第4話 戦争の音
武装した集団が馬に乗りながら狼獣人ダル族が管轄するダル地区を目指し、行進を続けていた。
高い背丈を目立たせながら先頭を歩んでいる男はタールである。
「…ヘルトに村長のことを伝えなくてよかったのか?」
左後ろにいたカールに声を掛けられた。顔は真正面に向け続けながらタールは答える。
「記憶を喪失した今のヘルトに
『父さんがお前を助けに一人でダル地区に向かった』
なんて言ってもどうにもならないだろう。仮に伝えたところで、だ。」
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ヘルトがいなくなってから1日たった次の日の朝、目を覚まし一階へ降りると、いつもなら先に起きて料理を作っているはずの父さんの姿が見当たらない。おかしいなと首を捻りながらふと机の上に目をやるとなにやら手紙が置いてある。
「『親愛なる我が息子タールへ
ヘルトの居場所が掴めた。地区外で出会った町商人に話を聞いたところ、どうやら一人の少年がダル族に連れられて行くところを見たということだ。私はこれから一人でダル地区に向かい、話を聞き出そうと思う。もし私が今日中に帰ってこなかったら私を死んだものとみなし、村を率いてヘルトを助け出してくれ。』」
ヘルトがダル族の奴らに誘拐されたらしい。集落の皆にこのことを伝えると、村全体が急速に殺気を帯びはじめた。
今まで純粋な獣人ではないからと蔑まれながら肩身狭く生きてきた半獣人である俺たちは何とか今までこらえてきたが、しかし今回の件で皆の目に暗いものが灯りだす。
その日の夕方に疲労困憊としているヘルトを発見する。腰に死体と共に墓に埋める守り刀をぶら下げていた。奴らが持たせたのだろう。なめやがって。
記憶喪失をしたヘルトだけが帰ってきて、父さんは結局帰ってこなかった。
証拠はもう十分だ。
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沸々と憎悪が湧いてくる。あまりの怒りに強く握りすぎた拳から血が出てくる。
だんだんと目の前がひらけてきた。遠くに奴らの集落が見えてくる。
すぐに突撃したいが、今は昼間だ。ここで少し仮眠をして夜中に奇襲をするのが良いだろう。
そう考えタールは指示を出し、日が完全に暮れるまで待った。
真夜中。高台の上でダル族の若者は時々こくりこくりとなりながら見張りをしていた。
最近は大きな出来事は何にも起こっていない。あったとしても基本酔っ払いがおかしなことをするくらいだ。
(ぁー眠い)
大きなあくびをした後、ぼーっと遠くを眺めているとなにか違和感を感じ、目を細めた。
武装した集団がこちらを目指して走ってきている。あれは…半獣人の奴ら⁈
すぐに鐘をならし大声で警戒する。
「敵しゅ…」
全てを言い切る前に頭に矢を生やした若者はゆっくりと倒れていく。
「高台にいる奴らを優先して狙え!!」
そう言ってタールは即座に次の矢を補填する。
次々に仲間が矢を放ち命中させていく。
しかし相手もそう簡単には倒させてくれないようで、反撃され始めると一人、また一人と倒れていく。
「よくもあいつを!!」
人数が減れば減るほど矢の応酬は激化していった。
門まであともう少しの距離までたどり着くと馬にまたがりながらルナが詠唱を唱えだす。
「『水の精霊よ。汝が持つ力を用いて我が宿敵を撃ち滅ぼさんことを臨む。』
ウォーターボール!」
水でできた球が勢いよく飛んでいき目の前の門を破壊する。
タール達はそのままの勢いで集落の中に入り込む。
「屈辱、今晴らさせてもらうぞ!!」
その頃のヘルトはというと暇潰しに部屋にあった本を片っ端から読み漁っていた。
「『魔法指南書』か、なんか面白そう」
最初のページから軽く読見始めていく。
本によると、魔法を放つにはどうやら魔法式というものを頭に浮かべながら呪文を唱える必要があるらしい。パラパラっと本をめくっていくと、、、魔法式は少なくとも数百は存在するということがわかる。
流石に全てを覚えることは無理だろう。仮にできる奴がいたらそいつは人間ではない。とりあえず一つ簡単そうなのを覚えよう。
なんとか水系統の魔法を一つ覚えた。試し撃ちをしてみようと思い庭に出る。
どうやら魔法使い専用の杖があると成功しやすくなるらしいが、手持ちにないので今回はその辺に落ちていた木の棒を代わりに使おう。
深呼吸をして木の枝を構える。覚えた魔法式を頭に浮かべ呪文を唱える。
「『水の精霊よ、汝の力をもって我が宿敵を撃ち滅ぼせ』
ウォーターボール」
次の瞬間木の枝の先端から水が球状の形となって現れ真っすぐに飛んでいき、庭に生えていた木に着弾する。
ドッシャーン
近づいて見てみると、木の表面がえぐれていた。
(これはすごい)
興奮に呑まれ、それからも何回か撃つが興味が尽きない。
半ば暴走気味になっていたその時、木からミシミシと嫌な音が聞こえてくる。
まずいと感じ、そこから離れると予想通り木が倒れてしまった。
…時を巻き戻す魔法ってなかったっけ、
急ぎ足で部屋に戻り、本の内容を隅々まで探し始めたヘルトであった。
場面は戦場へと戻る
タール達は勢いそのまま門の中に入っていく。目の前には多くの兵士が待ち構えていた。
「薄汚い中途半端もの達め、私達の領土を踏み荒らすな!」
そういって敵兵士が突っ込んでくる。
鍔迫り合いが至るところで始まりだした。タールはその様子を横目で見ながら剣を振り回して前方の道を開けさせ、一人で包囲陣を突破する。
(もともとお前らには興味はない)
どこかを目指して走っていき、直ぐに姿を消した。
(上手くやってよ、タール!)
そう思いながらルナとカールは、タールを追おうとする敵兵士に立ち塞がる。
「お前達の相手は私達よ!」
建物の間を縫い目を縫うようにして通り抜けていくと、「奴隷市場ルミナス」という看板が見えてきた。
(ここだ)
息を少し落ち着かせながら地下に続く階段を降りていく。
ドアを開けようとすると鍵がかかっていた。剣を抜きドアノブを壊してからドアを蹴り開け、店内に入る。辺りを見渡すと
見渡す限り檻が設置されており、見知った顔が一つ、二つ、三つ、‥。
檻についていた南京錠を壊し、一人一人出してやる。
全員救出してから男には店に飾ってあった剣を持たせ仲間達と一緒に戦うことを命令し、女には剣と一緒に飾ってあった防具を身に付けさせ集落に帰るよう命令した。他の店にも同じように回り仲間を助け、商人に遭遇したら一切の躊躇なく切り捨てた。
(((このまま皆殺しにしてやる)))
全員の心は真っ黒に染まっていた。
目的は純粋な復讐で、全てを壊すまで止まらない。段々と戦況がタール達に傾き始める。敵兵士は怖じけ付き少しずつ後退りする。耐えきれず一人の兵士が逃げだすとそのあとに続いて他の兵士達も背中を見せ押し合いながら逃げ始めるが、後ろから容赦なく魔法や矢が飛んできてからだ全体に次々と突き刺さっていき倒れていく。
「まるで地獄みたいだ」
そう呟きながら絶望する一人の若い兵士がいた。いっそ自害しようと短剣を手に取ろうとしたが、後ろから太い腕が飛び出し制止される。誰だと振り返るとそこには…。
「絶望するにはまだ早い」
なにやら向こうが騒がしい。なにかが来る。奇妙な直感に従ってルナは魔法を唱えようとした。確かにその直感は正しいものではあった。が、実際のところちんたら詠唱をする時間なんてものは英雄の前では許されなかったのである。剣先がいつの間にか目前に来る。死ぬ、そう思ったその時、横から誰かに突き飛ばされた。
カールだ。そう思ったのも束の間目の前で上半身が弾け飛んだ。
「ふむ。半端者の割にやるではないか。天晴れである」
そういって目の前を通りすぎていく。
ルナは目を充血させながら、震える腕で杖を向ける。
「あの漢の覚悟に免じてお前は逃がしてやる。それでも向かってくるというなら受けて立とう」
‥無理だ。勝てるはずがない。杖を地面に落とし頭を抱える。
「よくもカールをっっっ!!」
走ってきたタールが斬りかかるのが見える。もうみたくなかった。結果は分かりきっている。ドサッという音が聞こえてきた。
杖を捨て門から出る。後ろを見ずに走った。悲鳴が聞こえてくるが耳を塞ぎ無視をしながら走り続ける。
この戦争は私達の敗けだ。
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