。

 だけど、最後まで言ってくれなかったね。


 言って欲しかったの、私。

 あなたの本当の気持ち。

 いつも私ばっかりで。

 私ばっかりあなたが好きで。

 辛くなっちゃったの。


 でもね。

 あなたと別れたらラクになれるかなって思ってたのに、全然ラクにはなれなくて。どんどん辛さは増すばかりで。


 もう無理!


 って思ったら、ここに来てレモネードを飲むんだ。

 あなたの、あの顔を思い出しながら。

 マスターはいつもサービスで、双子のチェリーを乗せてくれる。いつも私があなたの分のチェリーも食べちゃってたの、知ってたみたい。

 ……私、チェリーはそれほど大好きじゃないんだけどな。あなたの分を食べるのが好きだっただけで。

 笑いながらも、少し残念そうなあの顔を見るのが。


 カラン。


 残り少なくなったグラスの中で、氷が澄んだ音を立てる。

 私が飲んでいるのはもちろん、レモネード。

 ストローを奥までさして、グラスに残ったレモネードを勢いよく吸い込む。

 ズズズと、お行儀の悪い音が鳴る。

 子供みたいだからやめなよって、いつもあなたは呆れた顔をしていたけど、本当はやってみたかったりして?

 今となっては、もうわからないけど。


 ねぇ、なんで引き止めてくれなかったの。

 なんでいつも本当のこと言ってくれなかったの。

 ……私、あなたにとって何だったのかな。



「マスター、ご馳走様でした」


 微かに微笑んだマスターが、丁寧に頭を下げる。

 マスターはどこかあなたに似ているような気がした。


「ありがとうございました」


 喫茶店を出ると、夕方の涼しい空気に包まれた。でもその空気は湿気を帯びていて、夏の匂いを感じる。


 もうすぐ、夏だね。

 レモネードがよく似合う季節だよ。

 あなたはこの夏、誰とレモネードを飲むのかな。

 ……飲まないかな。

 好きじゃないもんね、レモネード。

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