第5話 特訓③
7月2日、午前5時。
昨日と変わらず、僕の1日は一崎さんに起こされて始まった。
「おはようございます、一崎さん」
「挨拶はいいから早くこれに着替えて」
そう言って一崎さんは昨日と同じ服を出してくる。僕は急いでそれに着替えると、すぐにアパートを出た。
昨日と同じようにとにかく長すぎる道を通り、訓練場に辿り着く。ここまでの道が程よいウォーミングアップになることを考えると、ここまで遠いのも案外悪くないのかもしれない。
「昨日も言ってた通り、今日から異能の訓練を始める。それとあなた、割と早く終わったじゃない。あそこまで早く身体の訓練を終わらせたのはあなたが初めてよ」
「まあ僕、運動はそこまで苦手でもなかったので」
「そう。それは良かった。じゃあ、早速異能の訓練に移りましょう」
「は、はい……」
「まず、貴方の異能は何かしら?」
「水を生成することです」
僕は手のひらの上に水でできた球体を生成する。
「なるほど。性質自体は悪くない。液体を操るという意味では、私の異能と系統も似てる」
一崎さんは僕の作った水の玉を見て口角を少し上げる。
「で、でも……こうやって少量の水を丸い形に保つのが精一杯で……動かしたりとか……あと細かい操作は全くできません」
「大丈夫。むしろまだ一回も練習していないような状態で丸い形に保てるなら、可能性は全然ある。能力は本人の努力で十分に進化する」
「そうなんですか?」
「そう。私もかつては血を少し飛ばすくらいしかできなかった。でも、今ならこうやって形を固定することもできる。それに、最初からこんなに大掛かりな施設を一人の異能者が作れていたわけがないし」
言われてみれば、確かに……。そんなことが最初からできる人がいるなんて、いくらなんでも非現実的すぎる気がした。
「まずは、水を自分の手にまとわりつかせるところから始めましょう」
僕はそう言われて必死に手の上の水に集中する。ゆっくりと水を変形させていくが、なかなか成功しない。
20回くらい試した時、やっと手を水で覆うことで成功した。しかし、それも数秒しか持続しない。
「やっぱりあなたは上達が早い。その調子」
こ、これで上達が早いの……?あぁ、だから2週間も猶予を持たせたのか、あの人は……。
数十分くらい訓練を重ねる。すると、いつの間にかなんとか両手を水でコーティングすることができるようになっていた。そして、手を握ったり開いたりするのに合わせて水で手を覆うように形を変えることもできるようになっていた。
「おお、すごい。その調子」
そうして3時間ぐらい続けていると、今日の水の上限が来てしまった。水はコントロールできずに僕の指の間から滴り落ち、次の水を生成しようとしても水が出なくなった。
それを見て一崎さんは「何があったの?」と目で言いながら首を傾げている。
「ああ、あの……すいません、言い忘れてました……。実は僕、1日に生み出せる水の量に上限があって……今その上限を超えてしまったみたいなんです」
僕が説明すると、一崎さんは傾けていた首をまっすぐに戻してこう言う。
「そう。だったら今日の残りは体を鍛えましょう。それと、多分その水を出せる量の上限も水を出し続ければ次第に上がっていくはず。あきらめないで」
「わかりました!」
その後、僕は一崎さんに言われたように、残りの時間で身体を鍛える特訓をした。
こんな感じの日々が1週間近くも続いた。その度に出せる水の量は上がっていき、また水を操る技術も向上していった。そして、次第には水圧を増幅して敵を攻撃する技も習得することができた。
その時に一緒にやった身体能力や戦闘の直接的な技術を上げる訓練も重なって、戦闘能力も格段に上がっていった。
「あなた、最初に私が思ってたよりちゃんとやるじゃない。ちゃんと努力してる」
「ありがとうございます」
「これなら4日後に行われる入社試験を兼ねた任務でも活躍できそう。そういうわけで、明日からの3日間、他の子達と一緒に実戦訓練をしてもらう」
「実戦訓練?」
その言葉を聞いた時、僕の背筋は冷蔵庫に入れられたかのように寒くなった。
「そう。実戦訓練。私たちは戦う組織だから、ちゃんと異能を使いこなさないといけない。そのために、明日からの3日間本気で戦ってもらう。他の二人と一緒にね」
「他の二人と?」
その瞬間、僕の脳内に黎人くんとアミちゃんの顔がよぎった。
「そう。当然こっちだって一人じゃない。あの二人を鍛えていた人とも戦ってもらう。つまり3対3ってこと」
3対3か……。うまくあの二人とコンビネーションを取れるか心配なところだ。
「ちなみに一つ言っておく。これから3日間の間に1日3回戦ってもらうけど、もし3日間で1回も勝てなかったらあなたたちまとめてクビだから。よろしく」
ク……クビ……?本気で言ってるの?
まあこの表情からすると一崎さんは本気なんだろうけど……。
「そのままだと勝てなさそうだから、今日の残りはあの二人と一緒に301号室で過ごしなさい。作戦は考えてきていいわ」
「わかりました」
僕はそう言われ、301号室で1日の残りを過ごした。
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