第5話 村長の息子
タール達が村を出ていって丸2日が経過した。未だに彼らの姿は見えない。
(少しだけ心配だな)
家政婦のおばちゃんが作ってくれた朝食を食べ(うちってもしかして裕福だったりする?)、外に出て魔法の練習に励もうとする。何よりも継続することが大事だと本には書いてあった。
今日は杖を使ってみる。この杖は自分の部屋に飾ってあったものだ。きっとこの体の持ち主が以前使っていたものだろう。手に馴染む。
やってやるぞと意気込んで杖を構え撃とうとしたそのとき、なにやら下の方から騒がしい声が聞こえだした。
もしかしたら彼らが帰ってきたのかもしれない、そう思って部屋に戻り自室の窓から村の入り口を見る。
(一人しか帰ってきてない?)
細目で頑張って見る。ルナだ。髪型がボサボサになってて一瞬誰だか分からなかった。急いで家を出てその場に向かう。
ようやく辿り着き声をかけようとしたが周りの空気があまりにも暗く戸惑う。
「負け、たのね」
周りにいた女の人が言った一言がやけに耳に残る。
負けた? ルナの方に目を向ける。…帰ってきたのはルナ一人だけ、それにさっきの「負けた」という単語。
そうか、戦いに行った人達はルナを除いて死んだのか。
周りからすすり泣く声が聞こえる。心が少し傷んだ。
ルナが口を開く。
「…すぐに追っ手が来るはず。私は徒歩で帰ってきたけど奴らは馬を持っているから。今すぐ逃げて。ここは火の海になるわ」
そこからは阿鼻叫喚だった。
あるものは
「どうしていつも私達は耐え続けなくてはいけないの」
と言いながら泣き崩れ
あるものは
「村長を殺され、村の若造達も殺され局の果てにはこの村を捨てなくちゃいけないだって? 冗談じゃない」
と言いながら憤る。
そんな惨状を目の当たりにしながらこれからどうしようかと考えていた。
部屋においてあった地図も少しだけ覗いたので、ある程度世界の地理は理解している。個人的に興味があるのはギリア魔法帝国だ。何でも国民の過半数が魔法使いなのだとか。
(よし、この村を出たらまずはギリアに向かおう。)
そうと決まれば即実行。そう思いながら荷物をまとめるために、家に戻ろうとすると違和感に気付く。何か変だ。
さっきまでの騒がしかった声が急に静かになったのだ。ゆっくり振り返る。皆が一斉に遠くを見つめている。
遠くに人の影が見える。
もう既に追っ手は迫ってきていた。
隣の人が急に後ろに吹っ飛ぶ。見ると顔に矢が刺さっていた。段々と周りの人間も倒れていく。状況が掴めずぼーっと突っ立っていると、腕を誰かに強く引っ張られた。ルナだ。
「走るわよ! 」
そのまま引っ張られながら走っていく。
後ろを見ると何故か皆その場に留まっていた。
「全力で時間稼ぎするぞ!」
「へルトが逃げきる時間を稼ぐんだ!」
驚いて目を見開く。なんで皆、僕を守ろうとするんだ? 逃げないと死んじゃうだろ。そう思いながら走る。後ろから悲鳴が聞こえる。後ろを向こうとするがルナに強く引っ張られ見ることは叶わない。走る。走る。走る。
裏口が見えてきた。急にルナが立ち止まる。
「どうしたの?! 早く逃げないと殺されちゃうよ」
焦りで声が大きくなる。返事の代わりに何かを握らされた。巾着袋だ。
「少額だけどその中にお金を入れてあるわ。この森を真っ直ぐ抜けるとギリアという国があると思うから大人に頼りながらそこで生き延びなさい」
そういってルナは被っていた帽子を僕の頭の上に乗せ、後ろを振り返り敵兵の元へ戻っていく。今すぐに逃げたい気持ちとどうにか呼び止めなくてはという気持ちで板挟みになり足が動かない。
「あなたはこの集落の希望なの。皆、命をはって村長の息子であるあなたを逃がそうとしている。あなたさえ生き延びればいつかまたこの集落は生き返って、きっと半端者に対する差別は無くなると信じているのよ。さあ、行って!」
森の中を駆け抜ける。訳が分からない。村長の息子? 記憶ないからそんなの知らないよ。木の枝に皮膚を裂かれる。痛い。我慢して走り続ける。涙が自然と出てくる。僕は君たちになんの思い入れもないのに。こんなの一方的な押し付けじゃないか。走り疲れ近くにあった木に寄りかかりながら空を見上げる。生憎の曇天だ。深く深呼吸をし、腕で顔を拭い涙をふく。
そしてヘルトは再び走り出した。胸に凝りのようなものを残しながら。
(行ったわね)
ヘルトが森に向かって走り出したのを見てルナは歩き始める。
普通の子供でさえ抱えきれないものを村長の息子とはいえ今のヘルトに押し付けたことには非常に罪悪感を感じていた。
それでも託した。私達は抗い続けないと行けないから。
敵兵の姿が徐々に見えてくる。とうとう私の出番が回ってきたわね。杖を構える。…これはあの時逃げてしまったことの罪償いだ。
(カール、全部終わったら真っ先にあなたの元へ行くわ。いろいろ言いたいことがあるの)
放たれた一本の矢がついに女の頭に突き刺さる。
その日、半獣人モワティエ族は歴史上消滅したと記録には残されている。
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