第6話 若き期待のエース

野呂瀬が初めて訪ねてきた日から一週間が経った。石田則光達に探りを入れてみたが、野呂瀬がどこに潜伏しているのか、宗教詐欺グループがどこを拠点にして活動しているかなどの情報を掴むことはできなかった。俺は相変わらず、オレオレ詐欺や架空請求詐欺の電話をかけては、未然に防いで凌いでいた。しかし、さすがに限界が近づいている。相変わらず俺は、一件の詐欺も成功させていない完全なお荷物だ。もしも仮にここが犯罪者グループでなく、普通の会社であったとしても、立場が悪くなって風当りも悪くなっているはずだ。いいや、もうすでに俺の立場は最悪だった。ここも例外ではなかった。

「おい、辻林。てめぇ、いい加減にしろよ」

「すみません」

「すみませんじゃねえよ。一体いつになったら仕事できるようになるんだよ、なあ? お前、最初に俺になんて言ったか覚えてるか? 俺に任せておけば大丈夫だって言ったんだよ。あの時の威勢はどうした?」

「返す言葉もありません」

 さすがにもう限界か? どうする。どう切り抜ける。頭をフル回転させて、必死になって言い訳を考える。俺を引き止めさせたくなるような魅力的な提案を考えるんだ。

「もういい。お前、出ていけ。クビだ」

「すみません。それだけは勘弁してください」

「お、おい。ノリ。待てよ」

 慌てて山岸が止める。

「んだよ、山岸。俺はもう我慢ならねえ。ここのリーダーは俺だ。俺が決める」

「そうじゃねえよ。確かに辻林は、全然結果を残せてない。だがな、コイツが出ていって、もし警察にでも駆け込まれてみろ。俺達、捕まっちまうぞ」

「フンッ。そんなことはしねえさ。いや、させねえ」

 石田則光は、俺の顔面を殴りつけた。

「ぐっ……」

「コイツは、始末する。殺して山奥にでも埋めちまおう」

 上等だ。殺されそうになったら、お前ら全員捕まえてやる。俺は警察官だ。舐めるな。

「お、おい。待てよ。俺達、殺しなんて無理だって」

「そうだよ、ノリ。殺しはやめとこう。痛めつけて脅すだけでいい。辻林みたいなヘタレが警察に言う根性あるとは思わない」

 岩野と山岸が石田則光を止める。本当は俺も警察官だと言いたいところではあるが、まずは、俺もコイツらも頭を冷やす必要がる。

「すみません。ちょっとトイレへ」

「ふざけんな、こんな時に。また下痢か」

「も、漏れそうです」

「さっさと行ってこい。下痢野郎」

 ひとまずトイレの中に逃げ込んだ。

「さすがに限界だ。もうこれ以上は無理だ。こいつら全員逮捕するしかない」

「あきらめるのか? トカゲの頭をつぶすんじゃないのか?」

「いや、さすがにもう無理だろう」

「無理じゃない。手はある。しかも野呂瀬にも近づけるかもしれないとっておきの方法がある」

「お前……。そんな方法を思いついたのなら早く言えよ」

「こうなるのを待ってたんだよ♪」

「こいつ……」

「いいか、まずトイレから出たら、俺に触れないでくださいって大声を出すんだ。そして取り乱せ。あいつが来るって叫ぶんだ。お前はそれだけでいい」

「それだけでいいってどういうことだ? ちゃんと説明しろ」

「いいからいいから♪」

 カズをしつこく問いただしても、自分の作戦を教える気はないらしい。その時、ドアを思いきり叩く音が聞こえてきた。

「おい、てめえ。いい加減出て来い。トイレに逃げ込んだら許してもらえると思ったら大間違いだぞ。今日という今日は許さねえ。殺してやる」

 これ以上、時間をかけるわけにはいかず、すぐにトイレの水を流す。

「助けてください」

 俺はうろたえて見せた。

「ああ? 今更命乞いする気か」

「やめて。俺に触れないでください」

「ああ?」

「あいつが来る。助けて」

 俺がそう言うと、部屋の中の物が大きく動き出した。

「うわあああああ」

「きゃあああああああ」

 山岸や前橋彩が悲鳴を上げる。

「な、なんだ?」

 石田則光も突然の怪奇現象に驚きを隠せない。

 カズが部屋の中の物に触れて、手当たり次第に物を落下させたり、動かしたりしていた。

「おい、てめえ。何しやがった」

 石田則光がビビりながら問いただしてくる。カズの方を見る。

「俺には霊感があるんですって言え」

「お、俺には、霊感があるんです」

「な、なんだよ。霊感って」

 石田則光がうろたえながら言う。

「俺には、悪霊が憑いてるんですって言え」

「俺には悪霊が憑いてるんです」

「俺を殺そうとすれば、俺に取り憑いている悪霊の拠り所がなくなる。そうさせない為に、悪霊が俺を守るんですって言え」

「俺を殺そうとすれば、俺に取り憑いている悪霊の拠り所がなくなる。そうさせない為に、悪霊が俺を守るんです」

「ふざけんな。それじゃ、悪霊じゃなくて守護霊じゃねえか」

「とにかくあいつを怒らせちゃだめです。俺を殺さないって誓ってくださいって言え」

「とにかくあいつを怒らせちゃだめです。俺を殺さないって誓ってください」

「ふざけるな。お前は殺す。口封じのために」

 ガタガタガタと色々な物が揺れて、物が机の上から地面に落ちる。

「ひぃいい。ノ、ノリ。これは本物だぜ。ちゃんと幽霊さんに謝れよ」

「ふ、ふざけんな。れ、霊が怖くて架空請求詐欺なんてやってられるか。お前ら、ビビりすぎだ」

「ノリ、だめだ。謝らないと呪われるぞ」

「そうだよ。ノリ」

 岩野と山岸が怯えながら石田則光を説得する。

「チッ。わかったよ。悪かった。お前を殺すのはなしだ」

 そう言うと怪現象は、ピタリと止んだ。

「あー、もう。何なんだよ、てめえはよ。一件電話したらトイレに籠って下痢だし、成功したと思ったら一円も金は手に入らねえし。役立たずのクズだから殺そうとすれば、今度は悪霊が憑いてるから殺せない。マジで何なんだよ。俺はお前をどう扱えばいいんだ」

 石田則光が机を蹴る。かなりイラついている。それを見て、カズが隣で腹を抱えて笑っている。

「頑張ります。頑張りますから追い出さないでください。もし追い出しそうとしたら、あいつが来ます」

「お、おい。ノリ。俺、呪われるのは嫌だぞ。辻林には、仕方ないがいてもらおう。じっくりやってればそのうち成果出すって」

 岩野が荒れる石田則光をなだめる。

「全然成果が出ないから殺そうとしてたんだろうが」

「おい、ノリ。少し外出て頭冷やして来いよ」

「そうしろよ、ノリ」 

 岩野と山岸が、石田則光を落ち着かせようとする。

「ああ、そうだな。ちょっと煙草吸ってくる」

 石田則光が外に出て行った。周りは気まずく、重い空気になってしまった。

「おい、辻林。霊とは話せるのか?」

「話せますって言え」

「話せます」

「マジかよ。お前、本当に何者だよ」

 しばらく皆、電話を忘れて休憩していると、石田則光が戻ってきた。

「今日は気分が乗らない。もうやめだ。明日考える。おい、彩。飯作れ」

「わかったわよ。衛、あんたも手伝いなさい」

「あ、はい」

 それから俺と前橋彩は、夕食を作った。その後は、気まずい雰囲気のまま眠った。

 翌日になり、石田則光が俺に声をかけてきた。

「おい、辻林。今日のカモリスト、全員分印刷しておけ。仕事できないなら雑用くらいしてもらわないとな。今日からお前がやれ」

俺は架空請求詐欺の全件リストを印刷するように頼まれた。これさえあれば、ここの詐欺は全て無効化できる。俺は印刷するときに一部ではなく、二部印刷して一部を自分のポケットに忍ばせた。そしていつものように一件電話してトイレに籠った時、大泉さんに連絡した。

「大泉さん。やりました。架空請求詐欺の電話リストを手に入れました。これでこいつらがやっている全ての架空請求を事前に防ぐことができます」

「本当か? 辻林、よくやったな」

「ええ。不本意ですが、こいつらに少しずつ信頼されていっているみたいです」

「よし、ならリストを送ってくれ。リストに載っているターゲットとされている全ての人達に注意喚起を促してくるよ」

「よろしくお願いします」

 俺はトイレから出て電話をかけて、いつもどおり仕事ができないトイレに籠るだけの下痢野郎というキャラクターを演じ続けた。そしてこの日も、被害件数は一件もなかった。

 石田則光は、机を指で何度もコツコツコツと叩いていた。顔の表情は、目を吊り上げていて、血管が浮き出て血が上っているように見えた。途中、煙草を吸ってくると言い、何度も外に出て煙草を吸っていた。

「ノリの奴、相当イラついてるな」

「そりゃそうだろ。辻林が全く詐欺が成功しないだけではなく、俺達もここ最近、一件も成功してないんだから」

 岩野と山岸が話す。明らかに場の空気が悪い。俺だけがいくら電話をかけても詐欺は成功しない事を知っている。しかし、それでも何も知らない振りをして、それでも俺達は、無駄な電話をかけ続ける。

 石田則光が煙草を吸い終わり、外の空気を吸ってきて落ち着いたのかは知らないが、顔の表情は、少し落ち着きを取り戻していた。

「よしっ……。お前ら、まずは一件だ。絶対に成功させろ」

「おう」

そう言って石田則光も電話をかけ始める。

「あ、もしもし。俺だよ俺。そうそう。一郎。実はさ、会社の金を盗まれちゃってさ。すぐに百万必要なんだよ。親父、なんとかならねえか?」

 石田則光の気合の入った演技の声が聞こえてくる。しかし無駄だ。すでに大泉さん達に電話リストの写真は渡してあるし、すでに対策済みだ。何度電話をかけても間違いなく、詐欺は失敗する。成功することはない。

「えっ? 何だって? 違う。詐欺じゃない。親父、信じてくれよ。俺だよ、一郎だよ」

 そして石田則光が、受話器を乱暴に置いた。

「くそっ。お前詐欺師だろ? って。爺の奴、勘づきやがった。なんでバレたんだよ。この電話リストに載ってるのは、絶好のカモのリストのはずだぜ。騙しやすいはずなんだよ。なのにどうしてなんだよ。なんで急に成功しなくなったんだ」

 その時だった。石田則光のスマホに着信がきた。

「チッ。誰だよ。このクソ忙しい時に」

 石田則光は、自分のスマホを手に取って画面を見て、顔色が真っ青になった。

「あ、はい。もしもし。石田です。野呂瀬さん、ど、どうしたんっすか? ……ええ。は、はい。そ、そうですね……。いや、その……頑張っているんですが、なぜか急に上手くいかなくなってまって。あ、でも大丈夫です。なんとかしますから。はい。はい。すみません。ご心配おかけして。はい。また」

 そう言って、石田則光は電話を切った。

「まずいぞ。野呂瀬さんだ。詐欺が成功してないようだが、大丈夫そうかって連絡が来た。お前ら、早く一件でもいいから、とにかく成功させろよ」

石田則光は、まるで喉に棘が刺さったかのように慌てながら怒鳴った。

「そんなこと言ったってよ。怒鳴られても仕方ねえよ、ノリ。落ち着けって。俺らだって一生懸命やってるんだからさ」

 山岸が石田則光を落ち着かせようとしながら、冷静に言う。俺はその様子を無言で見つめている。

「おうおう、焦ってる焦ってる。イラついてるねえ。電話リストを手に入れた事はでかいな」

 俺の隣では、その成り行きを見ていたカズが、ニヤニヤと微笑みながら言う。俺は今、カズに対して返事の一つでもしてやりたいところだが、今この場では何も話すことができない。

 部屋の中は重たい空気が流れている。皆が無言になった。クーラーの風の音だけが、部屋の中に聞こえている。その沈黙を破ったのは、前橋彩だった。

「ねえ。あんた達さ。焦っても仕方ないじゃん。私、それよりもお腹空いてきちゃった。ねえ、衛。ご飯作るから、あんたはキッチンに来て手伝いなさいよ。どうせあんたは、一件も成功してないんでしょ? だったら料理でも手伝ってもらう方がマシだわ」

「あ、はい。えっと、ノリさん。いいですか?」

「おう」

 石田則光は、一言だけ小さく呟くと、俺は前橋彩と共にキッチンへと向かった。

「今日はパスタが食べたいな。ナポリタン」

「わかりました」

 前橋彩が冷蔵庫からパスタを出してくる。パスタは茹でるだけなので、とても簡単に作る事ができる。前橋彩からパスタを受け取ると、沸かしたお湯の中にパスタを放り込んでいく。

「ねえ。あんたさ」

「何ですか?」

「何か細工したの? 皆が急に一件も詐欺が成功しなくなるなんて、今までなかったんだけどさ。あんたが来てからだよ。こんなこと初めて。だからどうしてかなーって思ってさ」

 そう言って、前橋彩は俺をやはり疑っている。

「お、俺の悪い運が皆に移っちゃったのかなあ。なんて」

 そんなことを言いながら、茹で上がったパスタを皿に盛りつけた。

「ふーん。そう」

「そ、それより食べましょうよ。せっかくなので、熱いうちに」

 皿をテーブルの上に置き、全員を呼んできた。席に座った男達は、相変わらずいただきますという言葉もなく、黙々と食べ始める。いつもの光景だ。食べ終わると、食器はそのままで石田則光は煙草を吸いに外へ行く。岩野と山岸は、スマホをいじってゲームアプリを開いて遊んでいた。

 少し休憩した後、再び全員が電話をかけ始めた。

「もしもし。実はですね。お客様の利用したアダルトサイトの料金が未納になっておりまして、お支払いして頂かなければならないんですね。それでお電話させて頂いたんですけど」

 石田則光、岩野、山岸がそれぞれに電話をかけては、あの手この手で若者からお年寄りまでパターンを変えて、電話をかけ続けた。その中に俺も交じっていて、電話をかけては失敗するということを繰り返している。妨害は大成功している。

「クソ、どうして急に成功しなくなったんだよ。誰一人騙されねえじゃねえか」

 石田則光は、椅子を蹴り飛ばして怒りを露わにする。

「なあ。おかしいだろ。どう考えてもよ。まさか俺達、警察にマークされてるんじゃないのか?」

「ノリ。それはないだろう。大丈夫だって。考えすぎだ」

 と岩野が言う。

「そうだよ。あのリストは、野呂瀬さんがくれたリストだろ? 大丈夫だって」

 山岸も続く。どうやらこれまで野呂瀬が渡してきた詐欺のカモリストは、かなりの信頼感があったようだ。それで今までかなりの人数を騙せてきたらしい。

「おい、お前ら。一旦電話かけるのはやめだ。警察にマークされていないか徹底的に調べろ。話はそれからだ」

 石田則光に言われ、全員が電話をかけるのをやめる。そして警察に疑われていないか調べることになった。

「おいおい、さすがにバレちまったな」

 横からカズが言う。さすがにこれは、しょうがないだろうと目で合図を送る。

 それから石田則光達は、パソコンやスマホを使い、ネット検索をかけて、自分達の詐欺グループの情報が出ていないか徹底的に調べ上げた。

 それから部屋の中で皆が無言になり、調べることに集中していた時に、その沈黙を破ったのは、岩野だった。

「ん? んん?」

 岩野が驚いた声を出した。

「なんだよ、どうしたんだ」

 石田則光も静寂の中、突然聞こえてきた声に驚いて聞く。

「これ辻林じゃねえか?」

「何?」

 そこに映っていたのは、若き期待の警察官のエース、辻林衛と書かれた記事のページだった。

 それはまずい。確実に俺の事だ。ネットの記事は、削除できない。

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