第28話:人手不足には逆らえず?

 羽那はなの品出しのスピードには問題ないとみた薬局メンバー。11月中旬、悠葵ゆうきが彼女に対し、大事な話が。


「我々は登録販売者として、お客様へ適切な医薬品を紹介・販売する義務があります。そのためにも接客が重要です。……自分から声をかけて、お客さんに自分を知ってもらうこと。深琴みことさんは現状レジと掛け持ちで時間は限られてしまうけど、やることは変わりありません」


「はい……」


真剣な表情で話す悠葵を前に緊張が走る羽那。


「今ある知識で、今後どんどんお客さんに声をかけて、接客の回数を積んでいく。接客以外の業務に関してはひとまず問題はないから、これからの課題は"接客"であることを覚えてください」


「……はいっ」


悠葵から渡されたのは、A6サイズのリング付ノートだった。


「接客をしたら、このノートに記録をつけます。日時・お客さんの性別と年代・どんな悩みで来て、どう対応したかを書いて残していく。もちろん、持病の有無も聞いて書く。もし接客でつまづいてしまったら、すぐ僕らを呼んでください。僕らがどう接客したかもしっかり聞いて書いてください。……例として西垣にしがきさんがお客さんだったらという想定で書いてみよう」


 最初のページを開き、今日の日付と日時、この目で分かる恭子きょうこの情報を上段に書き込む。実際恭子は高血圧の持病を持っており、病院から処方される血圧を下げる薬を飲んでいると教えてくれた。今まで決まった風邪薬を使っているが何ともないよとのことで、そのまま同じものを販売する……という感じで、最初の記録をつけた羽那。


「西垣さんの場合……ずっと使ってるけど問題ないよって話だったからいいけど、もし変えたいというお客さんがいたとする。血圧の薬飲んでいる人でも安全に使えるものって分かる?」


「えっと……これと、これでしたっけ」


「正解。糖尿病もだけど高血圧の人も多いから、特にご年配の方に対しては持病の有無を必ず確認しようね」


 その後羽那は前出しと補充をし、サプリ売り場の発注をこなし、休憩を挟みまっすぐレジへと向かった。シフト確認で先にサービスカウンターに寄ると、そこには頭を悩ます幸乃さちのの姿があった。


里見さとみさん、どうしたんですか?」


「学生バイトの子が急に2人も辞めた……」


シフト作成用のサイトを開きながら、頭をカリカリしていた幸乃。


「年末調整だってあるのに、これで1人でも時間オーバーしちゃったらまずいんだよなぁ……。朝9時から10時まで1人にするしかなかろうか……。申し訳ないんだけど、伊原いはらさんとも相談の上、ちょっとレジ多めに回すかもしれない」


「……分かり、ました」


力のない返事をし、レジに入り自分の仕事をこなす羽那。ようやく明るい兆しが見えてきたと思ったのに、再び暗い道に逆戻りになるのか――


☆☆☆


 今年は保険会社からのはがきが届くのが遅く、提出締切ギリギリに年末調整の書類を出した羽那。


「コトハ、わざわざ電話して催促してくれてありがとう」


「こっちこそ、ギリギリになってすまんね」


出勤前、羽那は事務所にいる朱巴に書類を渡す。


「……実際、レジの人が足りてないのもあるんだけど」


「……」


「……何でもない。書類は何も問題ないから」


朱巴が羽那に何か言いたそうな顔をしていたが、羽那の背後に恭子がいることで"未だに薬局ででは使い者になってない"という本音を言うのをやめた。


「嫌そうな顔してたね、あの子」


「まだ使い者になってないと決めつけているんでしょう」


口に出さなくても、朱巴の心を読んだ羽那。


「私は、夜の納品の時に大変助かってると思ってるよ。あとは、接客だね」


 正午から出勤し、先にレジに入るため一旦恭子と別れた羽那。休憩回しを終えた後薬局に戻り発注をし、夜に再びレジに入るという行ったり来たりの今日のシフトである。既に12月のシフトができており、退勤後確認していたが。


(こりゃあ、厳しいやつだな……)


幸乃も羽那の事情を組んで、悩んで作ってシフトだ。文句は言えない。言いたくない……。それでもかなり、レジに駆り出されやすくなっている。11月いっぱいで、江里子えりこの紹介で入ったパートさんが転職のため退職。今月だけでレジ係が3人も退職……かなりの痛手だ。


(……私を使い潰す気じゃないことを祈ってる)


 翌日。この日も正午から出勤し、夜6時までレジに入る。何とか品出しが終わり、いつものように来月のレジのシフトを記入する羽那。


「今日は夜7時までに延長だったんですけど、暇だからって1時間早く切り上げてくれたんですよね」


「……そんなにこき使って、コトハちゃんをどうする気なんだろうね? 人足りてないのは分かるけど……裏であの子らが手出してないかしらね?」


ないようである可能性を、恭子は口にした。


「何のためにお願いしたのか意味ないじゃない。レジ係の人員募集を強化すればいいことじゃない。店長ったら何でやる気がないのかねぇ……」


「今月も変更続きます……ごめんなさい」


「コトハちゃんが謝ることじゃない。上が動かないと今の状況変わらないし、今のコトハちゃんの姿を見てないから、と決めつけるのよ」


恭子のこの言葉は、どう見ても正論だった。

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