第30話:戦いは続く
2022年1月。年末年始が終わり、この世の中が通常運転し始めた。
「お、お疲れ様です。今日から、よろしくお願いします」
緊張しながらも、羽那に初めましての挨拶をする。
「よろしくお願いします」
羽那も挨拶をする。昨日は学生バイトの新人の子とも同じやり取りをしていた。
年が明け、レジ係にようやく2人、新人がやってきた。新人2人に独り立ちさせた後の1月後半からレジのシフトが変わり、羽那が日曜に1日びっちりレジに拘束されることもなくなった。新人たちの飲み込みが早く楽しそうに仕事をこなしており、羽那も安心して薬局での仕事ができると思っていた。
2月に入ってもこの調子が続き、何とか2回目のワクチン接種を受けた羽那。休みが明け、休憩に入ると
「3月から、知り合いがいる小さい会社の事務員として働くことになったんです」
千は2月いっぱいで退職することになったと聞いているが、だからって手を抜こうだなんて思ってないはずだ。彼女の話を聞いた知り合いの方が『ボキューズがそんなところだなんて思わなかった』とショックを受けていたそうだ。それだけ、朱巴と明生がやったことに対しての精神的なダメージは、計り知れないものだった。
退職による有給消化の関係で、この日2月13日が最後の出勤日になった千。最終日に呼び出しを受けるとか……不運過ぎる幕閉めとなってしまった。
「約1年、大変お世話になりました。……ミスで迷惑ばっかりかけて、本当にすみませんでした。……自分にはこの仕事、合わなかったのかもしれません」
一緒に退勤し、帰る支度をする羽那と千。
「……
事務所に返却するロッカーのカギを握りしめ、泣き崩れる千。
「千ちゃん……あいつらのことはきれいに忘れて、新しいところで頑張ってね」
「……はいっ……。深琴さん、必ず会いに行きます。深琴さんなら、立派な資格者になれます……」
「……ありがとう。千ちゃんの分まで、頑張ってくるね」
こうして千はボキューズを退職し、次の道へ歩むこととなった。羽那が帰宅途中、自宅近くのコンビニに寄ると、見慣れ過ぎる若い女性スタッフの姿があった。
「……あれ? 羽那さん?」
「ん?
正体は美鈴だった。
「2月入ってから採用になって、週3で働いてます」
「そうだったのね」
「はい……なかなかダブルワークできるところがなくて、行き着いたのがここだったので」
「皆優しい人ばかりだし、働きやすいと思うよ」
ダブルワークは、羽那のように1本でフルタイムで働くより大変だと聞く。それでも美鈴が選んだことだ。
☆☆☆
千が退職してから約2週間がたち、3月に突入。来年の4月には、羽那に独り立ちしてもらう必要がある。だが……。
「今のコトハには、1人で立てる経験値とスキルがあるようには思えない」
「深琴さんはまだまだ勉強不足。このままでいけると思ってる?」
一緒に遅番で出勤する恭子が立ち合いの下、事務所にて朱巴と明生から現実を突きつけられる羽那。
(お前らに私の何が分かるって言うんだ……黙れよパワハラ野郎が)
言われなくても勉強は続けている。数少ないが接客をこなしてノートに記録を残している。だが、その成果を素人のあの2人が頑なに認めようとしなかった。羽那が怒りで手を握りしめながら出勤し、先にレジへ回ることになった。
翌日、夜の納品を片付けた後に恭子が。
「コトハちゃん」
「はい?」
「昨日あの2人がいたから、本音を言わないでいたけど」
恭子も、今の羽那の経験値とスキルがまだまだという点については深々と頷いていた。でも、彼女のこれまで受けてきた仕打ちを踏まえ、本音を打ち明ける。
「レジ1本の頃から、コトハちゃんはあの2人からどんなに酷いこと言われても立ち直ってきたじゃない。……ここで諦めたら、あの2人に潰されたも同然だよ。私にできることがあるなら、力になる。だから、残り1年で力をつけて見返せればいいだけの話――それだけ」
「……はいっ、頑張ります! これからも、よろしくお願いしますっ!」
登録販売者としての羽那の2年目が、消えかけた兆しを取り返す日々でありますように――
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