第2話 接触

俺は目の前の信じられない光景に、その場で固まっていた。

「そうだ」

「お前、死んだはずだろ? 自殺したんだろ」

「ああ、そうだ。死んだ。自殺した。俺はどうやら成仏できないらしい。この世に未練があるからな」

「未練?」

「俺は美人局に騙された。そして精神的にやられてしまい、自殺した」

「ああ、それは知っている。本当にお前が……? 信じられない」

「だからさ、仇を取ってよ♪ おまわりさん♪ 犯人捕まえてよ♪ そうすれば俺も成仏できるよ♪」

「犯人に心当たりはあるのか?」

「巨大詐欺グループだ。その中の末端の美人局にやられたんだ」

「巨大詐欺グループ。それは見過ごせないな」

「さすがおまわりさん♪ 俺も捜査に協力するからさ。一緒に捕まえようよ♪ 俺と一緒に遊ぼうよ♪」

「遊ぶだと?」

「そう。幽霊になったらさ、姿は見えないから女の子の裸覗き放題。それはいいんだけどさ、触れないの。すり抜けちゃうわけ。でもな、こうやってほら。なぜか物には触れられるんだ」

 そう言って、俺のコップを持ち上げた。

「物には触れるのに、人間には触れられないわけよ。だからさ、俺は女の子の裸を見るだけよりもお前と遊ぶ方が楽しいと睨んだ。だからこうしてお前に、犯人を一緒に捕まえてもらって、さっさと成仏しようと思って来たんだよ」

「ん? 物には触れられる……? ……おい、お前まさか」

「ピンポーン。正解」

 あいつが死んでから、俺の部屋で怪現象が起きていた。壁掛け時計がポトッと落ちてくるのだ。何度も何度も落ちてくるのだ。あまりにも落ちてくるので、建物が歪んでいるのではないかと思い、マンションの管理人に相談した。そして業者を呼んで部屋の傾きを調査してもらったが、異常はなかった。そんなはずはない。ならば一体どうして壁掛け時計が落ちるというのだ。俺は原因を究明しようと思い、自分で建築法の勉強を始めた。部屋の傾きの原因は埋め立て地や盛り土をした土地による不同沈下がある。きちんとした工事がされていないために、一部分の地盤が沈下して家が傾いてしまうことがある。 他にも軟弱地盤による沈下がある。だから転圧を行い地盤強化する。転圧も奥が深い。そもそも転圧とは、土砂やアスファルト等に、力を加えて空気を押し出し、粒子同士の接触を密にして密度を高めることだ。俺はその技術に感動した。日本の建築の技術は、非常に素晴らしい。先人達の知恵と経験があり、今現在の建築があるのだ。

 しかし得たのは、日本の建築技術は素晴らしく、今も日々進化を続けているという事だけだった。だが勉強したその知識は、無駄にはならないだろう。いつか役に立つ事がきっとあるはずだ。そう思う事にした

 ならば一体、壁掛け時計が落ちる原因は何だというのだ。俺が次に着目したのは、壁掛け時計そのものだった。そうだ、時計だ。時計に問題があるに違いない。壁掛け時計の壁にかける為の穴の大きさを調べてみる。約一ミリ程度の大きさだという事が分かった。穴の大きさがおかしいのではないかと調べていくうちに、俺はふと思った。待てよ、穴ではないのかもしれない。穴ではなく、時計の内部の構造が特殊だからその重みでバランスが悪くて何度も落ちるのかもしれない。ああ、そうだ。きっとそうだ。そうに違いない。だから俺は、今度は時計の勉強をする事にした。手当たり次第に壁掛け時計をネット通販で注文した。安い物から高い物まで。日本製から海外製の物まで幅広く取り揃えた。時計メーカーは、世界各地にあり、競合し合っている。どの時計も素晴らしく、それはまさに芸術品と呼べるにふさわしい。時計は最高だ。

しかしいくら勉強しても時計の構造上、壁掛け時計が落ちるなんてことはなかった。あり得ない事だ。ならば一体何が原因なのだろうか。いくら悩んだところでも壁掛け時計が何度も何度も落ちるという謎を解き明かす事ができなかった。ありとあらゆる考えられることを全て調べてみた。しかし原因は分からなかった。

そして今、その謎がついに解けた。

「お前の仕業か」

「正解♪ 俺が壁掛け時計を何度も落としてたんだよ」

「どうしてそんなことをしたんだ」

「だってさ、お前。俺が死んだ時、全然精神的に落ち込んでなくて平然としてたからさ。お前の精神が弱るところ見たくて、あの手この手で精神的にどんどん追い詰めていったんだよ」

「俺は警察官だ。精神が屈強でなくてはならない。だが壁掛け時計が落ちてきたり、食器が落ちて割れたり、そんな事が何ヶ月も続けば、誰だって精神的に参るに決まっているだろう」

「日を増す毎に精神的に弱っていくお前は、傑作だった♪」

 こいつは、本当に人を玩具にするのが好きな奴だな。俺を何だと思っているんだ。

「まあそれは済んだことだからもういい。許せないが、許してやる。そんなことよりも巨大詐欺グループを捕まえる事を考えなければいけない。今こうしている間にも被害に遭っている人が大勢いるはずだ」

「そうそう♪ 早く捕まえようぜ」

「それでそいつらに接触するには、どうすればいい?」

「架空請求のメールが届くのを待つしかないな。そこで上手い事やって接触すれば良い」

「メールが届くのを待つ必要があるのか」

「後は俺が奴らを捕まえる為の最高のプランを用意しているから、お前は警察官として奴らを捕まえてくれたらそれでいいよ」

「最高のプラン? どんなプランだ。言ってみろ」

「いいか。相手は巨大詐欺グループだ。とても用心深く、証拠も残さない。だから捕まえるのが困難だ。そこで俺が考えたのは、お前が単独で巨大詐欺グループに潜入調査するというものだ」

「潜入調査だと?」

「ああ。そうじゃないと奴らの頭は潰せない」

 頭を潰せない。その言葉を聞いて、喉黒さんにかつて教えてもらった良い警察官の条件であるトカゲの頭を潰せる奴という言葉が俺の頭をよぎった。

「わかった。具体的にどうするんだ?」

「幸いにもここにいるのは、奴らの手口の被害者で、奴らの手口を把握していて、更に幽霊。お前以外には、姿が見えない。しかも頭がキレてイケメンの俺という心強い味方がいる。俺が完璧な計画を立ててやる」

 そう言って、カズが立てた計画の全貌を知った。

「なるほど。色々穴はありそうだが、用心深い巨大詐欺グループを潰すには、やってみる価値はあるな」

「よし、決まりだな♪ なら早速準備に取り掛かるぞ」

 それから半年が経った。この日の為に準備をしてきた。出会い系サイトでわざとお金を振り込んで騙されて、自分が絶好のカモであることを演出したりしてきた。そしてついに俺のスマホに一通のメールが届いた。そのメールを開いた時、俺の心臓の音はドクンッと大きな鼓動を打った。

「きた」

「よし、いよいよだな。ゲームスタート♪」

 俺のスマホに届いたメールには、こう書かれていた。

『初めまして。私の名前は、前橋彩といいます。今年で二十二歳になります。身長は156センチ。バストはDカップです。あなたの事が前から気になっていて、知り合いの知り合いを通じてあなたの連絡先を教えてもらいました。それで思いきってメールさせて頂いています。私、あなたの事が気になっているというか、ぶっちゃけ一目惚れしちゃいました。是非、あなたに会って仲良くなりたいです。お願いします。私と会って頂けませんか?私の顔写真を送っておきます。もしいいなと思ったら返事ください。待ってます。』

「典型的な詐欺のメールだな。お前、こんなのに騙されたのか」

「暇だったんだ。俺も詐欺だと思ったが、面白半分でメールを返したんだ。そうしたらどうもやりとりも本物っぽい感じがしてきて、そのまま騙されてしまった」

「まあとりあえず返事を返せばいいんだな?」

「ああ、そうだ。まずはその女に接触するまで持っていくんだ」

俺はメールを打った。

『初めまして。突然メールが来て驚きました。まさか俺のようなつまらない人間に、こんな内容のメールが届くなんて驚きました。俺の名前は、辻林衛と言います。もし良ければ俺もあなたにお会いしてみたいです。』

「まあこんな感じか?」

「うんうん、それでオッケーだ♪」

 しばらくすると、再び俺のスマホが振動して、どうやらメールが届いたようだ。すぐにそのメールの内容を確かめる。

『お返事してくれてありがとうございます。嬉しいです。辻林衛さん。素敵なお名前ですね。私、辻林さんの事を色々知りたいです。教えてください。お仕事は何やっているのかとか、どんな趣味を持っているのかとか、色々知りたいです。それで仲良くなって、私の事を信用して頂けるようでしたら、是非お会いしたいです。』

「なるほど。ここで仲良くなってからと、あえて一歩引いてくるところが、少し本物臭く思わせるポイントなのか」

「そうそう。俺もそれで騙されたんだ」

 更にメールに返事をする。

『仕事はフリーターです。夢もなく、ダラダラとコンビニ店員のバイトを続けているダメな男です。こんな俺でもいいんでしょうか。毎日、悩んだりしています。俺みたいな何の魅力もない奴に前橋さんのような素敵な女性から一目惚れしたなんて言われて、今正直な話、とても舞い上がっています。俺の趣味は、特にこれといってないんですが、強いて言うとするならばパワースポット巡りです。パワースポット巡りをして良い出会いがありますようにとお願いしていたので、前橋さんのような素敵な方と出会えたのかな。なんて考えたりもしてしまいました。』

「それっぽく返せているよな?」

「ああ、そうだ。お前の職業はフリーターだ。警戒されにくい職業だろう?」

 カズはニヤリとしながら言った。

「お前は実際にフリーターだったからな」

 さらにやりとりは続く。

『フリーターでも良いじゃないですか。仕事をしている事は立派ですよ。全然ダメな男じゃないです。頑張っている衛さんは素敵です。あ、すみません。衛さんなんて呼んでしまって。いきなり馴れ馴れしいですよね? パワースポット巡りが好きなんですね。いいですね。パワースポット。私も行きたいな。』

「よし。それとなく自然な会話を引き出せている。そろそろ仕掛けるか」

「そうだな。そろそろ仕掛けようぜ♪」

 俺達は、ここから攻める事にした。

『ありがとうございます。そう言って頂けると気が楽になりました。実は、ここだけの話なんですけど、物凄いパワースポットがあるんです。そのパワースポットで願い事をすれば何でも願いが叶うと言われています。実際に俺もそのおかげでお金に困る事もなくなったし、恋愛運も上がったんです。前橋さんは、「昼の星」を知っていますか?』

「さあゲームスタートだ。食いついてこい」

 少しするとまたメールの返事が届いた。

『昼の星? いいえ、分かりません。何でも願い事が叶うパワースポットって凄いですね。私もとても興味があります。是非、詳しい話を教えて頂けないでしょうか?』

「よし、食いついてきた。もうお金に困っていないという単語に食いついてきたな」

「早く返事書こうぜ♪」

 そして俺は、勝負のメールを打った。

『昼の星は、不思議なパワーを持っていて、願い事を何でも叶えてくれます。願い事をした人達は、願い事を叶えて貰っています。お金持ちになりたい人はお金持ちになるし、恋人が欲しい人は恋人ができます。病気の人は健康になりたいと願えば、病気が治るんです。昼の星が現れる場所は、神出鬼没で、その時々で変わります。ほとんどの人は、次に昼の星がどこに現れるか知りません。選ばれた強運な人だけが、昼の星を見る事が出来るんです。俺は次に昼の星が現れる場所を知っています。彩さんになら教えてもいいなと思いました。一緒に昼の星を見て願いを叶えませんか?日時と場所は、七月四日。十二時五分。吉野河川敷になります。』

 このメールを送った時、俺は緊張していた。メールを送る指が震えていた。そして数分後、前橋彩からメールの返事が届いた。

「あ、ああ。緊張する」

「俺達のラッキーナンバーを入れたんだ。大丈夫だろう」

 ラッキーナンバー。俺とカズが競馬で賭ける時の馬の番号だ。俺は基本的に一番人気の単勝に賭ける事が多い。そしてそれはなぜか、四番か七番の単勝の時に勝てる事が多いのだ。逆にカズは大穴狙い。馬の番号は、五番か十二番が絡んだ三連単を買って一発逆転を狙う。競馬の賭け方ひとつでも、俺とカズは真逆をいく。

「いよいよだな」

 ふうと息を整えて、届いたばかりの未開封メールを開ける。

『昼の星。そんな現象があるんですね。とても見てみたいです。ロマンチックですね。是非、その日に衛さんにお会いできれば嬉しいです。一緒に昼の星を見て願い事を叶えましょう』

 その返ってきたメールを見て、俺達は最初の難関をクリアしたのだと喜んだ。

「よし、まずは第一段階クリアだな」

「ああ。まずは俺達の指定した日時と場所に、美人局を呼び出せる事が第一の目的だった。それが成功したのは大きい」

「よし、後は警察官であるお前の仕事だ」

 次の俺の仕事は、七月四日。十二時五分。吉野河川敷になるべく多くの私服警察官を配置する事だ。昼の星を見にきた一般人を演じてもらう必要がある。その為の大規模な警察官の手配を先輩警察官で信頼できる大泉さんに相談した。

「……という経緯です。俺は巨大詐欺グループを捕まえる為に、美人局の前橋彩に接触します。その為のサポートをお願いしたいのですが」

「つまり君の友人が自殺した。その彼の死の原因は、巨大詐欺グループに騙されて多額の料金を請求されて金を騙し取られたショックで、精神的に追い詰められて自殺したというわけか。そして辻林、君はトカゲの頭である巨大詐欺グループの殲滅を狙っていると。そういうことか」

「はい」

「まあ辻林は、喉黒を逮捕したりしていて信頼も厚いからなんとかなるだろう。わかった。なんとか手を回してみよう」

 大泉さんは、かつて喉黒さんの部下だった人だ。

「長谷川尋という警部を知っているか?」

「いや、分かりませんね」

「穏やかそうな地味で目立たない警部だよ。黒縁眼鏡がトレードマークのね。当日の配置は、彼に手配してくれるように頼んでみよう」

「助かります」

 大泉さんと長谷川警部の協力があり、七月四日当日には、吉野河川敷に大規模なおとり捜査員達が配置されることになった。

 そして七月四日当日。時間は十一時五十五分。昼の星の予定時間である十二時五分まで残りニ十分。吉野河川敷には、多くの人が集まっている。ただしこれのほとんどが大泉さんと長谷川警部が用意したおとり警察官だ。

「いよいよだな」

「ああ」

 そして待っているとやってきたのは、茶髪の巻き髪でロングヘアー、体のラインがはっきりわかる服装を着ているギャル風の若い女。年齢は二十代前半くらいだろう。彼女が前橋彩だろう。送られてきた写真の顔と一致している。女が俺の方にゆっくりと近づいてくる。

「辻林衛さんですか?」

「はい。そうです。前橋彩さんですか?」

「はい。お会いできて嬉しいです」

「僕もです」

「昼の星、もうすぐ始まりますね」

「そうですね。願い事は決まりましたか?」

「はい。お母さんの病気が治りますようにってお願いしようと思っています」

「お母さん、病気なんですか?」

「はい」

「そうですか。きっと良くなりますよ。昼の星のパワーは凄いですから」

「はい、期待しています」

 そんな話をしていると、午後十二時五分になった。昼の星なんてどこにも見えない。当然だ。そんなものは存在しないのだから。

「見えませんね」

「見えなくてもいいんですよ。もう出ていますから」

「そうなんですか?」

「はい、昼の星は、見えなくてもパワーは確かに存在します。だから大丈夫です」

「衛さんの願い事は、何ですか?」

「俺はそうですね。大好きな人と一生、幸せに過ごせますようにって願いをしたいと考えています」

「素敵ですね」

「その人が彩さんだったらいいな。……なんて」

「えっ?」

「ははは」

「うふふ」

 昼の星が見れるのは、十分間という設定だ。まあこれに特に意味はない。本番はこの後なのだから。

「昼の星、結構人がいましたね」

「そうですね。皆、意外と情報通だ」

「この後はどうしますか?」

「すみません。この後は予定があるんです。また後日、デートしてください」

「はい。楽しみにしていますね」

 そう言って、前橋彩は歩いていった。

「では、これから俺は、前橋彩を尾行して奴らのアジトを突き止めようと思います」

 電話で大泉さんに告げると俺は、前橋彩に気づかれないように尾行した。前橋彩は、雑居ビルの中に入っていった。彼女が部屋に入ったのを確認し、大泉さんにアジトの場所を伝えた。いよいよ、警察が一斉突入する……のではない。これは万が一の時の為の保険だ。俺は単身で、奴らのアジトに潜入するのだ。勢いよくドアを開けて叫ぶ。

「警察だ。全員手を挙げろ」

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