第29話:腐った思考

 薬局係のスケジュールに書かれた羽那はなの12月のレジシフトを見て、恭子きょうこはレジ係の人手不足もあるが、朱巴あけは明生あきおが上手い具合に裏で手を回している匂いを感じていた。そして、この事態の打開に向けなかなか動きが見えない三十木みそぎ店長に対し、不満を抱えていた。


 早番の度に、両替に来る朱巴に対し文句を言おうとしたが逃げるように去られたり、恭子自身がお客さんに捕まったりで、何度もチャンスをものにできなかった。12月上旬に入り、年金支給日の前もあってか客数が少なく閑散としていた時だった。


「両替終わりました。レジ使ってだいじょ……」


紀本きもとさん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」


絶対逃がすまいと、彼女の言葉を遮ってまで問う恭子。


「……何ですか……?」


言葉を遮られたせいで、明らかに機嫌が悪くなる朱巴。


「コトハちゃんの件なんだけどさぁ、少しでもどうにかならないの? レジの方が人足りてなくて、コトハちゃんが必要不可欠なのは重々分かってる。だけどが違うじゃない。ここまでレジに使い回して、コトハちゃんを潰す気なんじゃないだろうね?」


「……はぁ」


「溜め息つくんじゃないわよ!? あんたたちはコトハちゃんが頑張ってやってる姿なんて見たことないじゃない! あんたたちの知らないところでコトハちゃんは努力し続けて……」


「どうしてそこまでコトハを庇うんですか?」


今度は朱巴が恭子の言葉を遮る。


「庇うって……当然じゃない。ボキューズA店薬局コーナーのなんだから」


「……、か」


恭子の言葉を受け止めたように見えたが、反撃の言葉を口にしようとする朱巴。


 朱巴と恭子の異様な会話が聞こえ、友麻ゆまが薬局コーナー付近に寄り心配そうに様子を見守っていた同じ頃。だが、友麻たち生活用品係とつい先ほどまで打ち合わせしていたはずの明生が薬局コーナーに向かう。


(……おい、2対1なんてずるいぞ)


と思いながらも、自分の仕事に戻る友麻。


「……西垣にしがきさん、防犯カメラ付近でけどどうしたの? しっかり映ってたよ?」


「……? どうして暴れてたことになってんのよ? 私は紀本さんに聞きたいことがあって話をしてただけど?」


「……そうか、それは失礼」


何となく状況を掴んだ明生から、心ないことを言われてしまう。


「この後田久保たくぼさん来るでしょ? 西垣さんかなり疲れてるみたいだし、彼が来たらすぐ帰れば? 発注の確認も程々でいい」


「それ、私も思った。……西垣さん、疲れで頭おかしくなってますよね? 帰った方がいいですよー」


からの、早退指示だった。


「ちょっと……私休み明けなのに仕事するなってこと? 意味分からない」


 この後恭子は、明生にこの日のシフトを朝9時から昼1時の4時間勤務に変えられた。正午になり、出勤した羽那は悠葵ゆうきと共に薬局コーナーに向かう。


「ってことがあってねぇ……」


今朝の出来事を羽那と悠葵に説明した恭子。まだ、怒りは収まらなかった。


「だからって勝手にシフトを変えるのは、僕でも怒りを覚えます。西垣さん、今すぐシフト元に戻してきますので、いつも通り仕事してください」


「ごめんねぇ、私のために……」


「こうして仕事を与えない行為のようなもんですから、やっていることは明らかにパワハラです。僕の方から厳重抗議します」


悠葵が事務所へ行き、薬局コーナーには羽那と恭子の2人になった。


「……ああ言っといて、悠葵くんも酷い仕打ちに遭わなければいいんだけど」


「そうですよね……」


 1時間ぐらいたって、悠葵が事務所に戻ってきた。


「随分時間かかってたね……」


「はい……あのお二方は反省の色全くなしですねぇ。でも、店長が近いうちにレジ係の人員確保に向け時給上げて募集かけるって話をしてました」


(やっと動いたか……)


店長が何を思ったのかは分からないが、やっと動きを示した。


「時給上げたって、重要なのはお金じゃない……待遇なんだから。でも、まずは時給上げて様子見ていくしかないだろうね」


「はい……深琴みことさん、もう少しの辛抱。まだ心もとないけど、努力しているのは僕らも、そして本山もとやまさんも十分、分かってるから」


「そうそう」


羽那は恭子と悠葵の言葉に一安心するも……


「店長が何とかしようって思ったのも、田久保さんの必死の訴えがあったからだと思います。ですが……ひと回りもふた回りも年上の西垣さんに対してあんなことが言える神経を知りたいです」


「……コトハちゃん。今も許せない気持ちでいっぱいだけど、あの2人じゃなくここのトップが動いた。あと3週間ぐらいたてば、何かいい方向に事が変わるかもしれない。1月のシフトが、それを証明してくれるかもよ」


「……ありがとうございます」


 その後羽那は1人のお客さんを接客。途中、自身で判断に迷い恭子に助けを求めた。お客さんが帰ってから、ノートにまとめながら一緒におさらいした。そしてすぐレジに向かった。悠葵が席を外している間に発注を終えている。彼女自身確かな手応えを感じながら、2021年の残りの怒涛の日々を過ごすこととなる。

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