二 香具師の談合
その半時ほど前。
暁七ツ半(午前五時)
「嘉兵衛さんが殺られたっ」
お藤の弟の藤吉は、神田の香具師の元締の権助と共に、瀬戸屋の嘉兵衛の死を、本所の香具師の元締、押上村の又三郎に知らせた。
江戸近郊の村や日本橋界隈には、今も、亡き藤五郎の
又三郎は直ちに使いを出し、深川界隈の香具師の元締の末吉を又三郎の元に呼んだ。
深川の香具師の元締末吉が駆けつけると、又三郎は藤吉に訊いた。
「嘉兵衛さんは、頭(藤五郎)の御店の借家権を手に入れた矢先だぜ。
奴らの仕業か」
瀬戸物問屋瀬戸屋は、亡き日本橋界隈の香具師の元締藤五郎が主だった廻船問屋亀甲屋の得意先で、番頭嘉兵衛は、藤五郎と親しかった者の一人だ。そのため、嘉兵衛は何かと香具師仲間と付き合いがある。元亀甲屋の借家権を手に入れたのも、そうした手蔓があったお陰だ。
「まちがいねえです。福助一味の仕業です」
神田の香具師の元締の権助がそう言った。
「くそっ、五人目だっ。奴ら、刺客をさし向けた。
殺られた者は皆、儂らを頼った者ばかりだ。
町方は何をしてるんだ。姐さんの指示で、これまで何も手出ししなかったが、なんとか手を打たねえと、奴らに皆殺しにされちまう・・・」
深川の香具師の元締末吉が方策を考えている。
「今度も、福助の一味か」と押上村の又三郎。
「まちがいねえ。福助一味に入りこませた茂平が、福助が刺客を雇ったと知らせてきてる。
殺られたのは、頭と親しかった者たちだ。奴ら、誰が頭と親しかったか探ってるぜっ」 と神田の権助。
「刺客を打つ方法はねえのか」と深川の末吉。
「福助一味を討っても、刺客は儂らを狙う」と権助。
「刺客を討つのが先だ。
藤吉。また、姐さんに知らせて指示を仰ごう。隅田村へ馬で行けっ」
かつての肥問屋吉田屋は、仁藤屋、と名を変え、亀甲屋藤五郎の幼女のお藤と仁吉の夫婦が商いを続けている。
「わかったっ。馬を借りるっ」
藤吉を馬屋から又三郎の馬を引きだして飛び乗った。藤吉の騎馬は隅田村のお藤の元へ駆けた。
仁藤屋に着くと、藤吉は、これまで辻斬りに遭った者たちを伝えたように、嘉兵衛が辻斬りに遭った事をお藤に伝えた。
話を聞いて、お藤が藤吉に言った。
「まだ、明け六ツ(午前六時)過ぎだ。
急いでこの事を、神田猿楽町の、勘定吟味役荻原重秀様に知らせろ。
肥問屋仁藤屋のお藤の使いの者だと言って、取り次いでもらえ。
そんな顔をするな。荻原様は我らの味方だ。今、こうして私がここに居られるのも、荻原様のおかげだ」
「なんで勘定吟味役なんで・・・」
「知らせればわかる」
「わかったっ」
直ちに藤吉の騎馬は来た道を戻って神田ヘ向った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます