第7話 事情を詳しく話してもらえませんか?

「若き期待の警察官のエース、辻林衛。警察内部の上司の不正を見抜き、逮捕する。警察関係者の間で信頼が厚い。これからの警察を引っ張っていくのは、彼かもしれない。おい、どういうことだ。辻林。お前やっぱり警察じゃねえか」

「えっ? 警察官? 辻林衛? 俺と同姓同名だ。それに顔も似てますね。他人の空似ですよ。俺はこんな立派な男じゃありません。それとも、もしかして生き別れた双子の兄か弟かな?」

「嘘つけ。どう見てもお前じゃねえか」

「世の中にはドッペルゲンガーというものがいまして、同じ顔を持つ人が三人いるそうですよ。きっとそのうちの一人なんですよ。いや、まさか名前まで一緒だとは」

 とにかく知らぬ存ぜぬを通すしかない。良い言い訳が思いつかないので、とにかくゴリ押すしかない。

「ドッペルゲンガーだ? ふざけるな。どう見てもお前だろう。お前が来てからというものの、詐欺が成功しなくなったし、それにお前は一件も詐欺成功したことないだろう」

「おい、ノリ。落ち着けって。辻林は本当に別人なのかもしれない」

 山岸が間に入る。

「何? お前、こいつの味方するのか?」

「だって考えてもみろよ。こんなヘラヘラした奴が、警察官のエースだなんてあり得るか?」

「まあそれはそうだが、演技かもしれないだろ」

「演技にしては上手すぎる」

「いいや、警察ってのは油断ならねえ。本当にこいつが正体を隠していて、エースだった場合、俺達は大変なことになる」

「考えすぎだって」

「いや、考えすぎじゃない。やっぱりコイツは怪しい。追い出すべきだ」

 このままでは、俺は追い出されてしまうだろう。それはなんとかして避けたい。

「そんな。待ってくださいよ。お願いします。追い出さないでください。行くとこないんですよ。俺、生活できませんよ」

「いいや、だめだ。お前は追い出す」

「ううっ、腹が。ちょっとトイレへ」

「またか。この下痢野郎」

 そして俺は、トイレへと逃げ込んだ。

「なあ、そろそろ次のステップにいってもいいんじゃないか?」

 カズが言う。

「あれを使うって言うんだな?」

「そうだ。一度限りしか使えないが、使えばお前の信頼はうなぎ登りだ」

「よし。そろそろ仕掛けよう」

 俺は大泉さんに電話を掛けた。

「もしもし、大泉さん。俺です。辻林です。例の作戦を実行してください」

「いよいよ動くんだな?」

「はい」

「わかった。今から向かわせる」

 電話は切れた。さあ絶体絶命の今を乗り越えてやろうじゃないか。

 俺はトイレを出た。

「はぁ、酷い下痢だ」

「おい、辻林。スマホを見せろ。お前、自分の肛門を写真に撮ってるって言っていたな? あれが嘘だって事をこの場で証明してやる」

 石田則光が、してやったりというような顔をしてにやりとしながら言った。

「えっ? あっ、はい。どうぞ」

 石田則光は、俺のスマホを操作して写真フォルダを開いた。

「うわっ」

「ど、どうしたんだよ、ノリ。そんな声出して」

「これは酷い」

 そう言って、石田則光は大泉さんに作ってもらった加工した、、とてつもなく酷い切れ痔の写真を見て絶句した。

「うわっ、マジかよ。お前の尻、そんなことになってるのかよ」

「可哀想に。痛いだろう」

 岩野と山岸も同情してくれる。物凄く哀れなものを見る目で、俺を見つめてくる。俺も凄く自分が惨めな気持ちになった。その横でカズは、大爆笑している。

「お前の尻が悲惨なことは、どうやら本当だったようだな。だがな、それで許されると思うな。お前が仕事が全くできないことに何の変りもないんだからな。切れ痔を免罪符に使うな。それにな、お前が本当は警察だって疑いは晴れたわけじゃねえ。なあ、どう説明するんだ?あ?」

 俺は黙っていた。時が過ぎるのをただひたすら待っていた。

「お前、まさか本当に警察の若きエースなのか?」

「違います」

 俺は短く、簡単に答えた。そして、ついにその時は、やってきた。

 事務所のドアをコンコンとノックする音が聞こえた。

「誰だ。今取り込み中だ。後にしろ」

「警察です。ドアを開けてください」

 聞き覚えのある大泉さんの声が聞こえる。

「け、警察だと……? 辻林、お前の仕業か」

「ち、違いますよ」

 まあ本当は、俺の仕業なんだけどな。一応、うろたえたふりをしながら言う。

「警察が何の用です?」

 石田則光が平然とした顔で言う。

「この事務所で、詐欺行為が行われているという通報がありまして、やってきました」

「警察も大変ですね。ただの悪戯ですよ。うちは、ただの事務用品を扱っている会社の事務所なんですよ」

「念のためにちょっと中に入らせてもらって、調査させてもらいますよ」

「ちょっと。おい、何勝手に入ってるんだよ」

「あれあれ? 見られてまずいものがあるんですか?」

「が、外部に持ち出したらまずい社外秘の資料とか色々あんだよ」

「心配しないでください。警察ですから、秘密は守ります」

 そう言って大泉さんが、事務所に入ってきた。

「おや……?」

「な、なんだよ」

「この時計は……」

「この時計はですね。三年前に出た置時計なんですよ。まだ発展途上国の国が作った代物なんですけど、これがまあよくできてるんです。デザインも良いし、機能性もアラーム機能もきちんとついてていいんだ。おまけにソーラー電池なので、電池も不要ですからね」

 ここで俺が二人の話に割り込んで入る。

「ん? あなたは?」

 不思議そうな顔をして聞いてくるが、これも打合せ通りだ。

「ああ、ここの下っ端社員ですよ。ただの時計マニアです。お、さすがは警察の方だ。良い時計されていますね。ロマネックの時計ですね。ロマネックは良いブランドだ」

「お、分かりますか」

「ええ、分かりますとも。ロマネックは上品で、使う人の品格が現れる男の憧れのブランドですからね」

「私も時計に目がないんですよ。あなたとは、今度ゆっくり話したいですな」

「ええ、時計好きに悪い人はいません。またゆっくり語り合いましょう」

「そうですね。時計好きに悪い人なんていませんよね」

「ははは、全くです」

「結構結構。では、私はこれで失礼しますよ。お仕事の邪魔をしてしまい、すみませんでした」

 そうして大泉さんは、事務所を出て行った。

「ふぅ。なんとか誤魔化せた。良かった」

 俺は、ホッと胸をなでおろしたように言ってみせた。

「辻林。お前、どうして時計の話なんてしたんだ?」

 石田則光が不思議そうな顔をして聞いてくる。

「すみません。あの場は咄嗟に誤魔化さなくてはならないと思い、時計に興味を持っていたようだったので、チラッとあの警察官の時計を見たら良いブランドの時計をしていたんです。だから時計を褒めて話題にして、気をそらそうと思ったんです」

 俺がそう答えると、石田則光はにやりと微笑んだ。

「やるじゃねえか。俺は正直、警察が来て内心焦っていた。どう切り抜けようかと考えていた。お前の咄嗟の機転で助かった」

「俺は警察じゃないです。俺はただの元フリーターで、今は詐欺グループの一員ですよ。やましいことなんて何もありません」

「そうか。これで疑いは、晴れたって事だな。皆、聞け。辻林は仕事できねえが、こいつはいざって時に機転が聞く奴だ。置いておいても害はない。だからこいつを疑うのは、もうなしだ」

「おう」

「そうだな」

 岩野と山岸も納得した。

「ふーん。まあ私は認めないけどね」

 前橋彩だけは、納得いかない様子だった。問題は、この子だけか。しかし他の馬鹿三人と違い、この子を納得させるのは難しそうだ。どうにか手を考えなければならない。

 それからというものの、石田則光に認められた俺は、仕事ができなくても何言われなくなった。

「おい、辻林。お前は見込みがある。俺から野呂瀬さんに宗教詐欺グループに入れてもらえるように推薦してやる」

 石田則光が言った。

「え? いいんですか?」

「ああ。その代わり、お前が偉くなったら俺を推薦しろ。いいか、お前の為じゃない。俺が宗教詐欺グループに出世できるようになる為、野呂瀬さんのそばでいられるようになるためにお前を利用するんだ。分かったな」

石田則光は、ツンデレだな。そう思った。

「ありがとうございます」

 それから何日か経った時、前橋彩に声をかけられた。

「ねえ、あんた。今日、私の部屋に来なさい」

 そう言われ、また俺はお仕置きされるのかと思うと、興奮しつつも冷静さを失ってはいけないあの苦しい状況に耐えなければならないのかと思うとゾッとした。

「は、はい。喜んで」

 鼻の下を伸ばしながらマヌケそうに言えというカズの教えを守った。それからその日の夜、前橋彩の部屋に向かった。ドアをノックする。

「つ、辻林です」

「入りな」

 部屋に入ると、前橋彩の第一声は、やはりこうだった。

「脱ぎな」

 俺は言われるがまま、ズボンを脱いだ。

「あんたをこうやって拷問するのは、これで三回目だね。どう? さすがに今回は白状するんじゃない?」

「は、白状? さあ何のことでしょう?……うっ」

 前橋彩が俺の性器を握り、上下に動かし始めた。

「あんたやっぱり警察なんでしょ? あのネットに載ってた写真と名前、どう見てもあんたじゃない」

「うっ……はあっ……。ち、違います。俺は、フリーターです」

「ねえ、本当の事教えてよ。気持ちよくしてあげるから」

 前橋彩の俺への拷問は、続いていた。

「ああっ、彩さん……。け、警察を頼ってください。彩さんは……本当は悪い人じゃないはずだ……」

 すると俺の性器を握る前橋彩の手が止まった。

「そればっかり。あんた、私にどうして欲しいわけ?」

「こ、こんなことからは、足を洗って欲しいんです。お願いします」

「もう遅いの。もう戻れないの」

「お、俺が必ず……彩さんを……助け出して見せますから……。だ、だから……やめてください」

「本当に助け出してくれる?」

 前橋彩は、俺の性器を刺激する手を止めたまま言った。

「約束します。俺を……未来のお坊さんを信じてください」

「うっ……ううっ……。ぐすっ……。私だって本当は……こんなことしたくないんだよ」

「事情を詳しく話してもらえませんか?」

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