第3話 束の間の団欒

 集落の住民たちは散り散りになりながら自分の家に帰っていく。


 その様子をぼーっと眺めていると、右肩越しにタールから声を掛けられる。


「記憶喪失っていうなら、自分の家がどこにあるかも覚えてないよな。ちょっと付いてこい」


 そういって道を真っすぐに進みはじめた。


(足が早いなあ、駆け足で付いて行かないと迷子になってしまいそうだ)


 僕はそう思って急いでタールに追いつき、右後ろにぴったりくっつきながら進んでいった。




 ---


 突き当りにあった坂を長い間上ると、ある家にたどり着いた。


「ここだ」


 そう言ってタールは無造作にドアを開け、靴のまま中に入っていった。


(…確かに少し見覚えがあるよな、ないような)


 少し玄関の前に立ち止まっていたが、すぐに後を追う。


 玄関から入ってすぐ目の前にあった階段から二階に上がり、通路の奥側にある部屋に案内される。


「ここがお前の部屋だ、何かあったらいつでも尋ねてこい」


 そういってからタールは僕の部屋から出ていき隣の部屋のドアを開け、中に入っていった。




 隣の部屋に入っていった?


(あ、僕たち同居してたのね)


 どうやら彼は僕の同居人らしい。もしかしたら僕の兄なのかもしれない。




 部屋を見渡すと、端っこに設置されていたベッドの横に木製の装飾がまわりに施されている楕円上の鏡が壁に釘で止められててあった。


 覗いて自分の体を映してみる。


 目の下にはクマがあり、服のところどころが切れている。まるで虐待でもされたかのような有様であった。


 子供がこんな姿してたらそりゃあみんな心配するよなあ。


 ……少し冷静になると自分の匂いが気になってくる。


(…お風呂入りたいな)




 タールに風呂場はどこにあるのかと訪ねると川辺に連れてこられた。


 暖かいお湯はないのかと聞くと、どこの貴族様だよと呆れられながら笑われた。


 自分でもクスクスと笑ってしまう。確かにさっきの発言は貴族っぽかった。


 手短に体を水洗いし川から離れると木のそばにタールがたっていた。見張りをしてくれていたらしい。


 タールは入らないのかと尋ねると、特段汚れているわけでもないしいいと言う。




 そのまま家に戻り、1階でタールと夕飯をすました後自分の部屋に戻った。


 いろいろと話をしたが、やはりタールは僕の兄らしい。


(食事中なにか言いたそうにしていたような。気のせいかな)


 ベッドに腰掛けながら食事中のことを思い出す。おそらく気のせいだろう。


 そのままベッドに入り、寝る準備をする。ベッドには藁が敷き詰められていて、寝転がっても全く痛みを感じない。ヘルトはその事実に感動しつつ、そのまま眠りについた。




 ---


 なにやら外が騒がしく目を覚ました。




 窓を開け遠くを見ると、集落の入口に武装している人々が大勢いた。


 目を埋め尽くすほどの群衆の視線の先にはタールがいる。


「・・・!!」


 タールがなにか大声で言葉を叫び剣を掲げると、他の者もそれに追従するようにして一斉にそれぞれが持っていた武器を掲げ、一行は歩み始めた。


(なんかすごいことが起きてる⁈)


 しばらく眺めていたが、人が完全に見えなくなったので窓を閉める。


 どこに攻め入るのだろうか。昨日タールに事情を聞いてもはぐらかされたんだよなあ。何事もなく無事に帰ってくるといいけど。




 この時僕は呑気にそんなふうに思っていた。


 かくして大戦争は始まる。


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