第4話 特訓②

「”超常保安局”?」


僕の脳内を一つの組織の名前がよぎった。


「あなた、知ってる?」


「名前しか知りません」


「そう。教えてあげる。よく聞いて」


一崎さんはいつも以上に顔をしかめてこういう。


「私たちみたいに無能者デリケイトを殺害したり、その他の重大な犯罪を犯したりした『特別異能犯罪者』に対して送られる政府公認の組織のこと」


「そんなのがいるんですね」


「うん。奴らは私たちのような特別異能犯罪者を、神話や伝承に登場する生物からとった捜査名称で呼ぶ。私は奴らから【吸血鬼ヴァンパイア】と呼ばれている」


「【吸血鬼ヴァンパイア】……」


確かに一崎さんの血を操る能力はまるで吸血鬼と言っても差し支えないかもしれない。


なるほど、向こうも強い異能者を呼んで対抗するのか。確かにそんな人たちに守られているなら無能者デリケイトが自ら戦う道理はないし、何十人いても彼ら自身を警戒する必要がないのはよくわかる。それに、あの人たちの守られようからすればそんな組織が存在していてもおかしくない。


「あと、奴らと戦うにあたって一つだけ注意点がある」


僕はそれに対し、『何ですか?』と聞くように首を傾げる。


「どれだけ敵意を持っていても、どれだけ強い敵でも、奴らを殺してはいけない。私たちの目的はあくまで異能を持たない無能者デリケイトの淘汰。異能を使って十分に戦えるほどの実力を持った個体を殺すことは、ダーウィンズオーダーの理念に反するから」


なるほど……。確かに一崎さんの発言も筋は通っている。たとえ自分達と渡り合えるような人でも自分達と対立するならば殺すべきとかいうのは、自然の摂理がどうこう言う人たちとして考えれば矛盾した傲慢な思想だ。


「でも、それはこっちだけの話。私たちは普通なら死刑レベルの犯罪者。だから向こうは私たちのことを平気で殺しにかかってくる。だから覚悟して挑みなさい」


「わかりました」


……にしても変な感覚だなぁ。そんな犯罪者の僕らが超常保安局の人たちを殺さないのに、正義の味方みたいな公務員が僕らを殺しにかかってくるなんて。普通、ヒーローとヴィランって逆なんじゃないの?


そんな会話をしているうちに食堂に着いた。僕はお腹が空いていたし、これは朝食と昼食を兼ねているということで、大盛りの焼きそばを頼んで食べた。


「「ごちそうさまでした」」


僕と一崎さんはその後、大急ぎで訓練場に戻る。


「はぁ……はぁ……なんでこんなに大急ぎで……」


「当たり前じゃない。あんなに大盛りを頼んで、しかも移動中に無駄話ばかりするからこうなる」


「そ、そうですよね……」


なんとかタイムリミットギリギリで辿り着くことができた。


「訓練を再開する。15分間私の攻撃を避け続けて倒れずにいられたら合格」


そういうと一崎さんは両手首をナイフで傷つける。そして傷が塞がって傷口から釜が分離すると、それを拾って両手に鎌を持つ姿勢をとり、こちらに迫ってきた。その様子はまるで獲物を狩ろうとするカマキリのようだった。


「下……」


こちらに近づくなり、一崎さんは無表情でそれを振りかざす。僕は咄嗟にそれを避けた。


「上……」


すると今度は屈んで床近くの低い位置で鎌を振りかざす。それを見て僕はジャンプをした。


その次は上を刈り払う。僕はその攻撃をしゃがんで避けた。


「左……右……」


腕、足、首、胴体。僕のあらゆるパーツを狙って、次々と攻撃が飛んでくる。


「こんなのキリがない……。どうにかして逃げないと!」


僕はそう言いながら後ろを向き、猛ダッシュで逃走する。


「逃げるの?じゃあ……こうするか」


「えっ?」


僕はそう言いながら振り向く。すると、一崎さんは血の鎌を手首の傷から分離し、ブーメランのようにクルクル回しながらこちらに飛ばしてきた。


「うわあああああ!」


僕は直ちにカーブする。しばらくするとベチャッ、という音がして、振り向くと飛んできた鎌の進行方向上にあった壁に血が付着した。


「振り向いてる暇があったら私から逃げなさい」


そういうと再び両手に鎌を持ち、こちらに高速で迫ってきた。


「うわああああ!」


ある程度距離をつめた一崎さんは、一瞬の迷いもなく鎌で攻撃を再開する。


「下……」


その声が聞こえたので僕は下を向きながらジャンプして血鎌を避ける。


「左……上……右……上……下……」


僕は耳を研ぎ澄ませながら声を聞き、咄嗟に一崎さんの攻撃を回避し続ける。そして、一崎さんから遠く逃げられるようにジグザグと曲がりながら逃げ続けた。


「はぁ……はぁ……あと何ふ……うわっ!?」


「下……」


残り時間を一崎さんに聞こうとした時、僕は転んでしまった。


僕が転んで床から離れている間に、一崎さんは鎌で床を薙ぎ払う。その結果、僕は奇跡的に彼女の攻撃を避けることができた。


僕が地面に激突した瞬間、「ピーーーー」という音が鳴った。


「合格おめでとう、洋」


「え?」


「今ちょうど10分経った。だからあなたは合格」


「ありがとうございます……転んだ瞬間斬りつけられるかと思いましたよ……」


「別にお礼はいい。あと、実戦だとどこから攻撃されるかわからないから気をつけて。思ったより早く終わったから、今日はもう休んでいい。その代わり、明日から異能の訓練だから」


「わかりました」


今日の訓練が終わったので、僕は疲れを取ると一崎さんと一緒に部屋に戻った。

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