第5話 お坊さん

それから食事をして各自、部屋で寝始めたころ、俺は前橋彩の部屋の前に立っていた。

「ふう……」

「何緊張してんだよ。ラッキー展開じゃねえか。気持ちよくしてもらえよ」

 カズが楽しそうに言う。

「だめだ。欲望に負けてなるものか」

 ドアをノックした。入りなよという声が聞こえ、前橋彩の部屋の中に入った。

「脱ぎなよ」

「ま、またですか?」

「ほら、早く」

「は、はい……」

 俺は服を脱いだ。全裸にさせられ、その場に立っていた。前橋彩が近づいてきて、俺の体を手でそっと触れる。

「ひゃんっ」

「ふふっ、また女の子みたいな声出してる」

「や、やめてください……」

「じゃあ正直に質問に答えたらやめてあげる」

 そう言って前橋彩は、小悪魔のような笑みを浮かべた。

「な、何ですか?」

「トイレに籠って自分の肛門の写真撮ってるのって嘘なんでしょ?」

「ほ、本当です」

「嘘ついちゃダメでしょ。いつも料理してる時とかあんた全くトイレに行かないじゃない」

「そ、それは……」

「それは?」

 そう言って前橋彩は、俺の性器を握ってきた。

「うっ……」

「本当の事教えてくれたら、気持ちよくしてあげる」

「うっ……ううっ……」

「あんたやっぱり警察官なんじゃないの?」

「ち、違います」

 そう答えると、前橋彩は、更に俺の性器を握っている手を動かす。

「うああ……。ああっ……」

「正直に答えて」

「ああっ……。ああっ……。な、なんでこんな事をするんですか……?」

「あんたが警察だった場合、私は野呂瀬さんに報告できる。そうすれば私は、出世できるからよ」

「出世……?野呂瀬……さん?」

「そう。あんたはまだ知らないかもしれないけどね。ここは組織の末端なの。ここで結果を出した優秀な人は、野呂瀬さんに認められて、架空請求詐欺グループから宗教詐欺グループのメンバーに昇格できるの」

 野呂瀬ってのが詐欺グループのリーダーの名前か。なるほど。良い事を聞いた。前橋彩は、更に俺の性器を握った。

「ほら。正直に言いなさいよ。どうなの? あんたは警察の人間?」

「ち、違い……ます……」

「本当に?」

「はい」

「じゃあさ、警察って事にしてくれない? で、私の出世のために犠牲になってよ。気持ちよくしてあげるからさ」

「うっ……。ううっ……ああっ……ああっ……」

「お、俺は……。お坊さんに……なりたいので……嘘はつけません」

「大体あんたね。あの男共は馬鹿だから、あんたに騙されてるけど、私はごまかされないから」

「うっ……。あああっ……。あ、彩さん。あなたは……脅されているんですか? 野呂瀬って人に……」

「……あんたには関係ないでしょ」

「困っているなら……ううっ……ああっ……けい、警察を頼ってください。きっと彩さんの味方になってくれます」

「うるさい」

「うっ……ああっ……。い、今からでも遅くないです。警察へ……」

 前橋彩は、更に俺の性器を触っている手を動かした。

「あああっ……。うっ……うああ……。はっ……ああっ……」

「ほら、そろそろ限界でしょ? 我慢せずに楽になっちゃいなよ。欲望を解放しなさいよ。そうすれば、あんたは楽になれるんだから」

「迷子の……迷子の……子猫ちゃん。あなたのおうちは……どこですか……」

「またそれ? 歌って誤魔化すのね?」

「あ、彩さん。俺は……」

「警察なの?」

「お坊さんです……」

「口を割らないわね」

「彩さん……。俺は……ううっ……彩さんは、悪い人だとは思えない。きっと野呂瀬って人に脅されているんだと思っています。もしも彩さんが怖くて従っているのなら、俺が守りますから。ううっ……ああっ……。お、お坊さんは、困っている人の味方です」

「……もういいわ。部屋から出て行って」

 俺は、ようやく解放されて服を着た。そして前橋彩の部屋から出て行った。

 翌日、いつもどおりに電話をかけてトイレに籠ってを繰り返していた時、初めて事務所に誰かが訪ねてきた。男はロングヘアーに整った顔立ちをしており、詐欺師というよりか、アーティストっぽい雰囲気の男だった。

入ってきた男を見て、石田則光が急にぺこぺこと頭を下げた。

「野呂瀬さん。こんにちは。今日は突然ですね」

「ああ。順調にやっているか?」

 なるほど。こいつが前橋彩が言っていた野呂瀬か。

「ええ。それはもう。順調ですよ」

「そうか。結構だ。この調子で続けてくれ」

「は、はい。それはもう。へへっ……」

 石田則光は、いつもいばっているが、野呂瀬に対しては、態度ががらっと変わっていた。

「おや? そこにいるのは、新しい子?」

「あ、はい。そうなんです。おい、辻林。お前は初めてだったな。野呂瀬さんに挨拶しろ。グループ全体のリーダーだ。凄い人なんだぞ」

 俺の真の標的は、コイツか。俺はその敵となる男をじっと見た。

「よろしくお願いします。辻林と言います」

「そう。大変だろうけど頑張ってね」

「はい。頑張ります」

「では、私は忙しいから戻るとするよ」

「あっ、あの」

 そう言って野呂瀬が事務所を出ていこうとした時、石田則光が声をかける。

「ん? 何かな?」

「お、俺。野呂瀬さんを尊敬しています。俺も野呂瀬さんの近くで働きたいです。結果を出したら宗教詐欺グループに入れて頂けませんか?」

「うん。考えておくよ。頑張ってね」

「野呂瀬さん。私も唯一の女で、美人局っていう一番身の危険がある仕事やってるから評価して欲しいな。私も宗教詐欺グループに入りたいな」

「うん。君には感謝しているよ。そして同時に、君達には期待しているよ。結果を出してくれたらすぐにでも、宗教詐欺グループに移動してもらうよ」

 そう言って野呂瀬は、笑顔を振りまいて出て行った。

「くー、やっぱり野呂瀬さんは、格好良いぜ。カリスマ性あふれてるよな」

 石田則光が目をキラキラさせながら言う。このタイミングで聞くなら怪しまれないだろう。俺は野呂瀬に関する情報を石田則光から聞き出すことにした。

「今の野呂瀬さんって人が、この詐欺グループ全体のリーダーなんですか?」

「ああ。そうだ。たまにやってきては、俺達末端の仕事ぶりを見に来るんだ。あの人のカリスマ性に皆が付いていくんだ」

「そうなんですね」

「あの人はすごいぞ。あの人の夢はな、政治家になることなんだ」

「政治家?」

「ああ、そうだ。宗教詐欺グループで信者を集め、政治家と繋がりを持っていて、準備が整い次第、出馬するそうだ。日本を変えてくれるって言っている。救世主だよ」

 ぞっとする。巨大架空請求詐欺グループのリーダーが、政治家を目指しているだと?

 ふざけた夢だ。そんなこと絶対にさせはしない。必ず俺が逮捕してやる。トカゲの頭をつぶしてやる。

「壮大な夢ですね。俺もその夢を手伝いたいです。どうやったら宗教詐欺グループに入れるんですか?」

「ははは。お前みたいに一件電話したらトイレに籠るような下痢野郎には、務まらねえよ」

 下痢野郎という言葉に腹が立つが、野呂瀬を逮捕するまでの我慢だ。

「教えてくださいよ。どうすればなれるんですか?」

「そりゃよ。この架空請求詐欺で結果を出すんだよ。それで野呂瀬さんに優秀だと認めてもらえれば、引き抜いてくれるよ」

「なるほど」

「まあお前の場合、まず一件でも詐欺を成功させて結果を残すことだな」

「ははっ、違いない」

 横から山岸が言う。

「でもお前みたいなダメな奴がいると、俺らも気が楽になるっていうか。現場はいつもピリピリしてるからよ。お笑い担当のお前がいると、場も和むってもんだ」

 岩野も言う。

「だな。お前、なんだかんだで挨拶と返事だけは、元気良いもんな。料理も上手いし」

 どうやら俺は、一応はこいつらと一ヶ月近く過ごして、それなりの信頼関係を築けているらしい。詐欺師共に信頼されるなんて不本意なことではあるが、潜入調査が順調である事は確かなようだ。

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