第2話 僕は誰
ほんのりと瞼の裏に光を感じ、意識が覚醒してきた。
「…痛い」
体のあちこちが痛いし虫刺されもかなりひどい。実家の柔らかいベッドが恋しいものだ。
祠から出ると空にはちょうど太陽が昇り始めていた。
ぐ~っ と自分の腹から音が聞こえた。そういえば昨晩は食料を見つけただけで食べるのを忘れていた。
(もしかして、自分は思ってた以上に精神的に参っていたのかな)
毎晩夕食は何があっても欠かさず食べていた自分は少し驚いた。
とりあえずご飯の準備をするか
といっても、そこまで準備するものはないが。
今日の朝ご飯は固いゴマ入りパンと皮でできた水筒に入ってる謎の液体、そしてカエル肉だ。
パンにへばりついていた虫を手で払いのけ、口に入れる。
…独特な風味がした。少し咀嚼に時間がかかったが、なんとか謎の液体で流し込む。やっぱりこれ多分酒だ。飲んだことないからあってない可能性あるけど。
カエル肉はとても固かったが無事に完食。袋の中身を見てみるとパンが2個残っていて、しばらくは持ちそうだ。
頭に血が巡ってくる感覚がする。ちょうどいい、昨日眠る直前に引っ掛かったことを考えてみるか。
そう、僕は昨日大きな違和感を覚えていた。
あの動物人間たちがカエルと戦っている直前、最中。そして戦いが終わった後解体している時も、
僕は彼らの言葉を理解することができた。
あれなのか、異世界チートというやつなのかこれは。スキル:言語理解 的な。
(よくわからないけど、言語が理解できるのはでかすぎる)
聞くことができるなら話すこともできるはずだと思い、しばらく試してみるが予想通りであった。
次に人を見つけたら話しかけてみようと決心を固める。このまま一人でいたら普通に食料足らずに餓死するだろうし、何よりも風呂に入りたい。
(ここにある液体はこの酒もどきだけだしな)
ふたを開けて中を確認してみる。さすがにこれをシャワー代わりに浴びるのはな、と少し笑ったが瞬間笑えなくなった。
ぐっと水筒を顔に近づけて間近で中身を見ようとする。
液体が作り出す小さな水面。そこには慣れ親しんだ自分の顔が、少し幼く映し出されるはずだった。
実際に僕が目にしたのは、まったく知らない子供の顔。
頭の上側に何かついているように見えたので、左手で触ってみると感触的には動物の耳に近い。
「ああだからきのう、とおくにいるぼうけんしゃのこえもはっきりきこえたのかー」
耳を触りながら胸の動悸を抑える為に現実逃避を始めた。さすがに情報量が多すぎて頭がパンクしそうだ。…
…前向きに捉えることにした。この姿なら彼らに話しかけても驚かれないだろうし、顔が動物じゃないだけマシだと思う。それにこの顔、年上のお姉さんにモテそうなかわいい顔つきをしているし。
いいじゃあないか、これからはモテモテの勝ち組人生だな!
……やることないし二度寝するか、疲れたし。
外が騒がしくなり目を覚ます。戦闘の音だ。
僕は急いで起き上がる。
「俺達が囮になる!最後はお前が決めろ、ルナ!」
「任された!」
割と近くから声が聞こえてきた。岩の隙間から覗き見る。
剣を構えた二人が凄まじい速さでカエルに真正面から向かって行き、ギリギリのところで二手に分かれて後ろに回り込む。
怒号とともに男たちは同時に剣を振りかぶり、カエルの足を切り裂こうとするが半ばで刃が止まってしまった。
「詠唱終わり!行くよ!」
遠くから声が聞こえる。声が聞こえた先を覗き見ると球状の炎が宙に浮いていた!
即座に剣を引き抜き、男たちはその場から離脱する。と同時に球が着弾しカエルの土手っ腹に風穴を開けると、ゆっくりとその巨体は倒れていく。
(凄い!)
圧巻だった。しばらく感激していたが当初の予定を思い出し、僕は祠から身を乗り出して彼らのほうに走り寄っていく。倒した獲物を解体している彼らの顔をよく見ると昨日見た人とは違っていて、耳は頭の上に生えていたが自分と同じく人間の顔つきをしていた。
すごく緊張するがここまで来てしまったら声をかけるしかない。
一人が顔を向ける。僕の存在に気付いたようだ。
「あの、すみm「ヘルトじゃないか!!」へ!?」
一人の男がそう言いながら大股でこちらに歩み寄ってきた。
残りの二人も遅れてやってくる。
「無事か⁈奴らに何かされなかったか⁈」
「そんなに服ぼろぼろにしちゃって、、生きていて本当に良かった」
「……今まで大変だったろう、心配していた」
三人に囲まれて一斉に声を掛けられる。何がなにやらといった感じではあったが、身を案じてくれていることは理解でき、その優しい声に今まで我慢していたものが涙や嗚咽として溢れ出す。
「くそっ。何も言わないでいい!とりあえず集落に戻るぞ」
大きな背中に背負われ、僕はどこかへと連れてかれようとする。
謎の雰囲気に圧倒され、何も言えずに僕はただその背中に身を委ねた。
しばらく背負われながら道を進んでいると、僕が体を預けている方ではない、別の男から声をかけられた。
「…その腰に括り付けているものはなんだ?」
そういいながら僕から剣を奪い去る。
「ちっ…胸糞悪い」
舌打ちしながら、男は両腕で力任せに剣をへし折り、地面に投げ捨てた。
(えっぐう)
あれ、僕何かやらかした? と背筋に緊張が走ったが、どうやら僕には怒ってないらしくなぜか優しく頭をなでられた。
「どうした、何かあったか。カール」
「…あいつら、ヘルトにーーを持たせてた」
(え、なに。その単語知らない。)
さっきまで言葉を理解できていたはずなのに急にわからない単語が出てきて驚くのと同時に僕の太ももが強く締め付けられる。
「痛い痛い!」
「っとすまない」
なんだ今の馬鹿力、ゴリラなのかこの人。
文句でも言ってやろうかと僕を背負っている男の顔を見ようと試みる。が、どのようにしてもその顔は見えなかったので、結局あきらめたのであった。
(…到着するまでにその顔、どうにかしてくれないかな)
と比較的冷静であったルナは心の中でそう呟く。
男達二人は鬼の形相をしていた。
---
今のところ、僕は彼らに今の自分の状態を伝えられていない。
(まずいよなあ)
ずっと誤解を解く頃合いを見計らっていたが、如何せん雰囲気が重苦しく簡単に声をかける事はできなかった。流石に言った方がいいよな。
「あの!」
「おう?どうした」
「下ろしてくれませんか。話したいことがありまして」
男は首を傾げながら僕を下した。
「なんだその口調、ヘルトらしくないな」
一呼吸おいてから僕は声に出した。
「実は僕、ヘルトではないのです」
男は少し固まり僕の顔をまじまじと見つめた後、顔を緩めながら言う。
「じゃあお前は誰なんだよ」
「僕は………」
と今度は僕が首を傾げる。僕って誰だっけ。あれ、なんだっけ。
最初は少し笑っていた三人もこちらがよほど深刻な顔をしていたのか、だんだんと怪訝そうな顔になっていく。
「おい、それマジで言ってるのか」
その言葉に僕は頷くことしか出来ないでいた。
だんだんと集落が見えてきた。思っていたよりもかなり大きそうだ。
---
記憶を遡ろうとしてうんうん唸っていたらいつの間にか到着していた。
集落を近くで見た第一印象は、
(皆かなり殺気立っているな)
だった。そこら中で集落の住民は柵に寄りかかっていたり切り株に腰を下ろしていたりしていながら、剣や盾の手入れをしていた。
「おかえり、どうだった…ってえええええ!ヘルト、生きてたのか!」
一人がそう大声で言うと周りに二人、三人とだんだん増えていく。
「ほんとだ!生きてたのか」
「自力で脱出してきたのか、大したやつだなあ」
「死んでなかったか、よかったあ」「……」
次第に張りつめていた空気が少しだけ和らいでいった。
そのあと、タール(僕を背負ってくれた人、名前は道中で聞いた)達が集まってきた住民に話をしていたが、終わった瞬間みんなの意思が強く団結するのを肌で感じた。
「ヘルトは連れ戻した。もう恐れるものはない。今夜は各々家族と存分に語り合い、あしたの戦いに備えて十分な睡眠をとってくれ。それでは解散!」
うおおおおおお 怒号が集落中に響き渡りまるで地面が揺れているように錯覚してしまう。
なんだか僕だけ取り残されている気分だ。
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