第4話 肛門

俺はまた大泉さんに電話を掛けた。

「大泉さん。協力してください。オレオレ詐欺が成功したように見せかけさせてください」

「何だよ。まさか現金を振り込めって言うのか? それはできない相談だ」

「違います。良い案があります」

 俺は大泉さんに作戦を伝えて電話を切って、トイレを出た。

「今度こそ、しっかりやれよ」

 石田則光が睨みつけてきた。

「はい」

「お、気合入ってるじゃねえか」

「頑張ります」

「お前、返事だけは良いよな」

 そう言って電話を取り、電話をかける。リストにある電話番号に電話をかけると見せかけて、俺は警察官に電話を掛けた。

「もしもし。あ、俺だけど」

「おー、健司か。どうしたんだ」

「実はさ、ヤクザの車と事故しちゃってさ。かなり金を脅されてるんだよ。助けてくれよ」

「そりゃ大変だ」

「それで今から言う口座に金を振り込んで欲しいんだ」

「健司。俺は銀行口座は持ってないぞ。銀行なんて信用ならんからな。だから金庫に金を入れてある。お前も知っているだろう?」

「あっ、ああ。そ、そうだったな。そうだよな、うん。じゃあさ、知り合いに取りに行かせるよ。駅で十四時に待ち合わせよう」

「わかった」

 電話を切った。

「おい、今のカモは、銀行口座持ってねえのかよ。チッ、しょうがねえな」

 そう言って石田則光は、舌打ちした。

「おい、山岸。お前、駅まで行って金を受け取ってこい。受け子やれ」

「えー、なんだよ。面倒だなー。辻林が行けよ」

「馬鹿野郎。こいつは下痢なんだ。肝心な時に腹痛持ちだぞ。もし途中でトイレに行ったら、せっかくのカモに逃げられるかもしれねえ」

 大丈夫。俺が行かなくてもいい。むしろ山岸が行ってくれる方が好都合だ。

「わかったよ」

 そう言って、山岸は事務所を出ていった。

 それから十五時を過ぎたころ、山岸が帰ってきた。

「くそ、だめだった」

 悪態をつきながら山岸が帰ってきて、早々に口を開けた。

「おい、どうした」

 石田則光が問いかけた。

「ついてねえぜ。駅で巡回してる警察に話しかけられてよ。強盗事件があって、その捜査をしてるとかで警察がウロウロしてるんだよ。金の受け渡しなんてできやしねえ」

「マジかよ。くそ。なんでだよ。せっかく上手くいったと思ったのに」

「残念です。せっかく今度は上手くいったと思ったんですけど」

 俺はしょんぼりした素振りを見せる。まあ俺が仕組んだ事なんだけど。

「いや、これは不可抗力だ。仕方がない。流石に今回は、運がなかった。お前のせいじゃねえよ」

「はい……」

「まあお前、今日はよく頑張ったな。褒めてやるよ」

「ありがとうございます。だからどうか、クビにするのだけは勘弁してください。もう行く当てもないんですよ」

「わかったよ。明日からもしっかりこの調子でやれよ。いつかきっと金をだまし取れる」

「はい」

 俺はなんとか追い出されることを回避した。

 その翌日からも、俺はまた一件電話をかけては、トイレに行って警察官を呼んでを繰り返して、一件の被害も出さないように未然に詐欺を防いでいた。

「おい、なんでだよ。どうしてお前は、一ヶ月もやってて一件も成功しないんだよ。なあ」

「わかりません」

「わかりませんじゃねえよ。ふざけんなよ。お前、どんだけ運ないんだよ。トイレにクソと一緒に運も落としてんじゃねえのか?」

「すみません」

「すみませんじゃねえよ。お前、今日こそクビにしてやる」

「ううっ……それだけは……」

「次で決めろ」

「はい」

 電話をかける。そしてトイレへ行こうとしたら、石田則光に止められる。

「おい、待て」

「え?」

「スマホを机の上に置いていけ」

「ど、どうしてですか?」

「トイレに行くのにスマホは、必要ないだろう?」

「ひ、必要です」

「なぜだ?」

「……そ、それは……」

「いらないよな?」

「……その」

「なんだよ」

 頭をフル回転させて俺の口から出た言葉は、また俺の品格を下げるような言葉だった。

「自分の肛門の写真を撮るんです。切れ痔の具合を見るために」

「…………」

 石田則光が無言になった。

「……お前、自分の肛門の写真を撮ってるのか?」

「はい。医者に写真を撮って定期的に確認するように言われてまして」

「変わった医者だな」

「そ、そうですか?」

「ヤブ医者なんじゃないのか?」

「で、でも……。昔からお世話になってる先生なので……」

 嘘に嘘を重ねていき、苦しい言い訳が続いていく。

「しかしお前……。本当に気持ちの悪い奴だな。下痢でトイレに籠りまくっては、独り言を言いながらクソして、自分の肛門の写真撮ってんのか」

「…………」

 我ながら改めて言葉にされると酷いと思う。

「ぎゃははははは」

 隣では、カズが腹を抱えて笑っている。もちろん石田則光達は、カズの姿も声も聞こえてない。

 耐えろ。耐えるんだ、俺。本当はこいつら全員、今すぐこの場で取り押さえて、警察署に引っ張りたいが、トカゲの頭を潰す為だ。我慢だ、我慢。

「へっ……へへへっ……すみません」

「気持ち悪い笑い方しやがって」

「なのでスマホは、勘弁してください」

「しょうがねえ奴だな」

 なんとかスマホをトイレに持っていく言い訳ができた。トイレに入り、鍵をかける。

「ふぅ……」

 俺は深いため息をついた。

「しかしそれにしても、お前のプライドはズタズタだな。見ていて面白過ぎる」

 カズがゲラゲラ笑いながら言う。

「まずは電話だ。詐欺被害者を出さないように連絡しないと」

 電話をかけて例のごとく、警察官を派遣して詐欺を未然に防いでもらう。

「なあ」

 カズが少し考えて、ニヤニヤしながら言う。

「なんだ?」

「万が一の時の為、お前の肛門の写真を撮っておけ。もしもスマホの写真を調べられた時の為に役立つだろう? 信憑性ができる」

「ふざけるな。そんなことできるか」

「じゃあ俺が撮ってやろうか?」

 笑いながらカズが答えてくる。

「ふざけるな。お前に肛門の写真を撮られるくらいなら自分で撮る」

 確かにカズの言う事も一理ある。もしもスマホを調べられて肛門が写っている写真がなければ、俺の嘘がバレてしまう。そうすると今まで耐えてきた事も全て台無しだ。

 考えた末、俺は、自らの肛門の写真を撮った。その画像は、もちろん生まれて初めて見たものだった。実に見たくないものだった。

「まだまだだな。爪が甘い」

「なに?」

「お前の肛門は、健康な肛門そのものじゃないか。だからだめだ」

「ならどうしろと言うんだ」

「その写真をさっきの警察の関係者に送って、切れ痔になっているように加工して送ってもらえ」

「ふざけるな。そんなことできるか」

「トカゲの頭を捕まえるんだろ。お前の正義の心は、自分の肛門ひとつ晒す勇気ないのか?お前は犯罪よりも自らのプライドを優先するのか?」

「くっ……」

 どうしてこいつは、いつも口が上手いんだ。俺は大泉さんに電話をかけた。

「もしもし。辻林。どうした?」

「大泉さん。折り入って頼みがあります。詳しい事情は、この事件が解決したら話しますから頼みを聞いてください」

「うん。大丈夫だ。俺達はお前をサポートすると決めているからな。何でも言ってみろ。なんだ?」

「俺の肛門の写真を送るので、とてつもなく酷い切れ痔になるように加工してください」

「すまない。もう一度言ってくれ。俺の聞き間違いかもしれない」

「ですから……。肛門の写真を送るので、切れ痔になるように加工してください」

「一体、現場では何が起こっているんだ……?」

「よろしく……お願いします」

 そして大泉さんから、酷い切れ痔に加工された俺の肛門の画像が送られてきた。

「……ひどい。顔を背けたくなるな」

「ぎゃははははは」

 カズが爆笑している。そしてトイレを出た。

「今回は随分と長かったな。酷いのか?」

「はい……」

「そうか……」

 石田則光が可哀想なものを見るような目で、俺を見てきた。

「……」

 その様子を、前橋彩が無言で見つめていた

 夕食の準備を手伝っていた。前橋彩が俺に声をかけてきた。

「ねえ、あんたさ」

「はい」

「ここの生活には、もう慣れた?」

「はい。なんとか」

「でも仕事は全然できないね。料理はこんなに上手いのに」

「すみません」

「謝らなくてもいいよ。それよりさ、今日私の部屋に来なよ。話し相手になってよ」

「えっ……」

「おいおい、、またラッキースケベか?」

 カズが嬉しそうに言う。

「えっ……。い、いや、しかし……」

「何?嫌なの?」

「いや、嫌じゃないですけど……」

「じゃあ来てね」

「はい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る